104.死の国へ
ディメンズは風の伝令でラスティーから借り受けた兵隊を呼び、負傷した4人に応急処置を施してグレイスタン城へ運び込む。
世界の影である2人も例外なく、診療室のベッドへ横たえて治療を始める。
「その2人はどうするの?」火の点いていない煙草を咥えながらローズが口にする。
「まだ聞いていません。集中しているんです、話し掛けないでください」と、エレンは彼女の煙草を奪い取ってクズカゴヘ捨てる。
「その2人は俺が預かろう。世界の影は俺らも昔から戦い続けていたからな。トドメを刺すのも、俺らの役目だ」と、ディメンズが酒を傾けながら口にする。
その話を聞き、ブロンが目を覚まして彼の目を睨む。その眼差しに殺気は無く、穏やかだった。
「……なんだ?」ディメンズは彼の視線が気になり、問う。
「別に何でもない」と、ブロンは不機嫌そうに呟き、そっぽを向く。
「グロリアも連れて行く気?」気になるのか、ローズが目を尖らせながら問いかける。
「あぁ。ま、悪い様にはしないし、自決する隙も与えるつもりは無い。ま、彼女自身、その気は無さそうだがな」ディメンズは鼻息を鳴らし、酒を呑み下す。グロリアの奥歯には自決用の毒は仕込まれていなかったため、そう考えていた。
「で、ボスは?」キャメロンは傷を押さえながら上体を起こす。
エレンはそんな彼女に注意をしながらスケジュール表を確認する。
「えぇっと、今頃は大司教様との会食中ですね」
「うちのボスも出世したねぇ。世界王と一国の王、大司教と会食なんてね」と、キャメロンは頬杖を突きながらほくそ笑む。
すると、そんな賑やかな診療室にラスティーが現れる。グロリアとブロンの顔を確認し、エレンの隣に立つ。
「世界の影の2人か。エレン、どうだった?」
「2人とも高度な呪術で記憶の類をブロックしてありました。私の術では、読み取る事が出来ませんね……すいません」
「なるほど……厄介だな」と、水差しでコップに水を注ぎ、一口飲む。
すると、ディメンズか腰を上げて彼の前に立つ。
「で? 世界王の方はどうだった?」
「今回は様子見だな……あちらも俺もな……」
その後、ブリザルドが捕縛されたと報告が入り、一同は一先ず安心する。ラスティーとディメンズはその後の事を危惧していたが、そこはガイゼルら賢者たちを信じ、目の前の仕事に集中する。
グレイスタンからは世界の影は全て撤退し、残るは捕まえたグロリアとブロンのみとなった。彼らはディメンズが手配した仲間が回収する。
が、地下牢に監禁されていた重要人物であるドルーンが跡形もなく消えていたという報告が入る。
ラスティーには犯人が誰か分かっていたが、公にはせずに犯人探索をグレイスタン兵に任せる。
そんな中、グレイスタン王のスケジュールは滑らかに進み、警備の最終確認の為に会議室に皆が集まる。その中に世界王はいなかった。
それが終わると、ラスティーとシンは最上階バルコニーへ向かい、夜風にあたっていた。
「戴冠式の不安要素は全て取り除かれた。あとは、スケジュール通り進めるだけだ。そこはムンバス王、あんたの仕事だ」と、グラスを用意し、王のグラスに酒を注ぐ。
「ありがとうございます……しかし、ドルーンの行方は?」
「これは公にしてほしくないんだが……知った方がいいかもな」と、昼に起きた事件の全容を伝える。宝物庫襲撃とドルーン消失の犯人は世界王クリスであると伝え、酒を一口飲む。
「全く、あの男は……」と、うんざりした様に頭を押さえる。クリスはグレイスタン滞在中、只ならぬ雰囲気を醸し出して彼にプレッシャーを与え続けていた。
「明日が終われば奴は帰る……その際、ブリザルドの逃亡を手伝うかもしれない。そこは賢者たちが警戒する筈だから大丈夫だろう。だが、用心しなきゃな」
「あんな男が世界王とは……」口にしないようにしていた言葉をポロリと出し、口を押える。
「シャルルも警戒しているから大丈夫だろうが……ククリスから離れた途端にこれとはな……これから俺らも警戒しなきゃな」ラスティーは呆れた様にため息を吐きながら、シンと共に盃を交わした。
その日の深夜、治療を終えて包帯を外したローズがラスティーを診療室に呼び出す。
「何の用だ?」ネクタイを緩め、疲れ顔を覗かせたラスティーが現れる。
「流石に参っているって顔ね。ここに来て、まともに眠れてないんじゃない?」と、今の今迄ぐっすり寝てスッキリしたローズが憎たらしい笑顔を向ける。
「お前みたいに暇じゃないからな」
「ま、あんたの部下の目を盗んでコイツを取ってこれるくらいには暇だったかな?」と、あるモノを取り出す。
それは拳大の水晶玉ほどの大きさのダーククリスタルであった。
「欲しい?」
「……欲しいと言ったらくれるのか?」
「冗談じゃない。こいつぁ本部に返すつもりよ。アタシは腐っても黒勇隊だし……」と、目を伏せてため息を吐く。
「そうか。お前は結局……」
「アタシは黒勇隊総隊長ゼルヴァルトに忠義を尽くつもりよ。そして、彼が反旗を翻すならば……アタシはそれに付いていくつもり」
「そうか。少し残念だが、共に戦える日は近いかもな」
「えぇ。アタシもそう思う」と、2人は目を合わせて何かを確認した様に互いに笑顔を覗かせる。「じゃ、アタシらは明日の戴冠式を見物して去るわ。じゃ、頑張んなね」と、ローズは笑顔を残してその場を去った。
「……じゃあな、ジェシー」
トコロ変わって東大陸の南部地方、亡国エルデンニア。ここには生ける者はひとりもおらず、いるのは命なき屍ばかりであった。運の悪い旅人や迷い込んだ動物を貪り食い、運悪く足を踏み入れたモノに襲い掛かる。
この国を統治するのはバハムント・シャルベルナー2世という吸血鬼であった。と、いってもただ廃城の玉座にぼんやりと座しているだけで、特に何もやってはいなかった。
そんな国に2人の旅人が現れる。
「うわぁ……酷い国だね……」と、腐肉に顔を突っ込むグールを目にし、表情を歪めるアリシア。臭覚の良い彼女は、人一倍死臭を嗅ぎ取り、苦しそうに鼻をつまむ。
「変わらないな……」ケビンはうんざりした様な目で周囲を見回し、ため息を吐く。
彼ら2人に気が付き、近場のグールが数体ほど牙を剥く。
しかし、ケビンの発する気配に気が付き、グールたちは怖気たように遠ざかった。
「流石、吸血鬼」アリシアは悪戯気な笑い方を覗かせる。
「……このグールは新入りかな? 他のは俺が入国する前に反対側へ逃げたな」と、周囲の様子を見る。彼の言う通り、他のグールたちは彼らのいる反対側へ逃げ、そこで動物を追いかけ回していた。
「なんでこんな事になったの?」アリシアは草木一本生えない腐った大地を目にし、吐き気を催す。
「……さぁな。何百年旅をしても、妥当な答えは思い浮かばないな……王族側の俺らからすれば、国民が望んだ様に見えるし、国民や他国から見れば……王族が望んだ結果に見えるのかもな。まぁ、言えるのは誰も望んでこんな国になったわけじゃないってことだ」と、ケビンは普段の余裕な表情を消し、寂しげな顔を覗かせる。
「ケビン……」
「さ、早く行こうぜ。死臭が服に付いちまう」
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