105.対峙

 亡国エルデンニアは周囲の国には攻め入られず、国土は昔のまま広大であった。が、生ける者はおらず、森や野は死に絶え、廃村も風化していた。

 国民の半数は国外へ逃げ、残りの半数は国主バハムントの呪いを受け、グールに成り果てていた。国外から来る者達に襲い掛かり、骨も残さず喰らい尽くす。かつての記憶は無く、ただ怨嗟の声を漏らしながら徘徊していた。

 そんな国内を歩くアリシア達は、1日目の夜にキャンプを張り、死臭漂う中で夕飯を摂る。

「……美味しくないぃ……」鼻をつまみながら干し肉を齧り、顔をクシャクシャにする。こんな場所では何を料理しても不味く出来上がる為、彼女は保存食を仕方なく食べた。

「こんな国、とっとと他国に切り分けて貰って取り潰すべきなんだが……攻め入った軍はグールとオヤジの手によって全て返り討ち。200年前に国土浄化の為に覇王と炎の賢者が来たが、オヤジはその2人と互角に渡り合ったらしい。結果、敗北した炎の賢者の命を守る為に、覇王は引き下がったそうだ」と、ケビンは酒を一口飲み下す。

「その……お父さんは凄く強いんだよね? 他の国には攻め入らないの?」素朴な疑問をぶつけるアリシア。彼女はゴッドブレスマウンテン山頂の宮殿内の大書庫にある世界の歴史を読み漁り、絶大な力を持つ有名人に付いて学んでいた。その殆どが更なる力を求め、他国へと侵攻していた。

「呪いのせい、いや……お陰で生まれた大地からは離れる事が出来ないんだ。オヤジの呪いは複雑でな、強烈な呪術で雁字搦めなんだ」

 


 ケビンが言うには、彼の父親バハムントの呪いは普通の吸血鬼のそれとは違った。

一般の吸血鬼は血に飢え、太陽の下を歩けなかった。その代り、怪力と不死性、反射神経や感覚などが獣並であり、まさに化け物であった。

 だが、バハムントの呪いは強烈であった。生まれた地からは離れられず、食事は同族である人間の血肉しか受け付けず、常に渇いていた。眠る事も出来ず、何をしても死ぬ事も出来ず、永遠の退屈という牢獄に捕えられていた。太陽は弱点ではないが、浴びると吐き気を催した。

 因みにケビンの呪いは不死と軽い血の渇きだけであった。これはバハムントに更なる苦しみと渇きを与える為、身近な者にバハムントには無い楽しみを与え、嫉妬に悶えさせる為の呪術者の容赦なき呪いであった。

 ただ、それによりバハムントは生前の頃よりも魔人的な力を手に入れ、無敵となっていた。が、この様な牢獄で力を持ってもただ虚しいだけであった。



「なんでそんな……」ケビンの話を聞き、複雑な表情で干し肉を齧るアリシア。

「全部シルベウスのせいだ。あいつがオヤジの怨みの声はタダの騒音に過ぎないから、黙らせる為にって、弟子にやらせたそうだ。そこまでしなくてもいいだろ? 普通」と、ケビンはおどけた様に乾いた笑いを漏らし、また一口飲む。

 だが、少し考え込む様に唸り、大きなため息を吐いた。

「……親父も俺も、生前は暴れん坊でよ……周囲の国から悪鬼と恐れられていた。国内からは英雄と讃えられたが……隣国の陰謀で家族を俺とオヤジを残して皆殺しにされ……そこから狂っていったんだ……内政は崩壊し、国民は反乱を起こし、オヤジは……」と、酒瓶を握り潰す。

「もう……いいよ」アリシアは彼の腕を優しく掴み、目を閉じる。彼女は彼らのその後を書物で知っていた。

 その内容は、バハムント王は反乱軍と激突し、泣きながら民を喰らったと書き記されていた。その姿を見て怯え、半数は国外へ逃げ、残りは王の呪いを受けてグールとなったのであった。

「この呪いは、今回の旅で終わらせる……」ケビンは決意を固く、目を瞑った。

 


 4日後、2人はバハムント城下町跡へと到着する。建物の殆どはあばら家と化し、中に潜むグールたちはケビンの気配に気が付き、怯えた様に遠ざかる。

 崩れた大門を潜り、大通りに出る。すると、ケビンは警戒する様に鼻を動かす。

「誰か来ているな……それもこんな物騒な場所を堂々と歩いている。ただ者じゃない」

「2人だね。1人は成人男性、もう1人は女性。2人とも炎使いだ」と、アリシアは足跡から分析し、向かった先へ目を向ける。

「まさか、あいつか……? くそっ、あの時と同じだ……」と、ケビンは珍しく狼狽え、手を震わせる。

「あいつ?」

「オヤジのただ一人の友人だ。そいつはどういう訳か、食料を調達して料理し、オヤジに振る舞うのが楽しみだそうだ。それがどういう意味かわかるか?」と、ケビンは余裕の無い表情を向ける。

