88.お前の泣き言を聞かせてくれ
ラスティーとエレンはキーラたちの待つ宿舎へ到着する。彼女らは戴冠式当日のプランを練り上げ、今は武具の調整を行っていた。
そんな中で、ひとりの男が椅子に座り、堂々と酒を傾けながら煙草を吹かしていた。
「よ、さっき着いたところだ」その者はディメンズであった。彼は普段はワルベルトと行動を共にしていたが、現在は別行動をしていた。
「早かったですね。で、ナイアさんと例の場所へ行ったそうですが……?」
「ガルオニア城は研究所と共に消滅した。ま、あそこでは墓場で亡霊が研究していただけだったが……研究成果だけは連中に渡ったみたいだな」と、ため息の様に煙を吐く。
ディメンズは数か月前、ナイアと共にガルオニア国へ入っていた。城下町の方は彼女が単独潜入し、彼はそのバックアップを担当した。結果、彼の眼前で城が消し飛び、肝を冷やしたが、ナイアが無事な姿を見せ、胸を撫で下ろし目的を果たした。
「で? 俺は勝手に動いていいのか? 司令官」ディメンズは酒を一口啜りながら問う。
「えぇ。今回の戴冠式は、自由に動くモノが何人かいた方がいい。出来れば疾風団のジーンも連れてきたかったが、彼らには本部で働いて貰わなきゃな」
「それが懸命だ。俺は久々のグレイスタンだ、ブラブラさせて貰うぜ」と、手早く酒瓶を仕舞い、腰を上げる。「新ククリス王はどうだった? 会ったんだろ?」
「……光の一族とは思えないほど、腹に黒いモノを溜め込んでいるって印象だった……特にクリスは、魔王討伐以上の何かを企んでいるな……」
「あいつは父親よりも叔父であるシャルルの背中を見て育ったからな。陰謀家になるのも当然だ」吸殻を灰皿で揉み消す。
「今回、一番目を離すべきではない相手は、世界王だ。彼は俺がマークする。皆は、キーラの指示通りに動いてくれ」と、ラスティーはキーラの正面に立つ。
「お任せください、指令」と、真面目な眼差しを更に尖らせるキーラ。
「今夜、付き合ってくれるか?」ラスティーは小声で彼女の耳に囁く。
「?! っは……?」彼女は小首を傾げながら敬礼した。
その頃、キャメロンは城下町のカフェにスワートらと共に来ていた。適当なティーセットを注文しながら地図を広げる。赤ペンを取り出す。
「あの連中に攫われたのは確実だね。陰湿そうな組織だから、きっとまた陰湿な場所にでも隠れているんでしょう?」と、熱々の紅茶を、喉を鳴らして一気に飲み干す。
「別に探さなくてもいいんだけどな、俺は」スワートは腕を組みながら不貞腐れた様に鼻息を鳴らす。
「そう言うなって。一緒に数ヵ月旅をしてきた仲じゃないっすか」トレイは彼を窘める様に口にした。
「あぁ、数え切れないほど蹴られて殴られて……正直、俺にとってはいい機会なんだけどな」
「お前が悪態ばかり吐くからだろうに」
「取り合えず、あたしはあいつに用があるんだよ。目ぇ離すなって言われているもんでね。で、心当たりはない?」と、地図を彼らの方へ向ける。
「ねぇな」と、スワートは全く興味なさそうに即答する。
キャメロンはにこやかな表情のまま彼の頬を千切る勢いで抓り、引っ張る。
「あぃだだだだだだだだだだだだだ!!」
「そーいうとこだぞ! お前、そーいうとこだぞ、多分!!」キャメロンは抓りに捻りを加える。
「まぁまぁ、そのくらいで……俺っちはここら辺が怪しいかと」トレイは彼女を押さえながら地図を指さす。
その場所はローズがグレイスタンに潜伏していた頃に使っていた隠れ家周辺であった。入国した際、彼女はよくこの国で行っていた仕事を、酒を交えて彼らに語っていた。スワートは聞いていなかったが、トレイは性格柄、しっかりと耳を傾けていた。
