96.迫りくる大地

 トコロ変わってグレーボン国。インヴァード大臣の取り巻き貴族たちの頭を押さえたエディ司令官代理は、最後の大詰めの準備を進めていた。

 貴族たちから受け取ったインヴァード大臣の密輸船団や強盗団との癒着の証拠を纏めていた。これをグレーボン王に提出し、一気に大臣一派を転覆させるつもりであった。

「ラスティーがいぬ間に、結構仕事が進んだじゃないか。上出来だろ?」エディは満足する様にファイルを机に置き、息を吐くようにおしぼりで顔を拭く。

 そんな彼を横目に、レイは最後の確かめをする様にファイルに目を通しながら眉を顰める。

「しかし、この程度の事なら戴冠式へ向かう前に出来た筈……何故、指令はやらなかったんだ?」と、首を傾げる。

「この本部を稼働させるのに忙しかったからな。やる暇がなかったんだろ?」

「……そうか……? 優先順位はかなり高かったはず。やらなかった理由がある筈だ」と、難しそうに唸る。

「考えすぎだ。ラスティーもそこまで完璧な策士ではないって事だ」エディは凝りに凝った肩を回しながら唸り、仮眠する様に目を瞑る。

 すると、珍しく慌てた様な表情でウォルターが入ってくる。手には書状が握られ、それをエディの前に叩き付ける。

「なんだ? お前がそんな風になるなんて……」エディは眠気眼を擦りながら口にする。

 エディがそれを手に取る前にレイが素早く取り、一気に目を通す。同時に彼の表情も淀み、参ったように顔を押さえる。

「……先手を取られた……あの大臣め!」と、書状を叩きつける。

「何が書いてあった?」と、エディも目を通す。

 そこには、ラスティーの討魔団は戦争の火種を弄ぶ国家の敵と認定し、即時出頭命令が記されていた。

 その理由として、グレーボン国内の貴族が契約する傭兵たちを無許可で襲撃し、国力を削いだと記され、更に証拠を捏造してインヴァード大臣を陥れようと企んでいる、と書かれていた。

「書きたいように書きやがって……あのクソ大臣が!」エディは書状を叩き付け、鼻息を荒くさせた。「だが、国王やグレーボン軍は全面的に我らの味方であり、この書状は口先だけの出鱈目だと分かる……少なくとも、軍は大臣の言う事は聞かない筈だ」

 すると、レイは書状に2枚目があると指摘する。

 エディがそれを読むと、顔を真っ青にさせた。

「うっそだろぉ? オイ……」

 そこにインヴァード大臣は、ラスティーらを南大陸の火種を弄ぶ大罪人と認定し、大地の賢者リノラースを召還し、即時叩き潰すように要請したと書かれていた。

 インヴァード大臣はリノラースと交友関係があり、南大陸で戦争が起こる度に相談し合う仲であった。

 実際は、人の良いリノラースを上手く操る為に大臣は前もって親睦を深め、都合の悪い事が起こったら上手く操れるように準備しておいたのであった。

 大地の賢者リノラース・ヒュージウッドは5人いる賢者の中で最強と謳われ、魔王や最凶の炎使いヴェリディクトとも互角以上に渡り合えると呼ばれていた。その能力は破壊も創造も自在とされ、彼に並ぶ大地使いはいないとされていた。

「でも、彼は温厚で争いは好まないと言われている……話せばわかるんじゃないか?」エディは冷や汗を書きながら乾いた笑いを漏らす。

「だが、怒れば一国の軍はおろか、三大国の軍を全て合わせた軍事力に匹敵するらしい……」レイは椅子に深々と腰を下ろし、頭を抱えた。

「そんなもん、どーすんだよ」

「知るか……」指令室にどんよりとした空気が立ち込め、3人のため息が揃う。



 トコロ戻ってグレイスタン城。戴冠式の日時が間近に迫り、城内が慌ただしく動き始めていた。

 そんな中、来賓の世界王クリスは露骨な不機嫌顔を浮かべながら自室のベッドに横になっていた。

「如何しましたか?」軽傷を風魔法で癒し終えたミラが入室する。

「お前も気配を感じただろ? 雷と炎の賢者が来たんだ」

「えぇ、その様子で……心強い限りです。戴冠式の守りはこれで盤石になるでしょう」と、ミラは感心する様に腕を組む。

「あの2人はラスティーが呼んだのだ。これで、この戴冠式の主導権は完全にあいつが握る事になる」クリスは頬杖を突きながら鼻息を荒くする。

「貴方からしたら、面白くないですね」

「面白い面白くないは関係ない。問題は、これで私の計画のひとつを潰された事になる。全く……許せん」と、彼は拳を握りしめ、奥歯を鳴らす。

「私以外の賢者の目で見張られ、ダーククリスタルなどを押収しにくくなった、と?」

「そうだ。あの2人の目は、叔父上に見張られているのと同然だ。私は密かに事を運びたかったのだ……まぁ、もうひとつのプランは問題ないがな」

「もうひとつ? それは一体?」

「そっちの方は秘密だ」クリスは鼻で笑いながら彼女から身体を背け、ゆっくりと目を瞑った。



「よくあの2人を呼びましたね!」エレンはカルテにローズの治療状況を書き込みながら口にする。賢者2人の参加は彼女も今迄知らなかった。

「あぁ。特にガイゼル殿とはよく連絡を取り合っていた。ヴレイズの報は彼からのモノだからな。よく彼の娘が手紙を書いて寄越すそうだ」

「エミリーさんも背が伸びて、元気そうで何よりですね」エレンは微笑ましそうに頬を緩める。彼女と初めて出会ったときは12歳であった。現在は14歳になり、度重なる会議や戦争の経験からか少し大人びた顔つきになっていた。

