97.討魔団VS大地の賢者

 ロザリアとリノラースは激突地点から、互いに一歩も引かずに打ち合っていた。彼女は稲妻を纏った大剣を小枝の様に、且つ正確に振る。

 リノラースは丸太の様であり、巨岩の様でもある腕でそれを受け流しながら、一発一発の重たい一撃を次々と打ち返す。

 ロザリアはそれを受け止め、表情を顰める。大剣を通して凄まじい衝撃が両腕から身体へと通り、脚から地面へと伝う。彼女の受け流し法でダメージを殆ど逃がす事が出来たが、それでも両腕の骨に皹を入れる程のダメージが響いていた。

 互いの攻撃の度に周囲に嵐の様な衝撃波が飛び散り、大地と本部の建物が悲鳴を上げる様に皹が入る。木々から葉っぱが舞い落ち、小動物たちが狂ったように奔り逃げる。

「……っ、本気を出していないな?」ロザリアは間合いを取る様に一足飛びで退き、素朴な疑問を投げかける。

 彼の全身から滲み出る魔力、実用的な筋肉量、そして凄みから来る攻撃が、予想と実際の衝撃が釣り合っていなかった。

「まぁね。でも、いいのかな?」と、彼女に休息を与えない様に詰め寄り、豪打を放つ。

「ぐっ!」と、呼吸の合間に飛んできた拳を、準備不足な体勢で防ぎ、衝撃を受け流し損ねる。その結果、右上腕が粉砕骨折し、殺人的な衝撃が身体全身を駆け巡る。一気に内臓にダメージを受け、勢いよく吐血しながらも強引に着地し、手をついて息を整える。

 たとえ、雷魔法で肉体を極限まで強化しても、賢者最強の打撃は伊達ではなかった。

 それでもロザリアは彼の攻撃に手加減を感じていた。

「さぁ……討魔団の主力は君だけなのかな? 恐るべき軍団だと聞いたが、ガイゼル殿の過大評価だったかな?」と、リノラースは太い腕を組み、鼻息を鳴らす。



 その頃、ニックは本部全員に号令をかけていた。この数ヵ月で全員に緊急事態時の逃走方法を叩き込んでいた為、非戦闘員たちは滑らか且つ慌てずに逃走準備をほんの40秒以内に整え、すぐさま戦闘エリアとなった本部から遠ざかる。

 レイは部下たちに言った通り、情報部の書斎にある情報を必要最低限回収し終え、本部から離脱する。

 ニックは診療所で狸寝入りをキメこむローレンスとライリーを叩き起こし、軍団を招集する様に命ずる。

「もう準備は出来ているよ。あんたの合図が出るまで休憩していただけだ」と、ライリーは苦しい言い訳をする。が、彼の言う通り、本部の外側には既にダニエル率いる5千の軍が待ち構えており、ニックの号令を待っていた。

「そうかよ。で、ローレンス! あの衝撃波は防げるか?」と、ニックは不安そうに問う。

「あんな激しいのは少し厳しいなぁ……キャメロンさんがいれば……うぅん」と、巨体を縮めながら自信なさそうに答える。

「防御としてではなく、攻撃をぶち当てて衝撃波を相殺させちまえばいいんじゃねぇか?」ライリーは煙草を吸いながら口にする。

「それなら出来るかな?」と、大槌を肩に担ぐ。

「よろしく頼むぞ!」と、ニックは診療所から出る。

 すると、そこにはリン率いる衛生兵部隊が待ち構えていた。

「私たちはどのように動けば?」彼女らは本来村々に派遣し、医療向上に勤めたり、戦地へ赴き、後衛で働いていた。が、こういった激戦中の任務は初めてだった。

「とりあえず、ローレンスが動くと同時にロザリアの治療を頼む。衝撃波はあいつが何とかしてくれるから、背後に張り付いて行動してくれ」

「で、俺は?」ライリーはやる気なさそうに口にする。

「お前は軍全体への情報共有の為、伝令を頼む」

「りょーかい」と、彼は吸いかけの煙草を吐き捨て、素早くその場から消えた。

 それと同時にレイが現れる。

「間に合わせの作戦だが、準備は出来たか?」

「あぁ。昨日の今日で準備した粗い策だからな……オスカー達が間に合えばいいが……」

「それより、ロザリアは持つのか?」と、心配そうに激震轟く方角へ首を向けるレイ。

「今、ローレンスとリンたちを向かわせた。しかし……あの賢者を撃退できるかな?」

「……どっちにしろ無事では済まないな……」



 リノラースはロザリアを追い詰める様に歩を進め、隕石の様な巨拳を振り下ろす。

堪らず彼女は避け、着弾時の衝撃波を大剣で受け止める。既に彼女の身体はボロボロであり、その衝撃だけで全身が軋む。

「ぐっ……ここで……倒れるわけには……」ロザリアは息を荒げながら無理やり立ち上がり、全身に再び雷光を纏う。腰に備わった雷魔刀『蒼電』が彼女に応える様に光る。が、彼女はそれを拒む様に大剣を握り直す。

