84.動く影と闇

 翌朝、ムンバス王率いるラスティー一団が国境沿いへ到着する。

「向こうよりも早く到着したな」シン・ムンバスは安堵した様にため息を吐き、疲れ顔に気合を入れる様に頬を叩く。

「で、どの様に出迎えればよろしいのか……相手はあの世界王ですよね?」エレンは少し緊張した様に冷や汗を垂らす。

「落ち着いて礼儀を失することなく対応すればいい」レスティーはネクタイを締め直し、上着のボタンを止め、皺を伸ばす。背後で構える兵たちに目をやると、皆、緊張しているのか身体のどこかしらが震えていた。「まぁ、無理もないか……」

 彼らが到着してから1時間程すると、ひとり何者かが身体に風を纏いながら飛来する。その者は探検家の様なラフな格好をした女性であった。

「貴方達が迎えの者?」

「……貴女は新たな風の賢者、ミラ・ブルースター様ですね?」シンは落ち着き払った態度で会釈する。

「ムンバス王から様付けで呼ばれると、こちらこそ畏まってしまいますね。先代の風の賢者が行った愚行、謹んでお詫びいたします」と、纏った風を解き、ミラは深々とお辞儀する。

「いえ、貴方のせいでは……と、その前にククリス王様はどこに?」と、彼女の背後へ目を細める。彼女の背後には誰もいなかった。

「危険が無いかどうか確かめるのが私の役目です。貴方の護衛が牙を剥かないかどうか……ま、敵意は無さそうですが」と、ラスティー達に一瞥をくれる。

「護衛ですから武装はしていますよ」

「……まぁ、その程度の武装、技量なら問題ありませんね」と、ラスティー達を値踏みするように鼻で笑う。

「流石、風の賢者さまですね……ですが、甘く見ない方がいいですよ?」と、癪に障ったエレンが彼女を睨み、それをラスティーが押さえる。

「で、ククリス王はいつここへ?」

「もう来られております」と、指を鳴らす。

 すると、彼女の背後に突如竜巻が現れ、回転が徐々に遅くなり、人影がぼんやりと現れる。

「この技は一体?」見た事が無いのか、エレンは狼狽して一歩下がる。

「高濃度の風魔法で光を屈折させ、透明に映していたのか……凄い技術だな」ラスティーは感心した様に口笛を吹く。

「この程度の手品を見破れないとは、討魔団もたかが知れていますね」

「まだまだ学ぶべき事が多くてね」ラスティーは自嘲気味に笑う。

「で? 自己紹介していいかな?」クリスは馬から颯爽と降り、腕を組む。

「これは申し訳ありません」と、ミラはお辞儀しながら下がる。

「ゴホンっ! 私がククリス王のクリス・ポンドだ。ムンバス王とは私の戴冠式に来てくれて以来か? あの時は互いに建前で塗り固めた上っ面同士でのやり取りしか出来なかったが、今回は腹を割って話したいと思っている」と、一歩前へ出てシンの鼻先まで近づく。

「望むところです」爽やかな笑顔で答えるムンバス王。

「で……君かな? 噂のラスティー・シャークアイズは」クリスは彼に顔を向け、ニタリと笑う。

「俺の名をご存知とは光栄です」と、会釈する。

「ご存知も何も、先の西大陸大戦と会議を裏から操っていた張本人だとか……一度会って話したいと思っていたのだ。今日は3人で語り明かそうじゃないか」と、両手を広げて笑顔を見せる。

「あの……その様な時間は……」と、彼の後ろで待機していた大臣が耳打ちをする。

「む……そうか。まぁ、隙あらば語りに来るぞ! それに城までの長い道のりの途上話すのも……」と、クリスは口にするが、大臣は不機嫌顔で首を振る。「ったく、面白くないヤツだな」

「皆、忙しい身ですから……早速、行きましょう」シン・ムンバスは疲れ顔を誤魔化す様に首を振りながら促した。



 その頃、城内地下牢では、スワートが手錠をガチャガチャ鳴らしながら不機嫌な声を漏らしていた。

「ったく……何が『あとで教えてやる』だ! とっとと起きやがれってんだ!」と、トレイのいる牢へと小石を投げる。ひとつが彼の額へ命中し、眉を顰めながら目を開ける。

「ん……? おぅ、おはよう。あぁ~よく寝た! こんなにぐっすり寝たのは久々じゃないかな?」トレイは目を擦りながら大あくびをし、背中を掻く。

「で? なんなんだ? 頭を冷やせば何を教えてくれるってんだ?!」

「冷えてないじゃないかよ……」呆れた様にため息を吐きながら耳の穴を掻く。

「だから教えろって!! お前もここから出たいだろうが!?」

「野宿よりましだから別にぃ……」と、横目で見ると鬼の形相をしたスワートが目に入る。

「冗談じゃねぇぞ!!」

「はいはいわかったっすよぉ!! お前は闇属性使いだろ? 闇に封魔は効かないんだよ! よっぽど強力でない限りな!」と、勉強不足の同級生を窘める様な口調をしてみせる。

