95.役者揃いし嵐前

 ブリザルドを取り逃がしたミラは周囲の探索を終え、グレイスタン城へと戻った。クリスの待つ部屋へと急ぎ、彼に結果報告を告げる。

「凄まじい戦いだった様子だが……どうだ? 奴に勝てそうか?」彼女の謝罪に耳を傾けず、興味ありげに問う。

「……負けぬ自信はありますが……」

「勝つ自信もない、という訳か」クリスは椅子から立ち上がり、窓の外を眺める。

「申し訳ありません……」

「……今の所、ラスティーに主導権を握られている形になるな……」クリスは面白くなさそうに口にする。

「あの男……得体の知れない感じがワルベルトという男にそっくりですね」ミラは目を鋭くさせ、ラスティーのいる方角へ顔を向けて気配を探る。

「だが、あいつは所詮、利用される側の人間だ。ワルベルト同様にな。精々、上手く使ってやろうじゃないか。私の理想の為にな」



 グレイスタン城地下牢にドルーンが運び込まれる。彼には特別製の手錠足錠を嵌め、その上で壁に固定した。更に念には念を入れたボディチェックを施す。

「こいつ! 身体に何十匹飼っているんだ!」キーラは不快そうに声を荒げながら腕を登ってくる蜘蛛を払い落とす。

「気を付けるんだな。そいつらは穴に潜り込むのが大好きでね」ドルーンは不気味な笑みを彼女へ向ける。

「気持ちの悪い……」

「体内にも毒蜂や百足などを飼っているな? ……エレン?」と、ラスティーが合図をすると、彼女は水の大塊を生成し、ドルーンを包み込む。彼を窒息させる勢いで締め上げる。

 すると、ドルーンは目を剥きながら口から窒息死した虫達を吐き出し、首を垂れた。

「これで全部ですね」エレンは気色悪そうに表情をむずむずさせる。

「ご苦労。で、同時に記憶にも触れたか?」

「いいえ。流石は世界の影の幹部。何かしらの呪術プロテクトを施してありましたね」と、感心する様にため息を吐く。

「やはり簡単にはいかないか。そう簡単に吐くタマでもなさそうだしな」と、ラスティーは背中を向け、地下牢を後にしようと階段へ向かう。

 すると、ドルーンは静かに笑い始める。

「くくく……私を捕まえたところで、計画は潰せんぞ! 必ずや同志は、」

「はいはいわかってるよ! お前が吐かなくても連中のやりそうな事はわかっている。ご苦労さん! オタクは全部終わるまでここにいろ!」と、勢いよく扉を閉める。

「……負け惜しみか」と、ドルーンは乾いた笑いを漏らすも、身体から全ての蟲を抜き取られた事を再度確認し、参ったようにため息を吐いた。

「で、ラスティーさん。本当に連中の事は把握しているのですか?」確認する様にエレンが問いかける。

「世界の影の残った連中とブリザルドだ。影の連中は最後の切り札を使ってでも戴冠式を襲撃するだろう。そしてブリザルドも、あいつは影共を出し抜く形でくるだろうぜ。だが、一番出し抜かせてはならないのは……」と、彼が口にした瞬間、エレンが深く頷く。

「世界王ですね、わかっています」

「あの男は最後に全てを掻っ攫うつもりでいる。用心しなきゃな」ラスティーは煙草を咥え、ため息と共に煙を吐いた。



 その頃、スワートは膨れ面で立腹していた。結局ラスティーから餌の様な扱いを受け、納得できない様に悪態を吐き、ベッドに横になる。

「あ~あ! 結局俺らはこんなんかよ! ったく、ふざけやがって! クソが!!」

「まぁまぁ……結局、俺っち達には荷の重い仕事だったわけで、あのおっさんに助けられたからいいじゃないっすかぁ」

「俺が言いたいのは! はなっから俺達を餌として使いやがったって事だよ! 一人前と認めてくれていない証拠だ! クソがぁ!!」

「まぁまぁ……実際にそうだし」と、トレイは細目をスワートへ向ける。

 すると、ノックと共にラスティーとエレンが入ってくる。エレンはフルーツ盛り合わせの籠を両手に持ち、テーブルに乗せた。

 ラスティーは流れる様に椅子に座り、煙草に火を点ける。

「ご苦労だったな。お前らのお陰で、連中の戦力を大幅に削ぐことが出来たぞ」

「俺らの事を餌に使っただけだろうが!」スワートは気に入らないイラつきを露わに噛みつく。

「そうだ。お前らは連中にとって最高の生き餌だったからな。他の連中にやらせたらこうはいかなかっただろうし、ディメンズさんだけだったら、ドルーンを取り逃がしただろう。今回の獲物はそれだけ捕らえるのが難しい相手だったんだ。お前らのお陰だ」と、籠からソルティーアップルを取り出し、齧る。