「……その腰の得物はヤオガミ列島の武器だな……それを使いこなせるなら、僕の身体に傷を付けられるだろう……何故、抜かない?」

「貴方に殺気があれば私もそうする……だが、貴方の殺気は……偽りのモノだ」

「……君は鋭いな……だけど、まだ続けるよ?」と、リノラースは心苦しそうな声を出しながら大地を蹴り上げ、彼女目掛けて突風の様な衝撃波を飛ばす。

 それを受け止める構えを取るが、膝が崩れて体勢の崩れるロザリアは、覚悟を決めるように奥歯を噛みしめる。

 すると、彼女の眼前にローレンスが立ち塞がり、大槌を振り下ろす。彼の放つ衝撃波は大地魔法を練り上げた凄まじいモノであり、リノラースの放つ衝撃波に引けを取らず、激しく衝突し、周囲の木々が激しく揺れる。

 それと同時に素早くリンと衛生兵2名がロザリアへ近づき、手早く治療を終える。あっという間に応急処置を施し、皹だらけだった彼女の身体を水と風の回復魔法で一気に補強する。

 作業を終えると、リンたちは直ぐに戦線を離脱する。

「……ほう」感心する様にリノラースは頷き、頬を緩める。

「ロザリアさん、いきますよ!」タッグを組んで援護をするのを得意とするローレンスは、リノラースに向かって大槌を振り下ろし、大地を抉るような衝撃波を飛ばす。と、同時にロザリアは素早く跳躍し、稲光と共に大剣を構える。

 リノラースは衝撃波を止めると同時に彼女の振り下ろしに対応するが、彼女の気迫に押されて一歩後退する。


「撃てぇ!!」


 それと同時にいつの間にか彼らを囲んでいたダニエルの狙撃部隊が魔力を込めた射撃武器やエレメンタルガンを一斉発射する。

「ぬっ?!」リノラースは堪らず大地魔法で巨壁を作り出し、弾幕を防ぐ。

 その怯みに合わせて再びローレンスが大槌を振るい、ロザリアが間合いを詰める。

「いい攻めだ……だが!」と、何かを決めた様に目を見開き、大地魔法を込めた超巨大な大地腕を作り出し、振りかぶる。

 すると、彼の遥か後方から魔猿の様な奇声が轟く。

 その殺気に満ちた声に狼狽し、リノラースはその方向へと顔を向ける。

 その先には、ロザリアの剣よりも巨大な剣を振り被った黒ぶち眼鏡の男が駆けていた。その男はオスカーの右腕であるコルミであった。遥か後方にはオスカー率いる斬り込み部隊が控えていた。

「なにぃ?!」と、身の危険を感じたリノラースは大地腕で狙うターゲットを彼に変える。その判断が一瞬遅かったのか、コルミに易々と斬り飛ばされ、次の踏み込みで首を狙われる。

 彼の振りを片手で受け止め、裏拳を見舞おうとするが、ロザリアの一振りが襲い掛かる。

「成る程、いいチームだ!」と、リノラースは避難するように地面の中へと吸い込まれ、戦場から消える。

「どこへ消えた?」と、ロザリアたちは周囲を見回して彼の気配を探す。

「南西の方角だ!」今迄、軍の連携の為に駆け回っていたライリーが『風の伝令』で全軍に伝える。

 リノラースは身体から魔力を抜き、険しかった表情を緩める。


「いやぁ、参った。降参だ! 流石はガイゼル殿が認めた、そして西大陸を纏めた男の率いる軍だ!」


 と、彼は頭を掻きながら笑う。

「それはどういう意味だ?」前線で指揮を執っていたニックが眉を顰める。

「今回のコレは、実際はインヴァード大臣に言われて来たのが建前だが……本音は君たちの力量を測りに来ただけなんだ。この大陸の戦争を終結させ、対魔王の同盟を任せてもいい者達か、僕の目で見極める為のね」

「やはりな……」納得した様にロザリアはため息を吐き、安心した様にその場に腰を下ろす。

「その割には、本気だったような……」ローレンスは納得いかない様に唸る。

「バーカ。大地の賢者がこの程度のワケがないだろ?」ライリーは一息つく様に煙草を咥え、火を点ける。

「いやぁ、本当に申し訳ない! 詫びにここら一体の大地を慣らし、本部の工事費や増築費用を僕が全額負担しよう! そのくらいはやらせてくれ! そして……」と、彼はグレーボン城の向こう側でダメ押しの襲撃準備を始めているインヴァード大臣の気配を探った。

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