93.ミラVSブリザルド 1戦目
ミラ・ブルースターはククリス魔法学校を首席で卒業し、世界各地を武者修行した上で賢者候補に選ばれ、みごと賢者の座を勝ち取ったのであった。26歳の若さで賢者に選ばれた彼女は新ククリス王の前で忠誠を誓い、そのまま彼に付いてグレイスタンに来たのであった。
ブリザルドとは魔法学校以来であり、彼とは教師と生徒の関係にあった。彼の教える風の攻撃魔法は美しく強力であったがその分高度で、モノにする事はおろか、真似する事も困難であった。
そんな彼の授業に喰らいつき、優秀な成績を収めたのがミラであった。その後も彼女はブリザルド著作の書物や、他の風魔法学をモノにし、学長からも一目を置かれたのであった。
「何故魔王に降ったのか……その理由を教えて下さりますか?」
「あいつに降ったわけではない。私は自らの野望の為に、ヤツを利用しているだけに過ぎん!」ブリザルドは目を尖らせて言い放つ。
「どちらにしろ、貴方にはククリスまで来てもらいます」と、ミラは手の中に圧縮されたカマイタチの塊を作りだし、投げつける。
それは彼の眼前で爆裂し、視界を遮る程にカマイタチの突風が吹き荒れる。
が、ブリザルドが手を少し動かすだけでそれらは霧散する。
同時にミラは飛びかかり、高濃縮ウィンドブレードを腕に纏って振り抜く。
それに向かってカマイタチで作ったナイフで受け、軽く押し返すブリザルド。その影響で周囲に凄まじい衝撃波と突風が巻き起こり、周囲に木が大きく揺れ、草原が斬り裂かれ、土砂が舞い上がる。
「教えた筈だな? ただ魔力を練るのではなく、軽い魔力、技術力、適度な力を合わせるだけで良いと」と、嫌味たらしく笑う。
「それが簡単に出来れば苦労はないわね……」ミラは再び腕に風を纏い、襲い掛かった。
その戦いの衝撃はグレイスタン城まで伝わった。遠目からでも風の衝撃波や竜巻が撒き散らされ、城下町の窓ガラスを割り、軽い混乱を招いていた。
ムンバス王は直ちにボーマン騎士団長に兵を纏めさせ、城下の民を守る様に指示した。
「……この感じ、ブリザルドだな」ムンバス王は遠目で戦いの様子を観察しながら呟く。
「もう一方はウチのミラだな」いつの間にかククリス王が隣に立ち、腕を組む。
「戴冠式前に災害は御免なのだが……」表情に疲れを覗かせながら口にするムンバス王。この戦いは実際に天災級であり、青かった空が淀んで粗模様となり、雷が鳴り始めていいた。
「あの2人の戦いは、まだこんなモノではないだろう……」クリスは楽しそうに口にしながらほくそ笑む。
「他人事みたいに口にするのですね。世界王の貴方が」我慢できずに苛立ちを覗かせるムンバス王。
「そう怒るな。ブリザルドの目的はこんな戦いではない筈。いずれ、自分から手を引く」
「……ヤツの目的とは?」
「復讐とダーククリスタルだ」
玉座の間の外で待機していたラスティーが現れ、口にする。彼は既にディメンズから情報を受け取り、ブリザルドの目的を熟知していた。
「奴は2年前の復讐の為にここへ戻ってきた。が、それだけではなくダーククリスタルの回収、そして俺、ムンバス王、そして世界王を殺害し、一気に西大陸を制圧しようと企んでいる。世界の影を利用してな」
「私を殺すか……簡単に言ってくれるな」クリスは更に肩を揺らして笑う。
「戴冠式の時、それらが一気に集まる事を奴は知っている。それまでにダーククリスタルを回収し、力を増して一気にこの国を叩き潰す気だ。だが、ヤツの目的はそれだけではない」
「まだあるのか……」うんざりした様にムンバス王が疲れ顔を手で覆う。
「奴はククリスを引き換えに、『破壊の杖』を手に入れようとしている」
「破壊の杖って、神器のひとつと言われる?! 世界を7日間で真っ平にすると言われる?!」ムンバス王は更に驚き、今度は胸を押さえる。
「ククリスを引き換えにか……奴め、賢者たちを全員相手取るつもりとは恐れ入る」クリスは呆れた様に首を振りながら笑う。