「パレリアでは東大陸のイモホップやフラッダと外交をして貰い、同盟の輪に加わる様に説得をして貰っている。あの大臣は優秀に働いてくれているし、賢者である彼女のサポートも14歳とは思えない。もう一人前だな」と、ラスティーは本日の会議で配られた資料に目を通しながら口にする。

「同盟の輪が広がっていくのは良いですね。魔王討伐に一歩一歩近づいているという実感が湧きます」

「あぁ。グレーボンの方でもインヴァード大臣を失脚させる為の策を進めている。俺らが帰る頃には、また一歩進んでいるだろうぜ」

「そうだと良いですねぇ!」



 その頃、グロリアたち世界の影は新たな隠れ家に集まり、最後の集会を行っていた。ムーンウッドの森から20キロ東へ離れた洞窟の中であった。

「あと2日で戴冠式だ。いいか? 我々には兵力は殆どなく、残った36名と、ブリザルド殿と共に襲撃するしかなくなった。対して、相手はグレイスタン兵並びに賢者が3人だ。我々は目的の為ならば手段を選ばず、最後のひとりの命を使ってでも世界王の命だけでも奪うのだ! そしてグレイスタン王の命、あわよくばダーククリスタルを手に入れるのだ! 手段を選ぶな!」と、リーダー格の黒ずくめの者が号令を発し、掛け声と共に影たちはひとりひとり散らばっていく。

 その中でひとり、グロリアが立ち尽くし、手の中の薬を睨み付けていた。

「これでローズを……」

「グロリア。目的を忘れるな。お前はローズにダーククリスタルの場を吐かせるのだ」

「はっ……わかっております」と、薬を懐へ仕舞う。が、彼女の鼓動は高鳴り、頭に血が上って目は血走っていた。



 その次の日、グレーボン国の討魔団本部の前に巨木が如き大男が現れる。実際は2メートル弱程の身長であったが、見張りの目からは5メートル以上の魔人に見え、腰を抜かして震えあがった。

 その報告を聞き付け、エディとレイの2人が護衛のウォルターらを連れて出迎える。

「ここの司令官殿は貴方かな? 僕はリノラース・ヒュージウッドといいます!」

「早ぇ……もう来やがった」エディは小声で歯の間から絞り出す。彼は昨晩、ラスティーへの相談の手紙を書き、サンダースパローに括り付けて飛ばしたばかりであった。

「大地の賢者様がこんな場所へ何用で?」レイは怯まずに問う。が、大地の賢者の呼吸だけで周囲の木々が震え、大地が唸り、彼は表情を強張らせた。

「インヴァード大臣を陥れ、国政を乗っ取ろうとしているそうだな? そんな不届きな考えを正しに来た!」と、片足を踏み鳴らす。その瞬間、まるで地面が傾くように激震し、本部にいる全員が平衡感覚を失いそうになる。

「それは、こちらの言い分を聞いて貰いたいのですが……だめ?」エディは相手の気に押され、態度を縮こまらせてしまう。

「君たちは魔王に立ち向かう傭兵団なのだろう? だったら大人しく武で語れ!!」と、リノラースは鬼面で荒々しい息を吐き、両腕に魔力を込める。

「うっわ……話の通じないタイプかよ」

 すると、エディらの背後から稲光が立上り、リノラースに引けを取らない激震が放たれる。同時に殺気が嵐の様に吹き荒れ、それを放つ者がゆっくりと歩を進める。

 その者は、新品の鎧を身に纏ったロザリアであった。彼女は電大剣に魔力を込め、一歩一歩踏みしめる。

「呼んでおいて正解だったな」エディはもしもの為に隊長格を招集していた。が、ローレンスやライリーも呼んではいたが、彼らはリノラースの魔力を感じ取っただけで縮こまり、診療所で寝込んでいた。

「強いね……噂のロザリアって戦士かな?」リノラースは一歩進む。

「そうだ。私たちの居場所は潰させやしない。これからの為にも……わかって下さいますか?」と、彼女は大剣を肩に背負い、更に稲妻を込める。

「それについては、これから語り合おうじゃないか!」

 リノラースが口にした瞬間、大激震と共に2人の足元が爆ぜ飛び、間合いが潰れ、突風の様な衝撃波が周囲に広がる。木々が大きく揺れ、建物の木壁が剥がれ、テントの布が飛ぶ。

「始まっちまったなぁ……」衝撃波で飛ばされたエディは鼻血を拭いながらため息を吐く。周囲にいた者たちも殆ど吹き飛ばされ、半数が目を回していた。

「……指令がいない間に勇み足が過ぎたか……くそっ!」レイは頭を押さえながら後悔の念を吐き捨て、激戦の先を睨み付けた。

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