101.ローズVSグロリア

 ステルス機能を搭載したガントレットを装備したクリスは、フルフェイスヘルメットを被り、どうどうと城内を歩く。この透明化装置は動いていると空間が歪んで見え、静止すると完全に姿を消す事が出来るすぐれ物であった。

「昔、こう言う遊びがあったな」と、兵の気配を感じると同時に止まる。

 それからクリスは素早く地下牢へと向かい、ドルーンの監禁されている牢の前に立つ。ステルス機能を解除し、檻を叩く。

「ドルーン」ヘルメットに搭載されたボイスチェンジャー機能を使って口にする。

「……その装備。魔王軍製だな? 黒勇隊か?」ドルーンは眉を顰める。

「よくわかったな。魔王軍兵器開発部門の設計図を元に作ったモノだ」

「元に作った? 貴様、何者だ?」

「貴様にひとつ聞いておきたい」と、フェイス部分を取り、素顔を見せる。

「こいつぁ驚いた。世界王様じゃないか」

「ラスティーに何か話したか? エレンとかいう水使いの女に身体を触られたりはしていないか?」

「いいや。私は世界の影の軍団長だぞ? 見損なって貰っては……」

「それはよかった」と、クリスは腰に備えた銃器を手に取り、銃口を構える。引き金を引いた瞬間、紫色の淡い光と共に無属性波が飛び出し、ドルーンを跡形もなく消滅させる。

「さて、次だ……」クリスは銃を素早く仕舞い、再びガントレットでステルス機能を作動し、地下牢を後にした。



 ローズとグロリアが激突した瞬間、周囲に稲妻が飛び散り、雷球が跳ね回る。拳がぶつかり合うと同時に天空へ向かって雷が立上り、花火の様に炸裂し、空を明るくさせる。

 2人は同門の雷使いであるため、戦闘スタイルはほぼ一緒であった。実力もほぼ一緒なのか、戦いは拮抗し、互いの肉体が削れ、血が滴っていた。

「ジェシィィィィィィィ!」グロリアはローズの本名を叫びながら拳を振るい、稲妻砲を放った。

「……グロリアぁ!」ローズは相手の殺気立った拳に拳をぶつけ、雷速の蹴りを放ち、稲妻砲を掻き消す。彼女の稲妻砲は貫通力の無い電磁砲だったため、消すのは容易かった。

 ローズはこの2年間、アリシアに勝つための修行を続けていた。己の中の魔力を練り上げ、如何にして稲妻に刃の様な鋭さを纏うか、という研究を続け、更に魔力循環による身体能力向上の為の修行も毎日続けていた。

 が、それをいくら続けてもアリシアに勝てる気がせず、彼女は行き詰まり、悩んでいた。

「ジェシィィィィィ……殺してやる……絶対に!」グロリアは憎しみに満ちた表情で唸り、隠し持ったあるモノを取り出す。

 それは世界の影で作られたベアナックルだった。それは握ると、魔力循環を増幅させ、戦闘力を大幅に上げる事が出来る代物であった。この技術は魔王軍には無い、特殊な製法で作られていた。

「それでやろうっていうの?」呆れたモノを見る様な目でため息を吐き、両腕に魔力を込める。

「これでお前を……」と、両拳のベアナックルを握り込む。すると、凄まじい勢いで深紅の稲妻が発生し、茨雷のグローブが出来上がる。

「あの時のアタシは、あいつの目からこんな風に映っていたのか……」

「何の話?」

「別に……ただ、アタシは大人しく殺されるような真似はしない……正面から叩き潰す!!」と、ローズは恐れずにグロリアの必殺範囲へと入り込む。

 グロリアは毒々しい笑みを覗かせた瞬間、ローズの下腹部、肝臓、鳩尾、喉、頬と5連撃が命中する。その速さは動体視力を増強させた目にも止まらず、防ぐことも出来なかった。

「っ……がっ!!」ローズの意識は彼方へと飛び、黒い煙を立上らせながら倒れる。

「こいつはタダの雷グローブじゃない……握り込むことによって全身の魔力循環を高速化させる……あの薬ほどではないけど、あんた1人を殺す程度なら十分ね!」と、しゃがんでローズの眼帯を引っぺがし、眼窩へ指を突っ込んで引き起こす。

