92.ローズの目的

 作戦会議の終わった日の夜、予定通り傭兵団キャンプの襲撃が始まる。ダニエルらは作戦通り手際よく進めていき、敵の殆どを抵抗する間もなく捕縛し、武器や情報を全て取り上げる。

 作戦は1時間以内に終了し、明け方の4時ごろにダニエルらは本部に戻り、収集した情報はレイに渡り、武具は全てワルベルトの手に渡った。

 それらに目を通し、納得した様に頷くレイ。

「どうだ? 何か有力な情報でも掴んだか?」エディも共に書類束を読み進めながら問う。

「あぁ。こいつらは間違いなく貴族共に雇われたって証拠。俺らを襲撃するって証拠。更に本部の見取り図まで出てきやがった。俺らの中に情報を漏らした奴がいるのか?」

「いいや、それはワルベルトさんがあえて漏らした情報だ。ワザと襲撃をけし掛けるように仕向け、邪魔者を排除させるようにな」と、レイは淡々と答える。

「あの狸オヤジ……いつか俺らも、そう言う風に利用される日がくるんじゃないか?」エディは深い溜息と共に口にしながら唸る。

「うちの指令に、そこまで隙はない」レイは自信を持って口にする。

「だな」エディは納得する様に頷く。

 実際にラスティーはワルベルトの事は全てを信じている訳ではなく、密かに彼の裏や過去を独自で調べ上げていた。

 それによると、ワルベルトは以前にエリック・ヴァンガードという男と共に旅をした仲間のひとりで、彼の為に武具や情報を提供しサポートしたとされていた。彼の亡き後、ナイアらと共に魔王討伐の為に暗躍し、世界各地で活動していた。

「エリックって男……あんた知ってるか?」エディはレイの顔を見ながら問う。

「……あぁ……俺らの故郷、ランペリア国を命がけで魔王から守ろうとした勇者だ。彼のお陰で、数万の国民が国外へ逃れ、俺らの命もこの通り。司令が真の勇者と仰ぐお方だ」

「たしか、覇王からも認められたとか? その覇王は魔王に倒され、その勇者も、魔王には勝てなかった、と」

「そんな魔王をどうやったら倒せるのか……ま、俺らはやれることをやるだけだ」と、レイは収集された情報を整理し、一冊のファイルに纏め上げ終わる。その頃には夜が明けていた。

