87.回り回ったツケ

 グレイスタン国、アリオル地方、ジェソンタ炭鉱。ここはかつて、ローズが隠れ家のひとつとして使っていた場所であった。2年前の騒動の時、グレイスタン兵が入り、中にあったモノは根こそぎ接収し、現在はもぬけの殻となっていた。

 そんなガランとした場所は現在、世界の影の一時的な潜伏場所として使われていた。

「ぐあぅ!!」血達磨に成り果てたローズは腹部を蹴り上げられ、一瞬宙に浮く。世界の影の内の数人は彼女の両腕両脚の筋を切断し、封魔の首輪で魔力を封じた上で袋叩きにしていた。

 そこへ、グレイスタン城下町を観察していた雷使いの女性が現れる。それと同時にローズを殴りつけていた者達は手を止め、礼を取る様に直立する。

「そのくらいにしておきなさい。あとで情報を引き出す時に耐えられなくなるでしょう?」

「いいアドバイスだ……」ローズは力なくポツリと口にする。目は霞んで視界が回り、聴力も鈍っていた。

「ジェシー、久しぶりね」女性はしゃがみ、ローズの髪の毛を掴んで自分の視点まで持ち上げる。

「まさか……グロリア? 噂は本当だったの……」残念そうに漏らし、血唾を床に垂らす。

「そうよ。私は魔王討伐の為なら、なんでもやる……何にでもなるって言ったでしょ?」

 彼女はローズの幼馴染であり、雷術格闘を共に学び、魔王討伐を共に誓った、かつての同志であった。彼女は勇者の時代に魔王軍と交戦し、仲間たち共々潰されて一人生き残り、世界の影に身を落としたのであった。

「よりによって世界の影? あんたらしくもない……」苦笑すると、世界の影のひとりが彼女の脇腹を蹴り上げる。「ぐぶぉ!!」

「あんたこそよりによって黒勇隊なんかに入って……情けない」と、彼女の顔面を床へ叩き付け、地面に擦り付ける。

「ぐっ……あんたよりマシだ……」と、口にした瞬間、また袋叩きが始まる。ローズは何も抵抗も出来ずに蹴り転がされ、声も漏らす事が出来ずに痙攣を繰り返す。

グロリアが手を上げるとリンチが止まる。

「で、この文章とあんたの頭の中のカラクリを解けば、ダーククリスタルの在処がわかるのよね? 文章がひとつ欠けているけど、どこ? 誰かに渡した?」

「……さぁね? ただ言えるのは、全部集まらないと、あたしから情報はどう転んでも引きだせないよ? だから、全部集まるまで……休ませてくれるかな?」

 すると、今度はローブを纏った何者かが現れる。その者の背後にはローズを打ち負かした男が付いていた。

 フードを取ると、その者は有無を言わさずローズを風魔法でフワリと浮かせる。

「久しぶりだな、ローズ」その者とはブリザルドであった。

「……あんたか……」うんざりした様にため息と共に口にする。

「2年前の失態は水に流してやる。ダーククリスタルの場所を吐けばな……」

「だから、文章がひとつ足りないんだってば……あれが無いとアタシでもお手上げだって」

 彼女が回収した文章には呪術が少しずつ書き込まれ、それら全てがローズの脳内に書き込まれた封印を解く鍵となっていた。それら全てが揃わないと、隠されたダーククリスタルの場所は彼女自身でもわからなかった。このカラクリは魔王軍のウィルガルムからの指令であった。

「それなら心配するな。恐らくお前と共に行動していた女が持っているのだろう? 既に尾行がついている」

「あっそ……そう言えばあんたの後ろにいる男は?」と、興味ありげに彼の背後の男へ目を向ける。その者は彼女にとって懐かしい人物に酷似していた。

「こいつはお前をここまで連れて来た男だ。そして、世界の影の研究成果のひとつ」

「研究成果?」血生臭い息を吐きながら問うローズ。

「初代黒勇隊総隊長……そしてエリック・ヴァンガードの相棒のひとり、ジャレッドの分身だ」

「分身? 双子の兄弟ってこと?」目を疑う様に見開き、数十年前にともに仕事をしたジャレッドの事を思い出す。彼は強大な殺気を操り、圧倒的な暴力を自在に操る化け物であった。それと同時に優秀な総隊長でもあったが、最期は全国の勇者を集めて魔王に反乱し、ナイトメアソルジャーを相手に玉砕した筈であった。

「言っても解らないだろうが、こいつは世界の影が作り出した魔人のひとりだ。ジャレッドの持った才能と、世界中の優秀な殺人技術を学習させた殺し屋と言っていい」彼は東大陸のガルオニア国の研究所で生まれた者のひとりであった。