「純正ダーククリスタルを手に入れれば、それだけの力を得られることを奴は知っている。その為に魔王からダーククリスタルを褒美として受け取った。だが、魔王の幹部連中がそれを簡単には許さなかった。その為に鍵をローズに預けたんだ」
「で、ダーククリスタルの場所は見つけたのか」突如、クリスの顔から笑みが失せ、真顔でラスティーの方を見る。
「……いえ、まだです。思いの他、ローズが頑固でして」と、適当に口にしながらクリスの目の奥を覗くラスティー。
「……あれはこの国や君では持て余すだろう? 見つけ次第、この私に引き渡すのが無難と考えた方がいい」
「考えておきます」と、ラスティーは目を伏せながら会釈する。
すると、クリスは深淵を覗くような目で彼の目を睨んだ。
「言っておくが、ダーククリスタルはククリスにでも叔父上に渡すでもない。この私に渡すのだ。いいな?」と、クリスは口にし、玉座の間から立ち去った。
「鼻息の荒い世界王だ……全く」と、双眼鏡を覗き込み天災が如き戦いを見る。
「……ダーククリスタルだの魔王だの世界の影だの……この国をなんだと思っているのだ! どいつもこいつも!!」ただ国と民の平穏を願うムンバス王は怒りをあらわにした。
「すまないな……この騒動は戴冠式前までには片付けるつもりだ。それまで、国民の安全は頼む」ラスティーは余所行きの仮面を外し、ムンバス王に深く礼を取った。
「……ラスティーさん達は精一杯やってくれています。感謝しても足りぬ程だ……しかし、あの世界王は……」と、やり切れぬ表情で拳を握りしめる。
「あの男には腹に黒い野望がありますからね……」ラスティーは何かを知っているかの様に口にし、外の激戦へと目を戻した。
ミラはブリザルドの圧縮竜巻砲を正面から受け、魔力と体力を盛大に削られていた。この技は1人の人間が正面から受けるには、あまりに強力過ぎた。が、彼女は指から出血する程度で抑え、竜巻をかき消す。
「最大の絶技……受けたわよ」と、得意げに笑う。
「その程度で私を超えたつもりか? まだまだこれからだぞ?」と、ふわりと浮き上がって更なる魔力を高める。
が、何かに気が付いたのか殺気を収めるブリザルド。
「今日はこれまでにしておこう。少々目立ち過ぎた」
「な! 簡単に逃がすと思うな!」
「お前もこれ以上、この国で騒ぎを起こしたくはないだろう? 安心しろ。時が来れば、私の方からククリスへ出向いてやる」と、言い残すとブリザルドは竜巻の中へ身を委ね、どこかへと消えて行ってしまう。
「ぐっ……ブリザルド……あと一歩……いや、二歩及ばずか」と、彼女は悔し気に奥歯を噛みしめた。
その頃、スワートとトレイは監視付きで客室に寝泊まりし、ランチをご馳走になっていた。
「で、俺らさぁ……戴冠式を見終わった後、どうしようか?」スワートはチキンソテーを齧りながら問う。
「スワートがどうしたいか、っすね?」
「……うぅん。もっと世界を旅したいかな……南大陸へ渡るのもいいかも」
「あそこは3つの国が争う激戦地って聞くっすよ? 戦争しに行く気っすかぁ?」
「そういう訳じゃないけど……でも、オヤジが滅ぼした大地を見たいと思ってさ……」スワートは少し表情を暗くさせながら口を結ぶ。
「その暗黒瘴気で潰れた国の事っすか? 確かラスティーって人の故郷だとか」スープを啜りながら口にするトレイ。
「実際に目で見たら、俺の中で何かが変わるんじゃないか、と思ってさ」
すると、ノックの音と共にラスティーが現れる。彼は軽い挨拶と共に入室し、彼らの座る席に座って煙草に火を付ける。
「ここの飯は美味いだろ?」
「何の用だ? 世間話じゃないだろう?」スワートは反射的に目を尖らせ、フォークを置く。
「まぁな。飯を食いながらでいいから聞いてくれ。少し、手伝ってくれないか?」
「手伝いってなんだよ……」訝し気な目を向ける2人。
「ふふふ~ん」ラスティーは意味ありげな表情で笑いながら煙を吐いた。
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