「あ、ぐぁ!!」耐えがたい鋭痛と共に目を覚まし、グロリアの腕を両手で掴む。

「掴んだ……」ローズの予想通りの行動にほくそ笑み、空いた右腕を彼女の腹部に深々と突き刺す。確かな手応えと共に更に電流を放ち、彼女の腸をグズグズに焼く。

 ローズは雷使いの為、殆どの雷技は散らし、弾く事が出来たが、その拳の威力や通った後の電熱はどうする事も出来なかった。

「ごぼばっ!」焦げ臭く真っ黒な吐血をし、痙攣しながら失禁するローズ。掴んだ手を離し、白目を剥いて倒れ込む。

「このまま死ぬ? あんたにはうんと苦しんでもらわなきゃ……」圧倒的な力から来る高揚感からくる気分で楽しそうに微笑み、ローズの胸倉を掴んで雷速で張り倒す。

 地面に転がった彼女は腹に空いた傷を押さえながら止めどなく吐血し、悶えた。

「苦しめ……私が苦しんだように!!」



 グロリアはローズの裏切りにより、精神的どん底を味わった。かつて同じ技術を学び、魔王討伐を誓い合った同志であった。が、彼女が魔王軍黒勇隊へ入隊したと聞き、精神的孤立を感じ、意気消沈した。

 いっそのことジャレッド率いる最後の勇者達の反乱に参加し、華々しく散ろうとまで考えたが、世界の影からの誘いを受け、そちらに加入する事に決め、現在に至った。

 彼女はローズもといジェシーの事を同志以上に想い、愛していた唯一の人であったが、可愛さ余って憎さが1000倍も膨れ上がり、今では憎悪の対象となっていた。

 そこまで彼女はローズに殺意を持っていた。



「あんたの苦しみは……この程度?」全身の骨が砕け、2日前の状況に逆戻りしたローズは無理やり立ち上がりながら血唾を吐く。凄まじい電熱により、もう片方の目は白濁して失明し、全身から焦げ臭い匂が立ち上っていた。

「この程度って、どういう意味?」両手に張り付いた血を地面に散らしながら、荒くなった息を整える。

「大したことないなぁって……アタシぁ……拷問されたり、人生全てを否定されたり、その上で敗北したり……いろんなどん底を味わってきたんだけど……それに比べたらこんなもん、対した事ないなって……ねぇグロリア」と、折れた足で一歩一歩近づく。

「何のつもり?」

「アタシはあんたなんか眼中にない……アタシは、アリシアを超える! もう一撃こい!!」ローズは最後の魔力を振り絞り、拳を引く。

「なんですってぇ!! このズタボロがぁ!!!」と、一発で頭蓋を砕けるほどの威力を持った拳でローズの顔面を狙い、雷速で振るう。

 その速さは肉眼では見切れない速さであったが、失明したローズはその拳を感覚で見切り、紙一重な動きで避け、固めた拳を振るう。

 その拳はグロリアの胸骨をぶち破り、心臓を激しく揺さぶる。堪らず吐血し、あっさりと膝を追って地面に倒れ込む。

「……あん時のあいつぁこんな感じだったのかな……? 二歩は近づけたね……」と、懐からヒールウォーターの瓶を2本取り出して一気に飲み下す。それは寿命を5年削るヒールウォーター、もう一方は5年の寿命を戻すヒールウォーターであった。

 それを飲んだ瞬間、彼女の肉体は悍ましい動きと共に凄まじいスピードで回復し、全身から蒸気を噴き上げる。

「っくぁぁ……この超回復……辛ぁ……」と、膝を追って荒く呼吸を繰り返す。

「ジェ、……ジェ、シィィィィィィィ……」倒れ伏したまま血走った目で睨み付けるグロリア。

「あんたも復讐心を何か別の向上心に変えて成長しな。それが魔王討伐へ繋がる、かもね」と、エレンから受け取ったヒールウォーターの小瓶をグロリアの正面5メートル前方へ転がす。

 そんな戦いの間に、隣でも2匹の獣、キャメロンとブロンの戦いが続いていた。



 キャメロンはバルバロンにいた頃、ダニエルら傭兵団と出会う前、彼女は一匹の獣であった。あらゆる戦場で魔王軍を相手取り、隊長の命令も聞かずに突っ走り、炎の翼で舞って暴れていた。

 勝てばいいという心情を元に、味方からも煙たがられ、仕舞のは背中から太刀を浴びせられる程に自分勝手に振る舞うロクでもない傭兵であった。

 だが、魔王軍最強のナイトメアソルジャーに襲撃され、手も足も出ずに打倒され、そこでダニエル、ライリー、ローレンスらと出会い、共闘して脱出したのであった。

 それから彼らと行動を共にし、仲間意識が芽生え、ダニエルの判断力、ライリーの索敵、ローレンスとの連携を武器にして戦う傭兵となった。

 そして、ラスティーの軍に参加し、そこでまた考えを改める事となり、今では信頼できるボスの為に戦う炎となっていた。

 しかし、そんな今の自分を捨て、あの頃の獣へと戻っていた。



 隣でローズとグロリアが吠え合っている頃、キャメロンは炎の鷹となり、ブロンに襲い掛かっていた。炎の爪で彼の丸太の様な腕を斬り裂き、骨まで焼く。

「いい暴力だ。それにこの熱さ。それが本来のお前か」

「感心している場合?」

「いやいや失礼……では、少し本気で行こうか?」と、ブロンは目から殺気を吹き上がらせ、ニタリと鬼面を貼り付けた。

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