「で、行くか?」エディは欠伸混じりに問いかける。

「あぁ。これさえあれば、貴族共を黙らせる事ができる。連中、傭兵団を利用してかなりあくどい事をやっていたからな」と、目を押さえながらレイは立ち上がった。

 この日、2人はグレーボン国中を駆け回り、次々と反対派貴族たちを締め上げた。



 時同じくしてグレイスタンの朝。ローズの目の前にラスティーが現れる。ベッドに寝そべる彼女の隣に座り、エレンの書き記したカルテを読む。

「かなりこっ酷くヤラレタ様子だな。どうだ? 調子は」

「……牢にいた時よりも警備が厳重だね……逃げる隙がないよ」彼女は鼻息を鳴らし、彼の目を睨む。

「もう泳がす必要が無いからな」

「で? 今度はあんたらがアタシを拷問するワケ?」

「そんな必要はないな」と、彼女の殺気を受け止めながら口にする。実際に、彼女の心中を読み取ったエレンから大体の事は聞いていた。

「じゃあ他に何か用なわけ?」

「あぁ。ダーククリスタルの件についてだ」

「やっぱりね……あんたも欲しいの?」呆れた様にため息を吐くローズ。

「いいや。お前はそれをどうしたいのか、と思ってな」

「……情報部からは回収する様には言われているわ」ローズは問われるままに答える。

「お前自身、どうしたいんだ?」

「それは言えないわ」ローズは彼から目を背ける。

「……なんでも、ダーククリスタルの力を吸収すれば己の属性に闇を宿す事が出来るとか……」と、己の得た情報の一部を口にする。

 彼の言う通り、純度の高いダーククリスタルにはそれだけの恐ろしい力が秘められていた。世界の影の目的がまさにこれであった。

「アタシをあんな連中と一緒にしないでくれる? そうそう、あんたの部下が盗った文章、返してくれる? あれがないとお目当てのダーククリスタルの在処がわからないのよ」

「……お前の目的を話してくれれば、協力してやらんでもない」

「……まず、あんたはダーククリスタルをどうしたいの? 欲しい欲しくない云々ではなく、策に利用するつもりなんでしょ?」と、隻眼に殺気を込める。

「簡単に言えば餌、かな。ま、お前も似た様なもんだが」

「やなヤツ……まぁいいわ。アタシの目的は……」

「目的は?」


「アリシアよ」


「な?!」意外な名前が飛び出し、狼狽するラスティー。エレンからローズの中にあるアリシアへの執着心の事は聞いていたが、このタイミングでこの名が出るのは予想していなかった。

「アタシはあいつを絶対に超えるつもりなの。では、どうすれば超えられるのか……単純に強くなればいいと考えたけど、数か月前に戦った時に出た答えは違った……今の答えは……逆境に自分を突き落とし、這い上がる……だからアタシは今のこの状況を利用して、襲い来る連中を片端から倒してやろうと気張った……んだけど、結局お前らのお節介に助けられてこのザマ……正直、もうどうすればいいのかわからないわ」と、ラスティーの懐から煙草ケースを素早く奪い、一本咥える。

「……病室で吸うなよ」

「いいじゃん別に」と、指先の雷光で着火する。が、近くで見ていたエレンが素早くそれを奪い取り、無言で仕事へ戻る。「ちぇっ」

「ダーククリスタルが目的ではなく、ダーククリスタルの在処を知る者としての立場を楽しんでいる、という事か」

「楽しんじゃいないけど……そう言う事かな?」


「……俺たちと共に来る気はないか?」


 ラスティーは真剣なまなざしでローズを見る。

「……やなこった。アタシは1度仲間を裏切った身だからね。2度も裏切れない……それに、黒勇隊……ゼルヴァルトさんには恩義があるし」と、迷いなき眼で見返す。

「そうか……」

「まぁ、アタシは魔王に忠義を尽くしている訳じゃないからね。でも、今回のダーククリスタル返還の任務はやり通すつもりよ。馬鹿共の手に渡るよりはいいし」

「まぁ、ゆっくり休んでいてくれ。警護は彼女が付くのでよろしく」と、部屋の外へ指を向ける。

 すると、キャメロンが意気揚々と現れる。

「よ! あたしが守ってあげるから大船に乗ったつもりでどうぞ!」

「お前! あの文章返せ!!」ローズは鼻息荒くベッドから飛び起きようとするが、まだ上手く動かないのか表情を顰める。

「どうします? ボスぅ?」

「まだだ」

「まだだってさ♪」と、キャメロンはにやけ面を向ける。

「この野郎! 約束と違うぞ!!」

「約束? したっけなぁ?」ラスティーは惚けた様に首を傾げながら病室を後にした。

「おいコラ! このペテン師がぁ!!」



 同時刻、グレイスタン城より20キロほど離れた丘の上にて、ブリザルドが城下を風魔法で探っていた。

「流石に城は封魔で探れないか……ローズはあの中だな」と、目を光らせる。

「やっと見つけた、ブリザルド」と、背後から女性の声が響く。

「……お前は、バルカニアのミラか……私の後任に選ばれたとか?」

「貴方に認知されているとは、光栄ね。貴方を魔王と共謀した罪でククリスへ連行させて貰うわ。大人しく着いて来るなら良し。ついてこないなら……」

「来ないならどうする気だ?」と、口にした瞬間、ブリザルドは無数の圧縮空気波で彼女を包み、一気に爆裂させた。

 が、彼女は涼しそうな顔で現れ、周囲に竜巻を展開し、大剣の様に振り下ろす。ブリザルドはそれを軽々と避け、距離をとる。

「なるほど、分かり易いな」ブリザルドはオールバックの髪を撫でつけながら笑う。

「ったく、最初の仕事にしてはヘヴィーね……」

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