86.牙を剥く影

 ローズが攫われてから5分後、拉致現場にキャメロンが到着する。彼女は僅かな手がかりを元にこの場所を上空から探し出し、この場に降り立つ。

 現場には小さな血だまりと髪の毛などが落ちていた。

「色から察するに内臓からの出血……この髪の色、長さ。あの女のモノに間違いないね。で……どこ行ったんだ?」と、周囲を見回す。

 この場には、これと言った手掛かりが無く、彼女は屋上から城下町を見下ろす。目下では未だにお祭り騒ぎが続いていた。

「この中でどうやって探すか……ちっ……このまま見失ったら、あたし無能じゃん」と、キャメロンは歯噛みしながら目を細め、人混みの中の違和感を探そうと集中する。

 すると、その中に地下牢に入れられたはずのスワートとトレイのコンビを見つける。2人は祭りの中で購入したチョコバナナを齧りながら無警戒に雑多の中を歩いていた。

 そんな2人の周囲には怪しげな雰囲気を臭わせた者が数人、尾行の輪を縮めていた。

「よさげな手がかり発見~!」



 トコロ変わってグレーボン国、討魔団本部。エディは指令室へと戻り、レイにリンから預かったヒールウォーターで調合した栄養ドリンクを渡す。

「お疲れさん」と、早速ドリンク剤を一気に飲み干す。

「おい、この情報ファイルは普段どこに置かれている?」レイは資料から目を離さないまま問う。

「え……っと……そこかな?」と、部屋奥本棚を適当に指さす。

「貴様! こういう物はな、順序正しく並べなければ、いざという時に探す手間が生じるではないか! いいか? グレーボン貴族連中のコネクション情報はここ! ここ数ヵ月に起きた事件資料はここ! 違法武器流通経路に関するモノはここ! 例え司令官室でも、いや司令官室だからこそ、資料の並びに気を配らねば!」と、レイは仕事を進めながら口にし、手早くドリンク剤を飲み下す。

「あんた変わったな……以前はただ机の前で踏ん反り返っていただけなのに……」感心する様に口にするエディ。

 バルジャスでラスティーの到着を待っていた頃のレイはまだ、司令官の振る舞い方を知らず、とりあえず各々の団は団長に任せ、自分はただ無い知恵を絞ってこれからの事だけを考えていた。

 が、ラスティーと共に行動し、自分の向き不向きに気づかされ、軍団の在り方や立ち振る舞いについて学び、己を変える為に勉学に勤しんだ。

 結果、現在のレイは当時の彼とは比べられない程の成長を遂げ、情報管理部長に収まっていた。司令、副指令と降格はしているものの、彼自身はこれが天職だと納得していた。

「変わる必要があったからな。あのままの俺だったら、今頃この団を追い出されていただろう」

「そうかもな」

「……そう言えばワルベルトさんが見えていたが……」レイは資料を置き、初めてエディの目を見る。

「あのオッサン、ウチの連中に武具や呪術薬品を渡して回ってやがる。胡散臭いおっさんだよ全く。もうじき始まる戦争に役立てる為、とかなんだろうが……あのオッサンはそこまで単純じゃない。多分、ラスティーがいない間に自分の顔を売って、自分で動かせるように手懐けたいんだろうな。その証拠に各地傭兵団が守備している村やグレーボン城下町のカジノにまで金を落としたり、武具を無償提供してやがる」

「……ワルベルトさんは一体何を……?」

「あのオッサンは昔からそうだ。武器と金で手間暇を省き、結果だけを根こそぎ持っていく。多分、ラスティーと意見が食い違った時、自分の道を進みやすくする為の保険作りってところかな? 近く始まる戦争で、このままグレーボンに勝たせるかどうか……ラスティーも何を考えるか……」エディは腕を組みながら机に腰掛け、難しそうに唸る。

「お前にわかるのか?」レイは資料を置き、前のめりで耳を傾ける。


「ラスティーやあんたにとって、この大陸での戦争は少し意味が違ってくるんじゃないか?」


 この言葉にレイは唾を飲み込んで黙り込む。

 この大陸の東側には闇の瘴気で包まれた亡国ランペリアがあった。これにより南大陸の面積は狭まり、他の国は少しでも領土を拡大する為に奪い合っていた。西側に位置するグレーボンはどちらかと言えば押される立場にある国であった。

 ラスティーらの目的は西大陸同様に各国に同盟を結ばせ、西と南で討魔同盟を結ばせる事にあった。

 が、西大陸の時よりもそれが困難であり、つけ入る隙が少なかった。

 更に、ラスティーは魔王討伐後の事を考えており、南大陸各国のパワーバランスにまで考えが及んでいた。将来的にこの大陸で自分の国を持つことまで考え、策を巡らせていた。

「ま、そんな遠くの未来まで考えていると、足元を掬われかねない。その為にワルベルトが足元を固めているんだろうぜ。なんでも、あいつぁ東大陸のどこかに自分の軍隊を持っているとか? あのおっさんの行動力は凄まじいな」

「お前、いつの間にそんな情報を?」

「俺は副指令だぜ? 自分の情報ルートぐらいは持ってる。ま、あんたのよりは安っぽいがね」

「だからワルベルトさんと指令はお前を副指令に選んだのだろうな……」内心、感心しながらレイはフッと笑い再び資料へと目を戻した。

「迷惑な話だ」

「それより、この村の財源情報はこのファイルじゃないぞ?」

「うぇ?」



「口ん中甘めぇ~!! 何か辛い物ないかなぁ?」舌を出しながらスワートは出店を見回す。砂糖漬けソルティーアップル、焼きそば甘辛炒め、拳骨カステラなど様々なジャンクフードが並び、彼はどれにも喰いついていた。