「あっそ……要するに滅茶苦茶強い人間を、造ったってワケだ」

「そう言う事だ。で、もうすぐここに最後の文章が到着するだろう。それまで体力を温存しておくんだな」と、ブリザルドは踵を返し、隠れ家から出て行った。

「……よかった、少し休ませてくれるんだね?」風魔法が解け、再び地面に転がるローズ。

 すると、そうはさせないと言わんばかりにグロリアが彼女の腕を踏みつける。

「……あら覚えてないの? 貴女は我々の仲間のひとりを拷問して殺したでしょう?」と、にこやかに口にする。

 確かにローズは1年近く前にククリスで捕まえた世界の影のひとりを拷問した。その時は上手く情報を得られず、結局隙を突かれて自決された。

「アタシは殺してないんだけど……」

「でも、貴女の手にかかったのは事実……大丈夫、命に別状はないから」と、指を鳴らす。

 すると、ひとりが大き目なスレッジハンマーを手に取り、ローズの手に狙いを定めて振り上げる。

「……必ずツケは回ってくるって事か……」と、ローズは堪忍した様に目を瞑る。この場所は2年ほど前にアリシアを数日にわたって拷問した場所でもあった。



 世界王は入城し、ひと段落するとすぐに腰を上げ、城内を見物して回った。内装や絵画などを眺め、感心する様に頷き、最後に王族専用の稽古場へと脚を踏み入れる。

ここは歴代グレイスタン王が汗を流して腕を磨いた由緒正しき稽古場であった。あらゆる甲冑や武具が飾られ、歯引きされた訓練用の剣が収められていた。

 クリスは慣れた手つきで剣を鞘から抜き、空を斬る。

 その時、丁度会議を終えたラスティーとエレンが通りかかる。

「やぁラスティー! どうかな? 私と一勝負!」と、剣先を得意げに向ける。

「時間がありません故、恐れ入りますが……」ラスティーは丁寧に頭を下げる。

「いいじゃないか? それに、私は君と会話をしたくてここに来たのだ。せめて一勝負の間だけ……」と、もう一本剣を取り出し、彼に投げ手渡す。

 ラスティーはそれを流れる様に受け取り、抜刀する。

「ラスティーさん、キーラさんが待ってますよ?」注意を促す様にエレンが小声を出す。

「5分だけだ」ラスティー自身もクリスには興味があり、どこかで時間を作って接触しようと考えており、どちらかと言えば好都合であった。

 彼は一足飛びでクリスの眼前に着地し、構える。

「ルールは……胴体のどこかを当たるまで……顔はナシだ」と、クリスは得意げに微笑む。

「いいでしょう」

 そこから2人は互いの様子を見る様に間合いの外側で円を書くような脚運びを見せる。隙を見つける度に切っ先をぶつけ合い、少しずつ間合いの内へ入り込んでいく。

「君の右脚……ウィルガルムとの戦いで負傷し、後遺症が残っているそうだね」クリスは切っ先を泳がせながら口にする。

「そこまで知っているとは恐れ入る」

「叔父上の情報網を利用して、色々と仕入れているのでね。そうそう、君の仲間のヴレイズ。氷帝ウルスラを打倒し、あの爆炎術士パトリックとも渡り合ったとか……」

「……っ……俺たちのファンか何かですか? あなたは?」ヴレイズの名を聞き、内心暖かくなる。この情報はここへ来る前に知らされ、エレンと共に涙しながら喜んだ。

「そうだ!」と、急にクリスは一気に踏み込んでラスティーの懐へ潜り込む。

「っ?!」

「その通り。私は君らの様な同志が欲しいのだ。どうだ? 私と組まないか? ナイアやワルベルトらの手の上で踊るのは飽きたんじゃないか?」と、鍔迫り合いながら軽やかに口にする。

「貴方も、シャルル・ポンドのお飾りにはなりたくない、と?」ラスティーもククリスの内情には詳しかった。実権の殆どは彼の叔父である光の議長、シャルル・ポンドが握っていた。

「そう、よくわかっているじゃないか。叔父上は私を神輿飾り程度にしか思っていないが……これでもお忍びでバルバロンへ入国し、3年間見てきたのだ……そして、叔父上のやり方では魔王は倒せないと悟った」

「らしいですね」クリスの行動力は彼の知るところであり、尊敬に値する程であった。

「叔父上はククリス国を未来永劫世界の中心であり続ける事しか考えていない。ナイアやワルベルトたちの事も自分の駒としか考えていないし、魔王討伐なんか二の次だ。叔父上は何も分かっていない。魔王を倒さねば、世界は平らかにはならない、と」クリスは剣に力を入れ、ラスティーを一歩二歩と退かせる。

「貴方の考えは?」

「まず、魔王を倒す。そうしなくては始まらない。その為に、君の力が必要なのだ。私と組んでくれ。そうすれば、魔王討伐の後、ランペリア国の再興に全面的に支援すると約束しよう」と、不敵な笑みを覗かせる。

「……なるほど」

「更に、世界会議の折には、この私の隣の席に座る権利も与える。どうだ?」

「そう上手く行きますか? 口で言うほど魔王討伐は簡単ではないし、シャルル殿を出し抜く真似をすればどうなることやら!」と、ラスティーは彼を押し返し、軽く胴を剣で撫でる。

「?!!」不意を突かれ、クリスは脇腹のかすり傷に手を置く。

「返答は考えさせて貰います。貴方の腹の奥がまだ見えませんので」と、ラスティーは剣を鞘に仕舞い、元の場所へ戻し、エレンの元へ戻る。「いこう」

「1分オーバーです」

「わかってる……」

 ラスティーらが去った後、クリスは自嘲気味に笑いながら部下に道具を片付けさせ、タオルで汗を拭う。

「話し合いは剣を交えながらが一番だ。互いの腹の内が実に見易い」クリスは呟くと、声を出して笑い、稽古場に響かせた。

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