85.帰ってきた突風
ラスティー達は急いでグレイスタン城へと戻り、クリスたちを迎える為に軍を展開する。世界王の出迎えは、自国の王の護衛よりも重要な任務であった。その為、ムンバス王も一緒になって騎士団に指示を与える。
ククリス王たちはグレイスタン城下町より2キロ離れた地点で、新風の賢者護衛の元待機していた。
無駄なき指示の元、討魔団と騎士団たちはスムーズに配置に付く。
ウィンガズ騎士団は表門から城下町出入り口までを一気に整備し、町民たちに向かって号令を発する。
ラスティー達は城下の外へと目を光らせ、ククリス王を出迎える準備を済ませる。
そしてムンバス王は表門の前で彼らの到着を待った。
ラスティーの合図と共にククリス王たちは厳かに全身を始め、ゆっくりとグレイスタン城へと向かった。
彼らに対し、グレイスタンの民は声援を上げなかった。と、いうより世界王の突然の来訪により動揺を隠すだけで精いっぱいであった。
「ふむ、半日でこれだけ出迎えの準備を済ませるとは、中々の国だ……」シンは神籠式馬車の上で足を組み、クスクスと笑う。
「……城下町に風の共鳴器が設置してあるな……警備の為か? いや、違うな」何か不穏なモノを察知し、風の賢者ミラは気配を感じた方へと顔を向ける。
「ミラ、何かあったのか?」いち早く気が付いたクリスは町民に笑顔を向けたまま渋い声を発する。
「どうやらこの戴冠式、貴方の時以上に何か影が渦巻いている様子ですね」
世界王の戴冠式の時も、影で様々な一派が蠢き、式の裏側で血生臭い戦いが繰り広げられた。その時は『反ポンド家勢力の旧家臣団』と『世界の影』が影で動き、それらを賢者たちとナイアの仲間(ワルベルトとディメンズ)が撃退した。
「それは羨ましい……結局、あの時は各国王との挨拶と、演説だけで終わってしまった……」
「今回はどうなる事か……あくまで私は貴方の護衛だが……見過ごせぬ気配と魔力を感じる」と、ミラは試しに遠隔で竜巻砲を気配の方角へと放つ。この技は派手であるが、五キロ以上離れた小高い丘へ放ったため、町民の殆どは気付きもしなかった。
その竜巻は彼女の魔力以上の風で防がれ、凄まじい衝撃波が放たれる。焦ったミラはすぐさま城下町外へ風の魔障壁を展開するが、それよりも先に衝撃波が何者かの手によってかき消される。
その者は丘の上で座禅を組み、城下町を探っていた男であった。
「なっ……この術者、私と同等かそれ以上……」ミラは冷や汗混じりに奥歯を噛みしめる。
「それはそれは楽しみだ」クリスは笑顔で手を振りながら口にする。
「これは他人事ではありませんよ?!」
「ほらほら、世界王だってさ! あんた見ないの?」キャメロンは最前列で世界王クリスの一団を見物しながらニタニタと笑っていた。
「あんた何なの? 観光に来たの? 仕事に来たの? どっち?」ローズは眉を更に吊り上げ、腰に手を当てて歯茎を剥きだす。
「ボスの命令は『あんたから目を離すな』って。で、コイツを持っていればあんたはあたしから離れられない。でしょ?」と、隠し部屋で見つけた文章をひらひらさせる。
「……だったらアタシにも考えがあるよ。ここであんたを撒いて、あとで闇討ちしてそれを奪う!」と、ローズは不穏な笑みと共に人混みの中へと紛れて気配をかき消した。
「あ、あの女考えやがったな!!」虚を突かれたキャメロンは焦り顔でローズの後を追ったが、既に彼女は影も形もなくなっていた。「ちっ……探すのは苦手なんだよなぁ……」
ローズは建物を猿の様に登り、あっという間に屋上まで辿り着き、世界王の一団へと目を向ける。
「やっぱり来たか……てぇことは、このチャンスを逃すあいつらじゃないよなぁ……」と、胸の下で腕を組み、城下を見下ろす。彼女の丁度下ではキャメロンが右往左往していた。
「やっとひとりになったか、ジェシー」
彼女の背後で何者かの声が吐息と共に項を撫でる。ローズは冷たい手で心臓を掴まれた気分になり、すぐさま振り向く。が、そこには誰もいなかった。
「ぐ、もう来たか!!」ローズは一瞬で全身に雷光を纏い、構える。
「例の文章を取って来てくれたのだろう? お前の頭の中にある情報と共に頂きたい」背後の者は町民に化けた世界の影のひとりであった。
「冗談でしょ? これは……アタシの好きに使わせて貰う!」気配の方へ必殺の拳を見舞うが、そこには誰もいなかった。
「お前が以前相手にしたのは、ただの眼術使い。だが、俺はそれに加え『死角歩法』『気配操作』『剛柔呼吸』『殺気術』を体得している。お前如きでは触れる事すら出来ない」と、男は絶対の自信に満ち溢れた声を耳元に噴きかける。
「気持ち悪いんだよ!!」ローズは耳を貸さず、声の方へ雷速の裏拳を放つが、空を裂くばかりで手応えは無かった。
「……自分では賢く振る舞っているつもりであろう……だが、お前はただ本能的に動いている。そこらの動物と同レベルだ。さ、一緒に来てもらうぞ」と、男はゆっくりと拳を引き、ローズの視界の外側から一瞬で項、水月、腰、肝臓、心臓を穿つ。
「グパッ!!」魔力による筋肉増強も通じず、衝撃がダイレクトに伝わり、吐血と共に思考と視界が真っ白に染まる。魔力と膝が抜け、頭から地面に倒れ伏し、血だまりが広がる。
