106.アリシアVSフレイン

 フレインは無表情を貼り付けながらも、内側から凄まじい熱と殺気を放ちながらアリシアに襲い掛かる。全身に炎を纏い、十分に殺傷能力の高い拳を振り抜く。

 アリシアは一瞬狼狽したが、コンマ数秒で冷静さを取り戻し、彼女の拳を受け流す。その際、両腕両足に光熱を纏い、炎から身を守った。

「いきなり何?! まさか……ヴェリディクト!!」と、彼を殺意の眼差しで睨み付ける。彼がフレインを操っているのだと考えた。

 そんなアリシアを見て、ヴェリディクトはニヤリと笑う。

「いやいや、私が命じたわけではない。これは、彼女の意志によるものだ。フレイン嬢は相当、君に何かあるらしい」と、興味の眼差しで2人を眺める。

「何かって、何よ!!」と、フレインの連撃を捌きながら後退し、必殺の一撃が頬を焦がす。



 ヴレイズとの旅の道中、フレインは彼からアリシアの事を色々聞かされていた。

自分の身を顧みずに他人を助けようとする、心優しき狩人であると聞かされていたが、彼の話し方からそれ以上に出来た女性であると読み取れた。

 最初は『いい仲間がいるんだな』程度だったが、ヴレイズと旅を重ねるうちに彼に惹かれていく。が、彼のアリシア自慢は続き、酒が入ると更にその拍車がかかった。

その話の中で、彼は彼女に惹かれている事が読み取れ、その度にフレインは焼餅した。

 更に、彼と高級レストランに言った時に『女の勘』が働き、自分の事を恋愛対象として見ていないと感じ取り、更に嫉妬の炎が燃え上がった。

 ヴェリディクトからの呪術洗脳後、そういった感情は全て消え失せたが、アリシアとであった事によって、今迄我慢していた感情が吹き上がり、一時的に洗脳状態に逆らう事が出来た。

 更に、彼女の本能がアリシアを強者であると判断し、彼女と戦いたいと言う欲求が大爆発したため、殺気全開で襲い掛かるに至った。

 実際にフレインには怒りや憎しみの感情は無かったが、アリシアに対する嫉妬と好奇心のみがヴェリディクトの呪術に勝ったため、彼は心底驚いていた。



 フレインの正確かつ大胆な攻撃に驚きながらも、冷静に対処しながら彼女の精神を蝕む呪術を分析するアリシア。彼女の光魔法はあらゆる呪術に効果的に働き、分析、解呪する事が可能であった。

 彼女の技術力ならば、フレインにかかった洗脳呪術を解く事が出来た。

「……くっ!」と、やりきれない眼差しをヴェリディクトへ向け、フレインの連撃を捌く。

 アリシアはここに来る前に、ヴェリディクトから重症を受けて意識不明となったヴレイズと出会い、復活の手助けをした。

 その際、ヴレイズが心の闇から立ち直るには、『自分の手でフレインを救い出す』しかないと診断し、あえて意識を取り戻す前に彼から離れた。

 そういった経緯がある故、アリシアはフレインをいま助ける訳にはいかなかった。

 更に、彼女に触れた瞬間、彼女自身もヴレイズに助けてもらいたがっているのが読み取れた為、尚更彼女を助けるわけにはいかなかった。

「やり難いなぁ……」更に殺傷する訳にはいかない為、得意なナイフや弓を使う訳にもいかなかった。

「アリシアぁぁぁぁぁぁぁ!!!」本気を出していない彼女に苛立ち、感情を更に噴出させるフレイン。

「成る程……これは面白い」そんな2人を眺めながらクスクスと笑うヴェリディクト。

「くぉのっ! くぅ……」出来れば一矢報いたいところであったが、そんな余裕もなく、そのままフレインの攻撃に押される。

 彼女の攻撃は更に激しさを増し、周囲に火炎弾が飛び散る。洗脳状態にあっても炎牙龍拳の型は崩れておらず、洗脳のお陰か普段よりも正確さと鋭さが増していた。

「いい加減にしろぉ!!」アリシアの堪忍袋の緒が切れ、魔力循環で筋力の上がった拳を炸裂させ、フレインの頬を綺麗に殴り抜く。

「……ッペ」頬を押さえ、血唾を吐き捨てるフレイン。その目には更なる炎が灯り、無表情の顔に微笑が滲み出る。

「……ふむ。私の呪術も、彼女の爆発的な感情力には負けるか……」

 それを合図にフレインは火山の様な熱気を吹き上がらせ、鋭さの増した火炎拳を振るう。今の彼女は暴龍宿しにも似た状態であったが、肉体に負担はかからず、魔力循環以上の力が出ていた。

「うっわ……こりゃあ、もう……」と、弓を構える。「もう手を抜いている場合じゃなさそうね!!」



 そんな死闘の隣でケビンは、父親であるバハムントの座の前で仁王立ちしていた。

「あんたに訊きたいことがある。魔王に手を貸したって噂は本当か?」

 ケビンの投げかけに、バハムントはしばらく沈黙し、思い出す様に目を瞑る。彼は何かを楽しむ様に唸り、ギラリとした目を開く。

「あの好奇心と向上心の強い若者か。少し技を教えてやっただけだが……まさかあんな風になるとはな」

「血読術を教えたんだろ?」

「高級技ではあるが、まさかアレをあんな風に使うとは思わなかった。だが、あの者が私ひとりの協力で魔王になったとは思わない事だ」と、ヴェリディクトの方をチラリと見る。