「ったく、太るっすよぉ? ……っと」トレイは先ほどから気付いていた気配の方へ高速で水手裏剣を投げ、その者の手首を斬り落す。その者は痛みの声すら上げずに傷口を押さえ、人混みの中へと消えていく。

「どうした?」激辛ホットドッグを手に首を傾げるスワート。

「刺客っすね。それも何人も人混みに紛れて……ただ者じゃない事は確かっす」

「ここで騒ぐのはマズいだろ……辛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

「ったく、緊張感の無い人っすねぇ……ま、無理もないけど」と、微笑ましそうにため息を吐く。

 スワートはこう言ったお祭りは人生初であり、何もかもが新鮮に目に移っていた。そんな彼をトレイは大人しく楽しませてやりたかった。

 それから刺客は次々に近づき、トレイはそれらを静かに片付けた。彼の扱う水魔法は鋭く素早く、刺客の手首や足首、胸を貫いた。傷ついた刺客は物も言わずに静かに引き、代わりの刺客が前へ出る。

「キリがないっすねぇ……一気に片付けるか」と、トレイはスワートの手を引き、城下町の中で人通りの少ない裏通りへと向かう。

 辿り着いた瞬間、トレイは周囲に4本の水触手を展開させる。スワートは口内の辛さを堪えながら手に闇を滲ませ、迎撃準備を済ませる。

 そんな彼らを手負いの刺客を含めた『世界の影』10数人が取り囲む。傷を負った者は即効性のヒールウォーターで癒し、万全の態勢になっていた。

「誘い込みには成功したな」

「さて、あとは簡単だ。さっさとやるぞ」

「スワート・ワーグダウナー。世界の影の為、共に来てもらうぞ」刺客たちは淡々と口にし、一斉に一歩前に出る。

「いやにきまってるだろぉ! うへぇ! 口ン中がいてぇ! 何か甘いもの!!」堪え切れずに情けない声を出すスワート。

「ったく、緊張感の無い。俺っちは容赦しないっすよぉ?」と、水触手を一振りさせる。すると、鋭い水弾が飛び散り、周囲の石壁や地面を抉る。「ん?」何か異変に気が付き、不気味な気配を覚えるトレイ。

「我らの眼術の前には攻撃魔法は無力」と、刺客たちは躊躇なくゆっくりと歩き始める。

「なんだ? 攻撃が当たらない?」スワートは闇の波動弾を放つが、どれも命中しなかった。

「ぐっ! 噂に聞く眼術使いか……!」と、トレイはアクアドラゴンヘッドを作りだし、前方を薙ぎ払おうと構える。

 しかし、ウォーターブレスは明後日の方向へと噴射する。

「くそ! 何故か引っ張られる!」と、歯痒そうに奥歯を噛みしめる。

「このガキは殺し、スワートは例の場所へ……」と、ひとりがトレイの眼前まで急接近し、鋭い手刀を構える。

 次の瞬間、彼らの後方で爆炎が飛び散り、刺客の数人が黒焦げで吹っ飛ぶ。

「?!」

「お待たせ」炎の翼を収めながらキャメロンがにやりと笑う。

「炎使いか……油断をするからだ馬鹿め」と、刺客のリーダー格は彼女の目を操ろうと集中する。

 キャメロンは得意げに笑い、炎と共に駆け出し、炎の礫を放つ。

 それはスワート達の攻撃と共に明後日の方向へと向かう筈であったが、なんと刺客の腹部へ深々と突き刺さる。

「な゛に゛ぃ!!」予想外の激熱に目を剥き、地面に転がる。

「眼術はククリスで経験済みだし、対策はセンセイからご教授賜ったからね。こんなもんよ」と、キャメロンは得意げに指先から立ち上る煙を吹き消す。

 彼女はこの数ヵ月、ウォルターから対眼術使い戦闘訓練を受けていた。これにより、眼術による惑わしや誘いを躱す術を身に着けていた。

「まずはこの女からやれ!」刺客たちはキャメロンへ集中したが、リーダーを失い統率が乱れてその隙を突かれ、次々にスワートとトレイの餌食となった。

「うっし、こんなもんか……で、質問」と、地面に転がるリーダーの頭をむんずと掴むキャメロン。「ローズはどこ? オタクらでしょ? 拉致ったの」

「……ふんっ」と、奥歯をガチリと鳴らした途端、刺客ら全員は泡を吹いて絶命した。

「こいつらみんなこんなんなの? 気味悪いわね」汚いモノを触った風に手を払い、キャメロンは立ち上がってスワート達の前に立つ。

「……例を言うよ。ラスティーの仲間だよね、あんた」トレイはフードを被り直しながら彼女の目を見る。

「そーいうあんたらはローズのツレだよね?」

「違う! あいつが俺らのツレだよ!」スワートは未だ残る口内の辛さに顔を歪めながら口にする。

「要するにベビーシッターね」

「ちげぇよ、ババァ!!」と、吠えた瞬間、スワートの顔面に彼女の拳が炸裂する。

「口の利き方に気を付けないと、お姉さん、本気でグーパンだぞぉ?」

「ローズさんと同じタイプっすかぁ……」トレイは重々しくため息を吐きながら、鼻血を噴くスワートに慣れた手つきでハンカチを差し出した。

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