「回収する」男はローズを抱え上げ、素早く屋上から屋上へと移動し、あっという間にグレイスタン城下町から姿を消した。
「で、どこ行ったんだ? あのババァ」地下牢から抜けたスワートは露店で買った焼きそばを立ち食いしながら周囲を見回す。
「そんな事を言って……どこから蹴りが飛んできても知らないっすよぉ?」トレイは世界王が入城していく所を見届け、周囲を確認する。
「それより、一国の戴冠式に何で世界王が? 近いからか?」
「いや、それだけじゃないな……ローズさんが動いて、世界王が来て、更にあのラスティーが来ている……何かあるな」トレイは腕を組んで唸る。
「俺たちはただ戴冠式を見たくて来ただけなんだけどな~」スワートは楊枝を咥えながら口にし、周囲を見回す。
「で? どうする? 俺っち達はどう動く?」
「もちろん、首を突っ込むぞ! 面白くなりそうだな!」スワートは無邪気に笑いながら手をすり合わせた。
そんな彼らの周囲には町民に化けた世界の影が数人待機しており、少しずつ囲みを縮めていた。
「で、ラスティーさん。聞きたい事があるのですが?」部屋へ戻ったエレンがラスティーのおしぼりを用意しながら問いかける。
「なんだ?」次の会議の準備を進め、彼女からおしぼりを受け取って顔に乗せ、疲れを吐き出す用に唸る。
「この戴冠式の裏に、どれだけのモノが隠れているのですか? 貴方の口から直接聞きたいのですが?」と、エレンは我慢できずについ口に出してしまう。実際は聞いている暇も体力も無いのだが、聞かなければ収まらず、連携も取りにくいので彼女は敢えて聞いた。
「……簡単に言おう」と、ラスティーは部屋内の会話を盗み聞きされない様に風魔法で攪乱させる。
この戴冠式の裏では魔王軍、世界の影、ククリス、そしてとある人物の陰謀が渦巻いていた。
まず、この城にはブリザルドの置き土産ともいえる数々の文章が隠されていた。そこには世界の影とやり取りした手紙の他に、とある貴重な物の隠し場所が書き記されていた。
彼はシンにそれを探す様に進言したが、それは出てこなかった。その為、彼は敢えてローズを泳がせてそれを探させる事にしたのであった。
その文章は世界の影が狙っており、連中はその貴重品を欲していた。
「で、その貴重品とは?」
「ダーククリスタルの結晶だ」
ブリザルドはこの国で過去に数々の手柄を上げ、魔王から信頼の証としてそれを受け取り、大事に保管していた。そのクリスタルを上手く利用すれば、少なくともこの西大陸のパワーバランスを覆す事も、また賢者たちの寝首を掻く事すら可能であった。
ローズの目的はそのクリスタルの回収であった。世界の影はそれを横取りし、更に戴冠式にてシン・ムンバス並びにクリス・ポンドを殺害し、一気に魔王と並ぶつもりであった。
「連中も相当焦っているからな……普段の連中とは考えられない程の強硬手段だな」と、ラスティーは落ち着きながら口にする。
「で……あのククリス王は一体?」と、エレンは念の為に小声で問う。
「彼の、いやククリスの目的も恐らくダーククリスタルだ……ククリスの闇魔法研究は数千年前からストップしているからな。是非とも欲しいトコロだろう」
「でも、世界王自ら来るなんて……」
「クリス・ポンドは好奇心旺盛かつ行動的だからな。あえて自分で動いたんだろう。自分が動く事で、世界の影が鼻息を荒くする事も読んでいただろうしな」
「……で、もうひとり絡んでいるそうですが、そのお方は?」
「あぁ……そいつぁ……」
「ブリザルド。ジェシーを捕えたぞ」雷魔法を身に纏った女性が黒フードの背後から近づく。
その男がフードを取ると、オールバックの頭と嫌味たらしい顔が覗いた。その男は元風の賢者、ブリザルド・ミッドテールであった。
「そうか。例の場所へ運び込め。元あの女の仕事場だ。あそこはグレイスタン兵が粗方探った跡だが、それ故に無警戒な場所だ」
「もう運び込んでいる。しかし、何故あの女にダーククリスタルを握らせた?」
「それがロキシー(闇の軍団長)の出した条件だからだ。連中は最後まで私の事は信用していなかった。と言っても、今考えれば魔王からしたらどうでも良かったのだろう。警戒していたのは、その取り撒きだけだった」と、屈辱を噛みしめる様に拳を握る。
「ひとつ悪い知らせだ。文章が一枚欠けていた。あれが欠けていると……」
「なんだと? あの女が一枚取り逃すか? まぁいい。吐かせるまでだ」
「ブブブブブブブリザルドぉ?! 何故あいつがここに?!」2年前の記憶が蘇り、鼻水を垂らすエレン。
「あいつは最初から世界の影と組んでいた。いや、利用しているだけかもな。とにかく、ブリザルドがどう動くか……あいつの事だ、絶対にタダでは済まない筈だ」と、おしぼりを顔に乗せたまま淡々と口にする。
「よく平静でいられますね……」
「なぁに、俺もただでやられるつもりはないさ」と、ラスティーは楽しそうにほくそ笑んだ。
「2年前よりも余裕がある様子で、何よりです……」
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