「……なに? まさか!」と、ケビンは薄ら笑いを浮かべる者の方を見る。

「そうだ。私も手を貸した。まぁ、切っ掛け程度だが、それで十分だった」ヴェリディクトはアリシアらの戦いを目の端で見ながらも答える。

「お前らが魔王を生み出したのか……?」ケビンは苛立ちを募らせ、大剣の柄を掴みいつでも抜刀できるように構える。

「どうかな……? 影響を与えたのは確かだが……最終的に魔王の称号を与えたのはククリスのバカ共だからなぁ。与えなければあの男は堂々と勇者を自称しただろうに」ヴェリディクトは唸り、ケビンの強張りゆく表情を楽しむ。

「……どうやら、最初にやるべきはお前らだな……」ケビンはため息と共に一足飛びでバハムントの間合いへと突っ込み、大剣を振るう。

 その一撃をバハムントは空の蠅でもつまむ様に二つ指で掴む。

「80年前の過ちを繰り返すか?」



 アリシアは矢先に催眠ガスを仕込んだ矢を放つ。

今、彼女が所持する弓は以前の様な鉄弓ではなく、威力は一般のものと同等であったが、彼女の魔力と技術により以前よりも力と鋭さが増していた。

 相手がフレインと言う事もあり、魔力は最低限のみで放つ。

 フレインは飛来する矢を見切り、鼻先で掴む。

 それと同時にアリシアは光魔法を軽く発動させ、彼女の眼前で矢先に付いた催眠弾頭を炸裂させる。

「よし!」と、頬を緩める。

 が、炸裂した催眠ガスが火花と共に弾け、炎の煙と共に一瞬で煙と化す。

 フレインは悪戯げに片眉を上げ、矢を消し炭に変える。

「なるほど……一筋縄ではいかないか……なら!」と、指先から光を放ち、フレインの目を眩ませようとする。彼女の光には呪術が練り込まれており、そこから更に幻術まで眼球に張り付ける事が出来た。

 しかし、フレインは既に相手が光使いである事を見切り、眼球を炎で保護していた。それ故、アリシアの光魔法は届かなかった。

「戦い慣れているね……本当にやり辛い!」歯痒そうに唸り、足元に煙幕玉を炸裂させる。

 そのままアリシアは気配を消し、フレインの背後へと回り込む。

 それを読んだのか、フレインは音と匂いのする方へ手を伸ばし、アリシアの首を捕える。

「ぐ! やる……!」

「アリシアぁぁぁぁぁぁ!!!」フレインが吠えると、そのままアリシアの炎を襲わせる。その火炎の温度は一瞬で人間一人を消し炭に変える程の威力であった。

 が、アリシアは光魔法で全身を保護し、火炎を跳ね返しながらも拘束を解き、間合いを離す。

「なかなか容赦ないね! 洗脳されているからって、やり過ぎだぞ!!」

「アリシアぁ!!!」相手には構わず、フレインは間合いを詰め、火炎龍が如き拳を放つ。


「ちょっと、試してみるかぁ……」


 アリシアは全身に光熱を纏い、眩い光に包まれ、フレインの拳に応える。彼女の魔力循環はクラス4に劣るが、そこを修行で体得した技術力で補っていた。力ではフレインに負けるが、持ち前の胆力で互角以上のぶつかり合いを見せる。

 その衝撃で城の床に皹が入り、石床が剥がれ飛ぶ。

「今の拳でわかったよ……フレインはこれを望んでいるんだね? いいよ、付き合ってあげる!!」

 そこからアリシアは上着を脱いで気合を入れ、フレインの仕掛ける炎の殴り合いに全力で付き合った。彼女の拳を受け、蹴りを止め、全身の骨に皹を入れ、歯を食いしばりながらも応える。

 フレインの表情に笑みが灯り、彼女も着ていたジャケットを脱ぎ捨て、更に攻撃を激しくさせる。アリシアの高速の拳を頬で受け、蹴りを腹に喰らい、血反吐を吐きながらも楽しそうに吠える。まるでヴレイズと組み手をしている時の様な笑みを見せる。

 仕舞には互いの拳が頬に突き刺さり、炎と光の衝撃波が城内を埋め尽くす。

 その果てに2人の膝が崩れ、2人とも仰向けに倒れる。

「はぁっ! はぁっ! ……っくぁぁ……きっついなぁ……」アリシアは全身の痛みから弱音をポロリと吐く。

「……アリシア……」満足そうな笑みで息を荒げ、次第に笑顔が表情から消える。フレインはそのまま元の無表情へと戻り、ムクリと起き上ってジャケットを羽織り、脚を引き吊りながらヴェリディクトの隣へと戻った。

「どうやら、何か満足したみたいね……」

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