98.戴冠式前日のアクシデント

 大地の賢者リノラースが討魔団本部を襲撃しているとの報告を受け、インヴァードは早速、自分が雇う傭兵部隊を収集していた。賢者が討ち漏らすであろう討魔団残党討伐を命ずる。

「やっと目障りな連中を一掃できる……あとは……」と、グレーボン王を玉座から引き摺り下ろすクーデター計画を脳裏に映し出してほくそ笑む。

 すると、彼らが潜伏するグレーボン城下町より20キロ東のキャンプ地が激しく揺れる。

 最初の内はただの地震だと皆思い、無警戒のまま襲撃の準備を進める。が、中々揺れが収まらず、しかも激しさが増し、そこでやっと皆が異変に気が付く。

 その頃には既に遅く、彼らのキャンプ地は岩壁で覆われて退路を塞がれており、どんどん地面が盛り上がっていく。

「ま、まさかそんな!」インヴァード大臣は何が起こったのか悟り、我先に逃げようとしたが、その先に大地腕がいくつも伸び、首長龍の様に襲い掛かった。

その後、インヴァード大臣らはほんの数分で全員捕縛され、ニック達が収集した襲撃計画の証拠と共にグレーボン軍へ引き渡された。



 リノラースはその後、討魔団本部のある大地を魔法で修繕し、更に田畑の改善など様々な手伝いを行った。更に彼は言った通り、多額の資金を彼らに迷惑料として受け渡し、全面的に協力すると約束し、契約までした。

「ここまでして頂いて、よろしいのですか?」ニックは彼を目の前にして首を傾げた。

「もちろん。魔王討伐は何よりも優先すべきです。その為なら、この僕は何でもやるつもりだ。行動を起こす時はいつでも言ってくれ!」と、賢者は頼もしい笑顔を見せながら契約書に判を押した。

 これにより、討魔団は実質グレーボン国最大の影響力を持つ傭兵団となり、他国からも一目を置かれる存在となるのであった。



 戴冠式前日のグレイスタンは、祭り以上の大イベントが始まると国中が猛っていた。そんな大盛り上がりの中、城内では張りつめた緊張が続いていた。

「……まさか、ここまでオオゴトな式になるとは」グレイスタン王のシン・ムンバスは疲れた表情を隠しながら口にする。スケジュールは鮨詰め状態であり、余裕が全くと言っていいほど無かった。

 たった今、彼は遅めの朝食の真っ最中であり、世界王並びに賢者2人と共にしていた。

「私が来てしまったせいかな? 申し訳ない」と、眉を上げ下げしながらワイングラスを傾けるクリス。

「いえ……」と、言葉を探しながらフルーツを齧る。心中では「その通りだ、このクソ野郎!」と、飛び出そうになっていた。

「で、今日のスケジュールはどうなっているのかな?」クリスは興味ありげに口にする。

「当日に着る、王家代々から伝わるローブの袖通し。式スケジュールの最終確認。大司教殿を交えた会食。そして、警備の最終確認です」と、死んだ目のまま真面目に答える。

「それらに私も同行して、よろしいのだよね?」と、彼の目を覗き込む。

「……えぇ、もちろんですよ」シンは心底嫌そうな声を押し殺しながら苦しそうに口にした。

 そんな彼の心中を察したエミリーは気まずそうな表情でゆで卵をスプーンで静かに食していた。

 ガイゼルも顔には出さずとも、グレイスタン王に暖かい眼差しを向ける。同時にクリスに窘める様な視線を向け、静かにため息を吐く。

「視線が痛いな」クリスは誰にも聞かれない程の小声で呟きながらスープを啜った。



 その頃、ラスティー達は式に参加するグレイスタンの騎士団長たちを交えて朝食を楽しんでいた。

「あのブリザルドを撃退した時の話を聞かせてください!」と、ひとりがラスティーに願う。

「それは私が散々話したであろう?」と、当時作戦に協力したウィンガズが口を尖らせる。

「貴方からではない! ラスティー殿の口から直接聞きたいのだ!」

「それより、西大陸会議の裏側を詳しく聞きたいのだが?」と、騒ぎ立てる様なことはしなかったが、好奇心が抑えられずに皆、思い思いに口にする。

「やはり、ウチの指令は人気だな……って、やっている場合ではないのだが」と、複雑そうな表情を浮かべるキーラ。彼女は明日の警備の事ばかりで頭が一杯で、朝食もまともに喉が通らなかった。共に警備をする者たちも皆、彼女と同じく固まっていた。