「ふぅ~ん。確かに、怪しいけど……この城下に近くて誰も近寄らないここも怪しいんだよね」と、ジェソンタ炭鉱とは反対側にあるムーンウッドの森を指さす。彼女はラスティーからグレイスタン国内の事をよく予習する様に言われており、キャメロンなりに勉強していた。
「風魔法が使えれば探すのも簡単だけど、生憎あたしは炎でね。あんたは水で……あんたは?」と、頬の腫れあがったスワートに指を向ける。
「俺は闇だよ」不貞腐れた様に吐き捨てる。
「だろうね。根暗そうなガキだ。で? 何属性なの? 魔法も使えないボンクラ?」
「だから闇だって!」
「やみぃ? あっそう……ただの口うるさいガキかぁ……ローズも苦労するなぁ~」
「だぁかぁら闇! やみ! ヤミ!!」
「まぁまぁ、目立つからヤメてくれ」トレイはいきり立つスワートを押さえて宥めた。
ジェソンタ炭鉱内では、相変わらずローズは世界の闇の連中から、拷問とは呼べないただのリンチに晒されていた。両手足の指一本一本をハンマーで潰され、更には肘と膝まで砕かれていた。
「そろそろお前のうめき声も聞き飽きたな」冷酷な声を出しながら彼女の髪を掴み上げるグロリア。
「だったら、少しは休ませてよ……拷問の時に体力が無かったら、何も聞きだせないぞ?」かつて、彼女は一カ月にも及ぶ拷問を受けており、こういった激痛には慣れていた。
グロリアは面白くなさそうに彼女の顔面を床に何度も叩き付ける。
世界の影に入ったかつての友であるグロリアは、ローズにいくつかの恨みがあった。
その内のひとつが黒勇隊に入った事であった。当時の彼女にとって、この知らせはショッキングなものであった。魔王討伐を誓い合った筈の同志が魔王の手先になったのであり、大変失望した。
更に、当時は勇者の時代末期であったため、魔王軍の勇者たちに対する攻めは苛烈であり、グロリアは他の多くの仲間を黒勇隊の手で失った。
その後、彼女は世界の影を独力で見つけ出し、厳しい試練を耐え、組織に加わる事を選んだ。
この組織内で仲間意識はほぼ無く、ただ闇に徹し、上からの命令に従うだけであった。
グロリアにとってこの組織の為に戦う事が魔王討伐の早道となると考え、数々の汚れ仕事に身を投じた。
そんな中で再びローズの名を目にし、彼女が世界の闇のひとりを手にかけ、重要任務の邪魔をしたという報を目にし、彼女に対する憎しみを増大させた。
今の彼女は任務だろうと関係なくローズを、かつてのジェシーをこの手で殺す事を密かに決めていた。
「文章が届いたら、こんなもんじゃないよ?」と、間髪入れずに顔面に蹴りを入れる。
「ぐっ!」奥歯が砕けると同時に封魔の首輪が緩む。ローズは口内で何かを用意しながらほくそ笑んで見せる。
「何が可笑しいの?」地面に這いつくばるローズを見下しながら問う。
「昔のあんたは誰もが認める勇者だったけど、今は立派な小物の小悪党って感じだからさ……良く似合ってるよ、グロリア」と、はっきりと笑って見せる。
「終わったら、あんたの残った目玉をえぐり取って喰わせてやる……」
「そりゃ楽しみだ……っぺ!!」ローズは口内で鋭い雷を蓄え、砕けた奥歯に纏わせて吐き出した。それはグロリアの頬を掠め、背後にいたもうひとりの首に命中し、大動脈を抉る。
「なに?!」不意の出来事に狼狽し、吐血する仲間に治療を施す。が、一度切れた大動脈からの出血を瓶に入ったヒールウォーターで止める事は出来ず、そのまま血生臭いシャワーを撒き散らしながら事切れる。
「くくくっ……あんたはもっとゆっくり殺してやるから、楽しみにしてな……」ローズはしたり顔で笑い、地面に頭を預けた。
