102.闇よりも暗き光

 ブロンは鬼の様な殺気を立上らせ、両拳が獣の爪を形作る。構えらしい構えは見せなかったが、全身は脱力しており、いつ跳ねてくるかわからない危なさを感じさせる。

 目はキャメロンを肉食獣の様な目でじっと見つめる。隣では雷同士の凄まじい激闘が繰り広げられていたが、そちらには見向きもせずに集中する。

 その圧力に押され、キャメロンはじりじりと後退し、滝の様な汗を流す。正面や上空から攻めようとも、全て叩き落とされる未来しか見えず、安易に飛びかかる事が出来なかった。

「……ぐっ……」苦し紛れに炎刃弾を牽制打として数発放つ。

 それらはブ厚い筋肉を突き破り、骨を焼く恐るべき鋭さを持った技であった。

 しかし、ブロンはそれを鼻で笑い、恐れることなく炎刃弾の側面から拳を入れ、片っ端から叩き落とす。丸太の様な腕は焼け、火の粉が飛び散り目に入るが、彼は瞬きも怯みもせず、全く隙を見せなかった。

「なら……っ!」キャメロンは一振りで炎の突風を撒き散らし、彼の視界を塞ぐ。そこから殺気を殺し、一瞬で跳躍して背後へと回り込み、魔力を込めた蹴りを放った。

 が、次の瞬間、彼女は自分の首が折れる感覚に襲われ、あと一歩のところで踏み止まる。怯えた様に数歩引き、ブロンの間合いから離れる。

「いい感覚を持っているな」と、彼は周囲の炎を拳の一振りで消し去り、振り返る。

「あと一歩で……やばかった」と、更に汗を拭き出させ、息を荒げるキャメロン。

「で、どうする? 向かってくるなら受けて立つが、弱いヤツを一方的に嬲る趣味はないんだ。やらないならやらないで、素直に引いた方が身のためだ」

「そう言われると、大人しく引くわけにはいかないなぁ!」と、キャメロンは意地になり、奥歯を噛みしめ、再び飛びかかる。

 大きな炎の翼を展開し、羽ばたくと同時に炎の羽根を飛ばし、正面から蹴りを放つ。

 ブロンは鼻で笑いながらそれを片手で迎撃する。

 すると、キャメロンは彼の腕にふわりと乗り、前転して踵落としを放つ。凄まじい爆発音と共にブロンの上半身が轟炎で包まれる。同時に彼女はバク転で距離を取り、優雅に着地する。手応えを感じたのか、満足した様な笑みを漏らす。

 が、爆炎が晴れる前に中からブロンが姿を現し、一気に距離を詰め、彼女の顔面を殴り抜く。彼女は豪快に回転して吹き飛び、遠くまで転がった。

「回転してダメージを半分以上散らしたか……」と、拳の手応えで彼女のダメージを予測する。

「ちっくしょお……」彼女は顔を押さえながら震える膝で立ち上がる。頬骨は陥没し、左目は半分飛び出ていた。それを無理やり押し込み、血涙を拭う。


「なんでアンタら戦っているの?」


 戦いを終えたローズが不思議そうに問う。

「……わかんない……けど、ここでコイツを乗り越えたいなって……わかる? この気持ち……」キャメロンは全身に感じる痺れを我慢しながら口にする。

「じゃあ、あんたの望みを邪魔しようかな? アタシ、意地悪だからさ」と、彼女の隣に立つローズ。先ほどの彼女の戦いのダメージは全て回復しており、万全であった。

「……なんでよ……意味わかんない」キャメロンは鼻でため息を吐き、首を傾げる。

 ローズはブロンに興味があり、目を尖らせた。

「ほぉ……同じぐらいの実力だな。2人同時なら面白くなるかもな」と、ブロンは指の骨を鳴らしながら歩を進めた。

 2人は魔力を全身に蓄え、気合を入れて構えた。

「「こい!!」」



 その頃、クリスは城の別エリアの地下へと侵入していた。そこは宝物庫となっており、美術品や国宝が丁寧に保管されていた。普段なら城内に展示されていたが、現在は戴冠式の準備で忙しく、守る余裕が無いためここに保管されていた。

 クリスは保管庫の鍵を、出力を押さえたアンチエレメンタルガンで吹き飛ばして開く。それと同時に警備兵が数人飛んで来るが、前もって仕掛けていた即効性催眠ガスを炸裂させ、眠らせる。