「うわっ……」アリシアは察して顔を青くし、吐き気を堪える。

「……アリシアさん、ここから先は俺ひとりで行く。俺が離れたらグールが寄ってくると思うが、貴女ならどうにかなるだろう……待っていてくれるか?」

「ううん、一緒に行こう! 大丈夫、脚は引っ張らないからさ!」と、怖気ることなく応える。

「頼もしいな。アリシアさんが一緒で本当に良かった」と、2人は止めていた足を城へと向けた。

 


 バハムント城門前まで到着し、臆さず足を踏み入れる。

城内の蝋燭は全て灯り、廃城とは思えないほど内部は綺麗に掃除されていた。埃ひとつ落ちておらず、椅子などの家具、装飾品、絵画やシャンデリアなどが綺麗に飾られていた。

「あの男が来ているな……間違いない」と、背中の大剣を握りながら周囲を注意深く見回す。

「殺気は無いね。いるのはこの奥。もう1人は誰だろう?」と、アリシアも警戒しながら歩を進める。

 気配の場所はやはり玉座であった。大扉の隙間から光と話し声が漏れていた。

 その声を聞き、ケビンの瞳の色が変わる。その目は人間のモノではなく、血に飢えた獣の様な理性の無いものであった。

 それを察したのか、アリシアが彼の腕を掴んで制する。

「落ち着いて……呑まれちゃダメだよ」

「ありがとう。やっぱりアリシアさんが一緒でよかった……」と、理性を取り戻したケビンは落ち着くように咳ばらいをし、コートの襟を正して大扉を勢いよく開く。

 玉座にはケビンの父親であるバハムント・シャルベルナーが頬杖を付き、脚を組んでそこに座していた。

 その隣には両腕を後ろ手で組んだ黒スーツの男が立ち、またその隣には同じくスーツを着た褐色の女性が立っていた。

「おや、丁度良かった。君らが来ると思って、時間を合わせて来たのだが、いい時間だ」と、スーツの男が窓の外の日を見ながら微笑む。

「やはりヴェリディクトだったか……」

「この人が! と、言う事は……」と、彼の隣で光の無い瞳をした女性へ目を向ける。アリシアの睨み通り、彼女はフレインであった。

「80年ぶりか? あの剣を抜いて貰うのにそれだけかかったか……」玉座のバハムントは重たく低い声で口にする。

「あの時の様にはいかないぞ……オヤジ」

「口の利き方は変わらないか」と、バハムントは頬杖を突いたまま微笑し、ケビンは一方的に殺気を飛ばした。



 ケビンとバハムントが睨み合っている中、アリシアはヴェリディクトに殺気を飛ばしていた。

ヴァークの話では、ヴレイズからフレインを奪い、重傷を負わせた張本人であった。過去にもヴレイズの魔力循環を意図的に暴走させ、死の淵に追いやった者でもあった。

それ故、アリシアは彼を許す事が出来ず、心中穏やかではいられなかった。

が、それと同時に実力差を肌で感じ取り、心臓を撫でられるような気配に襲われていた。

「君がアリシアだね? ヴレイズ君が想うだけあって、素敵な精神を持っているな」と、瞳に炎を灯しながら彼女を眺めながら歩を進める。無警戒に彼女の間合いに入り込み、顔を近づける。

「くっ!」アリシアは一歩後退り、後ろ手でナイフに手を掛ける。が、そこで止まって相手の様子を見る。

「君の身体……成熟した精神には似合わない生まれたての身体……こんな事が出来るのは、ゴッドブレスマウンテンのシルベウスだな」

「な! 知っているの?」

「いつだったか、一度訪問した事がある。永遠の時の中に囚われる哀れな存在だったな。あの者の元で修業したのか。では、魔王討伐に異議を唱えたくなったのではないか?」と、ヴェリディクトは彼女の心を見透かす様に口にする。

「な……! 黙れ!」心の中のひた隠しにしている部分を覗かれ、狼狽するアリシア。

「アリシア……」今迄微動だにしなかったフレインが、興味ありげに首を彼女の方へ向ける。一瞬で身体全身に魔力を行き渡らせ、身体を丸める。

 アリシアが彼女の気配に気が付いた瞬間、フレインは背後を取り、回し蹴りを放っていた。

 それを紙一重で避け、彼女の方へ身体を向けて構える。

「お前が、アリシアか……っ!」と、フレインは無表情の内から溢れんばかりの感情を滲ませる。

「おや、私の呪術を押しのけるとは……ここは様子を見せて貰おうか」ヴェリディクトは一歩引き、興味の眼差しで彼女ら2人を眺めた。

「何? え? なんで?!」凄まじい殺気を放つフレインを目の前にし、アリシアは首を捻りながらも戦闘準備を整えた。

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