「……そうなのか?」と、自分の手の平を眺めるスワート。

「ったく……お前は勉強するよりも本能的に動くタイプだからなぁ……でも、少しは」と、言ってる間にスワートが闇の中から現れる。

「本当だ! 封魔の錠なんてかけられた事がないからわからなかったぜ!」と、ドヤ顔を見せながらトレイの錠を闇魔法で浸食し、あっという間に開錠する。

「……ったく、調子のいいヤツ……で? ここを出てどうするんだ?」

「ローズを追うんだよ! あいつひとりで何か面白い事をやるに決まっている!!」と、鼻息を荒くさせるスワート。

「だと思ったっすよ」



 朝飯時になると、ローズとキャメロンの2人はお祭りムードで賑わう城下町を歩き、食堂へと入った。

 2人は殺気を押し隠しながら席に向かい合って座り、適当な朝食セットを注文する。

「……」不機嫌な顔でコーヒーを啜るローズ。

「……」したり顔で腕を組むキャメロン。

 そんな彼女が気にくわないのか、ローズは徐々に殺気を纏わせ、髪を逆立てる。

 2人の不穏な気配に町人たちは気付いたのか、注目し始める。ウェイターも近づくにも近づけず、脚を震わせる。

「ほら、殺気を収めなよ。近づけないじゃん」キャメロンは今にも泣き出しそうなウェイターへ指を向ける。

「じゃあ、あんたが持っている手紙を寄越しなよ」ローズは目を刃物の様に鋭くさせる。

 それに対してキャメロンは勝ち誇る様に喉を鳴らしてコーヒーを飲み下し、カップを置く。

「だったら奪ってみろって」喧嘩を売る様に憎たらしい顔と歯を見せる。

「……くっの」と、拳に稲光をのたくらせて震わせる。

 いつもの彼女なら有無を言わさず相手の顔面を殴り砕いたが、今はとある理由があり、目立つことはできなかった。

 と、言うより今は立場が逆転し、ローズがキャメロンの後を追う形となっていた。

 彼女の内心を読み取り、キャメロンは奪った文章をヒラヒラさせながら町中を歩き回った。

「とりあえず、大人しく朝食を食べようじゃない? 美味そうだしさ」と、ウェイターが盆に乗せた湯気匂い立つスープの匂いを嗅いで唸る。

「……覚えてろよ……」と、ローズは卓上のパンを手に取り、座った目のまま口へ運ぶ。

「おぉ~怖い」



 真夜中に不穏な気配を放っていた黒衣の集団『世界の影』は、町民に溶け込める様な服装に化け、ひとりひとりが何食わぬ顔で入って行く。彼らは皆、どこかしらの建物へと入り込み、何か装置を素早く取り付けて出て行く。

 そんな彼らの司令塔となる者は城下町の外側の小高い丘で座禅を組んでいた。彼らが取り付けた物は風の増幅装置であり、これによって風で城下町全体を手に取る様に調査する事が可能となった。

「さて、何処にいるのかな? ジェシー」と、ローズの昔の名を知るその者は、食堂に彼女の気配を感じ取りにんまりと笑う。

「見つけたの?」背後から何者かの声が響く。

「あぁ……呑気に朝飯を食べているよ……」

「例の物は?」その者はブロンドの長髪を靡かせた女性であった。ローズ同様、身体全体に稲光が漲っていた。

「所持している……が、一番肝心な物は正面に座る女が持っているな……」

「あらあら、どういう関係かしら? あの娘は仕事の時は単独行動が目立つのに」と、彼女の事を知り尽くしているような口ぶりをして見せる。

「さぁてね……で? どの段階で襲う?」

「……その相手の娘は?」

「どうやら、ジェシーと互角の炎使いだ……だが、ムードは険悪。味方ではなさそうだ」

「だが、敵の敵は味方というからな……共闘されたら厄介だ。ジェシーが単独行動に移ったら、捕縛するぞ」そう言い終わると、彼女は雷光を残して天高く跳躍し、稲妻が炸裂すると同時に姿を消した。


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