「戴冠式前日だけあって、こちらの警備は緩いか」と、遠慮なく保管庫へ足を踏み入れるクリス。

 すると、彼の眼前に待ち構えていた何者かが現れる。

「これの為に戴冠式に来たんだろ? 世界王」と、得意げに口にする。その者は彼の企みを事前察知していたラスティーであった。

「何の事だ?」と、シラを切ろうとするクリス。彼は一応フルフェイスヘルメットとボイスチェンジャーを装備している為、まだ誤魔化せると考えていた。そんな甘い事を考える程、彼は内心同様していた。

「知っているんだぜ? あんたの企みもな。コレが狙いだろ?」と、ラスティーは美術品のひとつと思われる物をひとつ手に持つ。それは一枚の絵画であった。

「それを寄越せ」と、クリスはアンチマテリアルガンを向ける。

「あんた、ブリザルドと手を組んでいるんだろ? で、あいつからコレについて教えて貰い、見返りに何だ? 賢者の椅子に戻すのか? それとも……」

「魔王亡き後の北大陸の管理を任せるつもりだ。ま、あちらはそれ以上の野望を持っている様子だがな」と、クリスはフェイスマスクを開き、素顔を晒す。

「で、この絵画は……」



 クリスの狙うその絵画は、ただの裸婦の書かれた絵であったが、その絵の中には世界の影の上位メンバーの本名や、本部の研究所の場所などが書かれたメモが入っていた。

 これはブリザルドが王代理の頃に仕込んであり、いつか取引材料として役に立てようと企んでいた代物であった。

 クリスはこれを利用して世界の影にトドメを刺し、自分がバルバロンから持ち帰った魔王軍の科学力と、世界の影の科学力を両方とも我が物としようとするのが、今回の目的であった。

 因みにダーククリスタルはあくまでおまけであった。

 ブリザルドは賢者3人の注意を引き、城の警備を手薄にする役割も担っており、その見返りが北大陸の支配権であった。

 もちろん、ブリザルドは全てが終わったらククリスの制圧も視野に入れて策を練っているのは言うまでもなかった。



「お前の情報網は実に優秀だな」クリスは感心した様にため息を吐く。

「まぁな」と、得意げに口にする。今回の情報の出所は、元を辿るとなんと光の議長シャルル・ポンドによるものであった。

 シャルルはクリスの野望や頭の中、策などを全て見抜いたうえで監視を置いていた。その監視役が風の賢者ミラであった。

「で、どうする? 死にたくなければ大人しく……」と、エレメンタルガンの引き金に指を置く。

「上手く狙えなきゃ、この絵も消える事になるぞ?」と、絵を盾にする様に構え、憎たらしく笑う。

「……で、考えてくれたか? 私と手を組めば、将来は私の隣に置いてやるぞ。一番の発言権のある立ち位置だ。先の見えているお前ならば、悪くない条件のはずだぞ?」と、エレメンタルガンを降ろす。

「お断りだ。あんたにはどす黒い野望があるだろう? ブリザルドの野郎なんかと組む程に汚い野望がよ……あんたはバルバロンをお忍びで旅をして、最新技術を盗み、お抱えの技術者にその装備を作らせた。そいつを量産し、私兵に武装させているのも知っている。そうやって、何を企んでいる? え?」と、笑みを消して目を鋭くさせる。


「……お前を右腕に出来ないのは残念だ」


 クリスは素早く銃口を向け、容赦なく引き金を引き、紫光を放つ。

 ラスティーは彼よりも素早く動いて避け、人質として盾にしていた絵画に当てる。絵は消し炭も残さず消滅し、額縁の破片だけが残る。

「な!! 貴様!!」目を剥いて仰天するクリス。彼の予想では、ラスティーも世界の影の情報を欲しがり、絵画を庇うと読んでいた。

「こんなモノが無くても、弱りに弱った世界の影なんぞどうにでもなるだろ?」と、彼は得意げに片眉を上げる。

「貴様ぁ!! 許さんぞ!!」と、炎熱ブレードを素早く抜き、振りかぶる。

 ラスティーも隠し持ったエレメンタルブレードを取り出し、クリスの一撃を受け止める。

「さぁ、どうする? このままやり合えば、確実にあんたはここで捕まるだろうなぁ? 魔王軍の兵器で身を包んで、どう言い訳をするのか楽しみだな? それとも、大人しく引くか?」

「なぜそんな選択肢を口にする?」と、クリスはイラついた様にブレードに力を込める。

「それが『世界王』の為だろ? これ以上ククリスや世界に混乱を招くわけにはいかないだろ? 得をするのは魔王だけだ。違うか?」

「……賢い奴め」と、クリスはブレードを引き、ステルス装置を作動させてその場から消える。「覚えていろ」と、だけ残す。

「ったく、我儘なお坊ちゃんが」ラスティーは保管庫の扉を閉め、もう一本の煙草を咥えて火を点け、疲れた様に煙を吐いた。

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