94.影の急所

 スワートとトレイは城下町を出て、ムーンウッドの森へ来ていた。2人は人の気配を探りながら奥へと歩を進める。

「しかし、変な頼み事をするよなぁ……世界の影の潜伏場所を探ってくれってさぁ……自分の兵隊にやらせればいいのに、何で俺らが?」スワートは口をへの字に曲げながら周囲の闇に気を配る。

「……でも珍しく、スワートにしてはすんなりオーケーしたけど、どういうつもりだったんすか?」トレイは興味ありげに問いかける。

「……あの人の故郷を、俺のオヤジが消し飛ばしたんだよな……なんか、申し訳なくてさ……つい」と、俯きながら口にする。

「ついでに言うなら、ローズさんの故郷も魔王に滅ぼされたって話っすよぉ?」

「アレは滅んだって言うより、色に染まったって感じじゃん? ラスティーさんの故郷は、闇の大爆発で消滅したんだぞ? 全然違う!」

「そーいうもんっすかねぇ~」と、トレイはやれやれと首を振りながらため息を吐き、視線の先の闇へ目を向ける。



「ラスティーさん! あの2人になんていう仕事を押し付けるんですか!!」エレンは顔を真っ赤に染めて怒鳴る。

「あの2人は優秀だ。特にトレイって坊主は、クラス4の水使いだ。ウチの仲間を行かせるよりも確実だろう」と、煙を吹きながら口にする。

「しかし! まだ子供でしょう?!」

「スワートは確かにまだガキだな。だが、トレイって方はもう大人だ。それに、あの2人は危険は覚悟で旅に出ているだろ。大丈夫だ」

「それでも、世界の影の潜伏場所を探らせると言うのは……」

「俺を信じろって! それより、ローズの容態はどうだ? 口先では元気そうだったが?」

「……両腕両足が粉砕し、内臓が数カ所破裂していたんです。死んでいなかった方が不思議です! それに本人が動くから上手く治療できないし……あと2日はかかります!」と、ローズのカルテを彼の前に叩き付ける。

 そんな彼女を見て、ラスティーは顔色を覗き込む。

「怒ってる?」

「怒ってますよ! あんな初対面の子供を危ない目に遭わせるような真似を……見損ないました! 世界の影は、そこら辺の野盗と違ってシャレにならないんですよ?!」

「だから大丈夫だってぇ」と、彼は彼女を宥める様に両肩を叩き、種明かしをする様に耳打ちをした。



 トレイは背後から近づく影に気が付き、片手に魔力を込める。更に周囲の水分に気を張らせ、いつでも水魔法を飛ばせるように構える。

「どうした?」彼の異変に気が付き、闇魔法の準備をするスワート。

「いる……あの気持ち悪い気配が3……仕掛けてくるのを待つか? いいや!」と、トレイはスワート目掛けて飛んで来る針を打ち飛ばし、吹き矢を咥えた黒ずくめの者を水刃で斬り飛ばす。

「どうやら森に入った時点でマークされていたみたいっすねぇ!」と、トレイは周囲に4本の水柱を展開し、スワートを守る様に動かす。その水柱に龍頭が出現し、気配の方へ向かってハイドロブラストを放つ。

 その水圧は周囲の木々をなぎ倒し、岩を砕き、刺客らを吹き飛ばす。

 しかし、闇の気配は続々と増え続け、彼らを取り囲む様にジワジワと輪を縮めた。

「くそ! こいつら何匹いるんすかぁ!?」と、地面から水鞭、水針を飛び出させて刺客たちへ襲わせる。

しかし、黒ずくめの者らはそれらをヒラリヒラリと避け、距離を縮めて行く。

「この! クソッタレぇ!!」スワートは両手から闇の波動砲を放ち、刺客らをけん制する。

「こいつは都合がいい……確保するぞ。もう一方も使えそうだな」遠巻きに見ていた黒ずくめが指示を出し、手で合図をすると、2人の背後から気配を消した者らが一気に襲い掛かった。



 ムーンウッドの森の更に奥には太陽光の指さない場所があり、ここで世界の影らが身を潜めていた。この仮設潜伏場には無駄なモノが一切なく、寝袋や鞄ひとつも置かれていなかった。ただ、彼らの情報を共有する場となっていた。