「でも、俺らだけでも……」と、反射的に言い返すも、口をもごもごと閉じる。彼らだけだったら、それこそミイラ取りとなっていた。

「もうすぐ大詰めだ。敵は総攻撃を仕掛け、戴冠式だけでなくこの国、大陸をめちゃくちゃにするつもりだろう。俺らはそれをなんとしても阻止したい。協力してくれないか?」と、立ち上がり棚から酒瓶を取りだす。3人分のグラスを用意し、琥珀色の液体を注ぐ。

「また餌に使うつもりか?」

「かもな。だが、餌でも盾でも矛でも、一人前として扱っているつもりだ」と、ラスティーはグラスを2人に渡す。

 2人は互いに顔を見合わせ、複雑そうな表情を浮かべる。

「……次は何をさせるつもりだ?」スワートは恐る恐る口にする。

「2人の得意属性、力量、判断力などはキャメロンから聞いている。十分な戦力に成り得るってな。だからと言って、俺の命令に素直に従うってのも面白くないだろ? だから、好きに動いてくれ。目的は戴冠式、この国の防衛だ。頼めるか?」と、グラスを掲げる。

「……あ……えっと……は、はい!」スワートの目に何か光が宿り、力強く応える。トレイもそれを見て静かに笑い、グラスを掲げた。



 ローズは松葉杖を突きながら地下牢へと向かい、ドルーンのいる房へとゆっくり近づく、背後にはキャメロンが控えており、彼女が勝手に逃げ出さないか見張っていた。

「あんたが捕まるって事は、世界の影もいよいよ終わりって感じね」ローズはしたり顔を向ける。

「貴様……あの若造と組んでいるのか?」

「まぁ少しね。この件が片付くまでは……って、襲撃はどうする気? もう打つ手と言えば……少人数でのグレイスタン城制圧か、ブリザルドの力に頼るか……主導権を握られちゃうねぇ? あいつに」

「そうはならない。我々はあいつの欲しがる物を握っている」ドルーンは含み笑いを漏らし、涙腺から寄生虫の様な紐蟲をのたくらせる。

「それって……例の書物? 数百年前に書かれたと言われる風の奥義書?」

「良く知っている小娘だ」

「まぁ、黒勇隊情報部に出入りしている時代もあったからね」ローズは自慢げに口にし、煙草を咥える。「火ぃ」

「自分で点けな」背後で構えるキャメロンは意地悪気に口にする。

「ケチ」と、指先に蒼い火花を放ち、着火させる。

「しかし、お前らはどうする気だ? 我々の兵隊は少ないが、それでも精鋭揃いだ。まだ切り札があり、更にブリザルドが控えている。正直、まだこちらが有利である事に変わりはない」ドルーンは自信ありげに口にし、静かに嫌味たらしく笑う。

「あら、おめでたい」と、キャメロンが手を叩きながら微笑ましそうに口にする。

「「どういう意味だ?」」思わず2人が声を揃える。

「ウチのボスは結構乱暴でね。策を確実なものとする為なら、どんな手でも足でも使う人なのよ」と、キャメロンはローズから煙草を奪い取り、自慢げに吹かした。

「あ、てめぇ!!」

「んふふふふ」



 その頃、グレイスタン城門前では、世界王入城の時と同じ程のお祭り騒ぎとなっていた。とある人物の急遽の入城となり、混乱しかけていたが、キーラ率いる隊がそれを制止させていた。

「ここまで歓迎してくれるなんて……うわぁ~」馬上で小さな手を振るその者は、雷の賢者であるエミリー・ミラージュであった。

 更にその後方には、炎の賢者ガイゼル・ボルコンが両の太い腕を振ってガハハと笑っていた。

「折角の戴冠式だ。大いに楽しませて貰おう!」ガイゼルは笑顔と共に炎の花火を打ち上げ、グレイスタン上空を鮮やかに染めた。

 エミリーも負けじと稲妻を炸裂させ、炎に更なる色を添える。

 そんな2人の入城に仰天したのは世界王であった。更なる2人の賢者の訪問は寝耳に水であり、不快感を滲ませる。

「どういう事だ……」

 そこへ丁度、ノックと共にラスティーが現れる。

「報告が遅れました。俺はあの2人とは顔馴染み、と言うより西大陸同盟の時から連絡を取り合っておりまして……戴冠式にこれ以上心強い者はいないでしょう?」と、ラスティーはにこやかに口にする。

「……そうだな。精々、頑張ってくれたまえ」と、クリスは面白くなさそうに吐き捨て、部屋から出て行った。

「ふん、お前の手の内はわかってるんだぞ、っと」

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