「こんのぉ……!!!」と、グロリアは両腕に雷を纏わせ、ローズを引っ張り起こし、怒りで固めた拳を振り被った。
その日の夜、ラスティーは城下にあるバーへキーラを呼んだ。彼女は私服姿で現れ、バーカウンター席に座る彼の隣に座る。
「指令、お呼びで」まだ固さの残る話し方で会釈する。
「久々の一対一だ。昔みたいに頼む」と、バーテンダーに慣れた様に注文し、煙草を咥え、火を灯す。
「時間の無い中、何故私と?」本来なら、ラスティーはムンバス王や世界王と夕食を共にするなり、話し合うなりする筈であった。そうでなくとも、忙しい身である事に変わりはなかった。
「何か悩んでいるんじゃないか、と思ってね」素早く用意されるグラスにグレイスタン産ウイスキーが注がれる。彼女の方にはレモンの飾られたカクテルが用意される。
「悩み事があればエレンさんに相談しますが……」
「幼馴染にしか話せない事があるんじゃないか? どうだ?」
2人はグラスを持ち、良い音を鳴らす。ラスティーは一気に呷ったが、彼女はそのままグラスの底を見つめた。
「私は……このままでいいのか?」
キーラは重そうに口にし、カクテルを一口飲み、息を吐く。
「それはどういう意味だ?」言葉の意味は知っていたが、あえて聞き返すラスティー。
「レイも、他の皆も最初の頃とは違い、成長している。特にレイは、昔の自分を捨てでも変わり、今では討魔団には無くてはならない……しかし、私は何も変わっていない。成長しているかどうかもわからない……」
「自分の成長って奴は、自分にはわからないものだ。俺だって、旅立った頃から何も変わっていないんじゃないか? と思い悩んだ事は何度もある」
「ラスティーから見て、私はどう?」
この問いに対してラスティーは煙草を数秒吸い、肺一杯の煙を吐いた。
「正直、一番成長していると思うぞ。グレーボンに移動し、戦いを繰り返し、本部を映し……皆、馴れない長旅で愚痴を零し、身体を壊し……だが、キーラは難なくやるべき事をこなしただろ? 軍を動かし、的確に命じ、訓練させ、手入れも行き届いている。なんだろう……一番向いているんだと思うぞ、軍団長に。だから、成長している気になれないんじゃないか?」
「そうなのか……?」キョトンとした目でラスティーの目に自分の顔を映す。
「あぁ。キーラは最初から成すべき事を成し、準備を済ませていたからな。それと比べて、レイは色々と余裕が無かったからな。あいつは今が成長期なんだよ。安心しろ」と、ラスティーは彼女の背中を優しく叩く。
その衝撃で彼女の目から涙が零れ、カクテルに落ちる。
「……そうなのか? 私は……」と、キーラは声を震わせる。
実際、彼女は周りの成長が目覚ましく、自分を比べて意気消沈していた。特に悔しいながら実力を認めていたキャメロンも更に技術を磨いてラスティーから信頼を受けていた。
それを悔しく思い、今回の動向にも複雑な気持ちでいた。
だが、ラスティーからしてみれば彼女も軍には無くてはならない存在であり、キャメロンやレイと同じかそれ以上に彼女を重宝していた。
「ま、それでも納得がいかないならエレンに相談してくれ。俺の泣き言に聞き飽きている所だろうから、喜ぶだろうぜ」
「そうか……いや、もう大丈夫!」と、残ったカクテルを一気に飲み干す。「ラスティーはどうなんだ? 幼馴染にしか出来ない悩み事はないか?」
「俺の泣き言を聞きたいのか……?」と、ラスティーは青いオーラを背に目の下を暗くして見せた。
「いや、やっぱりいい……」
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