 その場へスワートとトレイが転がされる。

「こんなに簡単に手に入るとは、都合がいいな」男がフードを取りながら微笑を浮かべる。この者の髪の中にはムカデや蜘蛛が這いまわっていた。

「ドルーン。早速始めるか?」もうひとりが彼の名を呼び、スワートの身体を起こす。

「あぁ……」と、懐から小さなガラス瓶を取り出す。中には宿主の脳を支配する寄生虫が入っていた。

 彼は『蟲使い』であり、大地魔法と呪術を応用して蟲を意のままに操作する事が出来た。寄生虫で支配した人間をも人形の様に操り、自分の支配下に置く事が出来た。

 世界の影の兵隊たちの半分以上が彼の支配下にあり、彼は世界の影の軍団長の様な存在であった。

 彼がガラス瓶の蓋に手を掛けた瞬間、音も無く何かが飛来し、彼の手首が爆ぜ飛ぶ。ガラス瓶が地面に転がり、血飛沫が舞う。

「なんだ!?」狼狽し、傷口を押さえながら周囲を見回すドルーン。その間に、彼の部下である兵隊たちが次々と急所に矢を生やしながら倒れていく。瞬く間に数十の屍が出来上がり、残るはドルーンと数人の黒ずくめのみとなる。

「こんな芸当が出来るのは……」ひとりが目を鋭くさせ、奥歯を鳴らす。


「餌に喰いついたのは軍団長殿か。まずまずだな」


 セリフと共に彼らの正面に無音着地をするディメンズ。彼は愛用している大型ボウガンを担ぎ、火のついていない煙草を咥えていた。

「く……貴様が来ていると知っていればもっと警戒したが……」

「目の前の闇使いに興奮したか。普段の冷静沈着さが無いなぁ? ドルーン殿」と、我慢していた煙草に火を点け、自慢げに煙を吐く。

「勝ったつもりか貴様! 姿を見せたのが運の尽きだ!」と、ひとりが業を煮やして飛びかかる。

 ドルーンが止めようと声をかけた瞬間、その者の脳天に矢が突き刺さり、地面に倒れ伏す。ディメンズは前もって矢を風魔法で固定し、残った連中に矢先を向けていた。

「こいつ新人君?」ディメンズは呆れ顔を覗かせながら倒れ伏した者を見下ろす。

「ぐっ……」悔し気な表情で堪えながらドルーンは他の者に跪くように合図し、無抵抗の証拠に手を上げる。

「他の兵隊共は奥歯の毒で自決するが、お前はそうはいかないもんなぁ? お前が死んだら、兵力半減だ」

「……私を捕まえるのか?」

「そりゃもちろん。10年以上追っていた世界の影幹部をやっと手中に収めたんだ」と、懐からエレメンタルガンを取り出し、躊躇なく打ち込む。ドルーンや他の者はそれを喰らい、身体をピンと伸ばしたまま痙攣し、泡を吹いて気絶した。

「いい餌を手に入れたな、ラスティー」と、気絶したスワートとトレイの容態を確認し、口笛を吹いた。



 ドルーンが捕縛されたと言う報を受け取ったグロリアは怒りに身を震わせた。現在、彼女はグレイスタン城下町で情報収集をしていたが、顔を覆っていた布が黒く焦げ、周囲に稲光が落ちる程に激怒する。

「おのれ……おのれぇ!!」と、城下から飛び出し、個人的に潜伏場所に使っている洞窟まで奔る。

 戦力の要であったドルーンが捕ったことにより、戴冠式襲撃作戦は中止せざる負えなかった。

「この機を逃す訳には……」グロリアは拳から血を滴らせ、息を荒げる。

「このままブリザルドに主導権を握られるのも面白くない……」黒ずくめの者は持っていたケースを取り出し、彼女の目の前で開く。

 その中には赤紫色に流動した液体の入った小瓶が入っていた。

「コイツを使えば、ヤツをけん制できるだろう」

「……全員分あるのか?」グロリアは殺気立った血走る目を向ける。

「もちろんだ。総勢36名分。命は削るが、クラス4並の身体能力を手に入れる事が可能だ」

「……了解」グロリアは小瓶を懐に仕舞い、毒々しい笑みを浮かべた。

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