「緊張しすぎですよ。精神安定させる薬膳茶は如何ですか?」と、大きな急須で用意した茶を皆のカップに注ぐエレン。

「貴女は相変わらず落ちついていますねぇ……」

「慌てても、いい事はありませんから」笑顔と共に茶を差し出し、キーラの緊張の度合いを伺う。

「……ありがとうございます」と、彼女は一口薬膳茶を啜り、目を瞑りながら唸る。「相変わらず美味いですね……」

「いえいえ」と、上品に微笑みながらラスティーの隣へ戻る。



 城裏手の中庭では、キャメロンがビーフサンドイッチを食べながら手すりにもたれ掛っていた。

 その隣にはローズが立ち、煙草を咥えて煙を吹いていた。彼女の両手両足は今朝、完治していた。しかし、まだ全快とは言えず、松葉杖を片手にしていた。

「明日かぁ……」サンドイッチを一口食べ、気が抜けた様に口にするキャメロン。

「ずっと見張ってる気?」いい加減うんざりした様に額に血管を浮き上がらせるローズ。結局彼女はずっとキャメロンに行く先々つけ回されていた。

「あんたが動くのは、タイミングをずらして今日でしょ? どうなのぉ?」と、ワザとらしく顔を近づけ、ニヤつくキャメロン。

 その顔に向かってローズは煙を噴きかける。が、キャメロンは微動だにせず微笑を浮かべ続ける。

「憎たらしいヤツ……」と、煙草を吐き捨て、懐から自分の朝飯であるソルティーアップルを取り出し、齧る。

 キャメロンは放り捨てられた煙草を火で消し炭に変える。

「由緒正しい城の中庭でポイ捨てはいただけないなぁ~」

「ふん」



 朝食後、ラスティーは2人の王と合流し、シン・ムンバスの衣装合わせに同席する。その間、クリスはラスティーに馴れ馴れしく近づき、顔色を伺う。

「賢者を2人寄越して勝ったつもりかな?」ドスの聞いた声で語り掛ける。

「そのセリフを聞くに、大分効いているみたいだな」顔をムンバス王に向けたまま口にするラスティー。

「何の事やら……だが、果たして式を無事に進行できるのか? 世界の影はまだ多く残っているし、ブリザルドもいる。これらの襲撃から、式と国民を守り切れるかな?」


「まるで、貴方が黒幕の様な口ぶりだな」


 ラスティーはクリスの目を睨み付け、僅かながら殺気を盛らす。

「……ふん、面白い冗談だな。命を狙われているのは私も一緒だと言う事をお忘れなく。しかし、どうやって守る気だ?」

「じゃあ教えておこう。俺の作戦は既に終了しているんだ。あとは、明日の式でトラブルが起きない様にするだけだ」

「……なんだと?」訝し気な表情で静かに狼狽するクリス。

「ま、あんたも明日の式を楽しむんだな」と、ラスティーは彼から離れ、ムンバス王の晴れ姿を誇らしげに眺めながら拍手をする。

「似合っているかな?」ムンバス王は照れ笑いを浮かべながら両手を広げる。

「おぅ、最初に会った頃とは比べ物にならないなぁ!」ラスティーはバグジー君の頃の彼を思い出しながら笑う。

「いやぁ……お恥ずかしい」

 そんな2人を静かに睨みながら、クリスは心なく拍手をした。



 世界の影らは最後の作戦会議を終わらせ、36名全員が赤紫色に流動する小瓶を取り出す。これを服用すれば、命を削る代わりに一時的にクラス4の魔力循環を再現させ、超人となる事が可能だった。

 だが、魔力循環を再現するのに半日以上かかるため、今、投薬していた。

 全員、合図でもしたかのように無言で服用し、空の瓶を地面に叩き付ける。

「これで……奴を……」グロリアは何か思いをはせる様に目を瞑り、未だ投薬せずに黙っていた。これは躊躇と呼ぶより、武者震いで興奮しているのであった。

 が、飲む前に周囲の異変に気が付き、我の目を疑う。

 投薬した者達が皆、嘔吐し冷や汗を流しながら倒れいくのであった。

「な、なんだこれは!!」目を剥き、隣の倒れた仲間を揺さぶる。

「グ、グロリア! この薬は飲むな! これは、毒だ!!」と、鳩尾辺りを掻き毟る。実際に、これは急性食中毒を発症させ、魔力循環を強制ストップさせる代物であり、3日以上はまともに動けなくなる薬物であった。これだけ散々な薬ではあるが、命に別状はなかった。

「毒ぅ? 一体?!」と、瓶を怯えた様に床に叩き付ける。



「エレン先生よぅ……この薬と引き換えにくれたヤツぁ、どんなモノだったんだ?」医務室のソファに座ったディメンズが小瓶を手の中で転がしながら口にする。この小瓶こそ、世界の影が用意した劇薬であった。

「ナマモノを間違えて食べた時に起きる腹痛を再現できる薬です。トイレから離れられなくなる恐ろしい劇薬ですよ? ま、命に障る事はないので大丈夫でしょうが」

「おっそろしい先生だなぁ~」

「いえ、本当に恐ろしいのは……敵の仕入れた秘密兵器の情報を仕入れ、こんな策を思いつくラスティーさんですよ」と、エレンは呆れた様に、それでいて感心する様にため息を吐いた。

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