81.渦巻く戴冠式

 シン・ムンバスとの挨拶を終え、ラスティーとエレンはキーラたちと合流し、戴冠式の警備について話し合う。大聖堂には数百の貴族と近衛兵、そこへと続く道には予想されるだけで数万の国民が押し寄せる予定だった。その全てを把握し、邪魔する者や刺客を見つけ出すのは至難の業であった。

「ウチが連れてきた風使いは10人……グレイスタン側は集めに集めて100人ちょっと……彼らには屋上などに配置し、異変があれば逐一報告、と」ラスティーは大聖堂周辺の見取り図に次々にペンで丸を付けていき、的確に指示をしていく。

「この数ヵ月間、怪しい入国者は片っ端から取り押さえている。この戴冠式を邪魔しようと言う輩は、今の所いない」ウィンガズは自信たっぷりに腕を組む。

「グレーボンと違って反乱勢力もいないし、トラブルさえなければ……」と、キーラは安堵のため息を吐く。彼女の言う通り、グレーボンでは未だに反乱軍と正規軍の小競り合いが起きていた。その度にキーラの軍が出張っていた。

 するとそこへ、大臣のケーブが慌てた顔で現れる。彼はシンが王の座に就く以前は地方の砦に飛ばされていた、ラオ・ムンバス時代の家臣であった。

「えらいこっちゃあ! えらいこっちゃあ! えらいこっちゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」何を話せばいいのか分からずに混乱しながら現れ、作戦会議室内を練り歩く。

「どうしたケーブ大臣! 落ち着き給え!!」と、ウィンガズが彼の両肩を掴んで揺さぶる。が、大臣は騒ぐのを止めずに汗を垂らしながら震える。彼もこの数か月間働き詰めで、精神に余裕が無かった。

 その様子に見かねて、エレンが軽く精神安定魔法のヒールミストを撒く。

 すると、大臣の焦り顔が和らぎ、落ち着きを取り戻す。

「ふぅ……申し訳ない。しかし、急にこんな話!」

「一体どうしたんだ!」業を煮やしウィンガズが怒鳴る。


「世界王のクリス・ポンドも戴冠式に来るそうなんです!!」


「「「「「なんだってぇ!!!!」」」」」会議室にいる者全員が声を揃えて仰天する。

 クリス・ポンドとは世界の中心、聖地ククリスに君臨する王であった。彼は若く、自身に満ち溢れており、どこかミステリアスな雰囲気があった。好奇心が強く、行動的であり、先代のバーロン・ポンドとは正反対の王であった。

「何で急に?! 下手したら我が君よりも手厚い警備が必要ではないか!!」と、我を忘れてウィンガズが卓を叩く。

「手紙にはそれは無用。新しく就任した風の賢者と少なからずの護衛を連れてくる。お構いなく。と、書かれていましたが……あぁ! どうすれば良いのやら!!」と、また騒ぎ始める大臣。

「新しい風の賢者……確か、バルカニアから選ばれたらしいな」と、ラスティーが冷静に口にする。

 風の賢者ブリザルドの後任は『ミラ・ブルースター』というバルカニア出身のモノであった。ククリス魔法学院を首席で卒業し、賢者候補筆頭であり、試練も周りの候補に圧倒的な差を付けて選ばれた天才であると世間には伝わっていた。

 が、実際はククリスとバルカニアが西大陸会議の裏側で取引した結果であった。

「で、どうなさるのですか?」ラスティーの隣でエレンが小首を傾げる。

「到着は明日になると……とりあえず、ボーマン殿に出迎えて貰いましょう」と、大臣が深呼吸をしながら口にする。

「しかし彼は、城下町での警備責任者で、それどころでは……」と、警備全体を把握するウィンガズが唸る。彼が知る限り、手の空いている者はいなかった。


「私が行こう」


 と、会議室にバグジーくんこと、シン・ムンバスが現れる。

「いやいやいやいや! 貴方が一番行っては……」と、大臣が彼をたしなめる様に口にする。

「いや、世界王に対して、王が直接出迎えるのが一番だと思う」と、ラスティーが頷く。

「しかしそうなると、今度は王を警護する者を付けなくては!」

「それは俺らの軍に任せてくれ」ラスティーはシンに向かって頼もしい笑顔を見せる。

「それなら安心して任せよう。しかし、ひとつだけ言わせてくれ」ウィンガズが指を立て、王に向かって顔を向ける。

「なんだ?」ムンバス王は馴れた様に被り物の顔を向ける。

「その恰好で出向くのだけはやめてください!!」

「……わかっている」



 その頃、城の裏手では雷と火炎の殴り合いが繰り広げられていた。キャメロンは上空から踵落としを見まい、ローズはそれを片手で防ぎ、肘打ちで迎撃する。攻撃が直撃する度に炎と雷が周囲に飛び散る。

「何でこうなるんだ?」トレイが呆れた様にため息を吐きながらその場に座り込む。

「ったく、ローズの喧嘩早さもそうだが、あいつは何なんだ?」と、キャメロンを見るスワート。

 因みに事の発端は『戴冠式まで散々またされ、暇だからこっそり城内を見物したい』というスワートの我儘から始まった。トレイはそれを窘めたが、ローズが『城内の案内ならできるよ?』と拍車をかけ、侵入するに至った。

 彼らに下心は無く、純粋にこっそりと城内を見物したいという目的からの侵入であった。

「やるねぇ……この眼帯女!!」頬を抉られ、血の唾を吐き出すキャメロン。

「この実力。結構、修羅場を潜ってきたみたいね」ローズは両手の火傷に息を吹きかけ、不敵に笑う。

「ちょっと! 俺達を放っておかないでくれるかな?」我慢できず、腰を上げて文句を口にするスワート。


「あ?」


 額に血管を浮き上がらせ、ローズが彼を睨み付ける。

「なんでもないです……」旅の途上で何度も痛い目に遭わされた彼は、肝を冷やしながら再び腰を下ろす。

「しかし……この戴冠式、裏で何が起こるんだろうなぁ……」トレイがぼんやりと口にする。

 この国にいる間、観光の裏側でローズは情報収集を行い、不明な点をいくつも見つけて唸っていた。『世界の影の暗躍』『世界王の突然の参加表明』『ラスティー率いる討魔団が警備の中心を担う』などを耳にして首を捻っていた。それらが理由でローズは城内へ侵入に手を貸した、とトレイは睨んでいた。

 しばらくすると城内の警備が数十人束になって現れる。

「貴様ら! 一体何をしている!!」

「邪魔しないでよ! こいつらはあたしの獲物なんだから!!」キャメロンは殺気を撒き散らしながら答える。

「貴様もだ! 城の裏庭を真っ黒に焦がしおって! とりあえず皆、牢にぶちこめ!!」と、警備のひとりが銃のようなモノを取り出し、トリガーを引く。すると、凄まじい衝撃波が放たれ、4人の脳を問答無用で揺さぶる。皆、鼻血を出して壁に叩き付けられ、そのまま気絶する。

「ったく、なんて暴れっぷりだ……」と、4人に手錠をかけ、地下牢へと運んだ。



 同時刻、グレイスタン国内のとある森で、黒ずくめの一団が小声で何かを話し合っていた。

「ブリザルドは失敗したが、まだこの大陸を支配する計画は立ち消えてはいない……」

「未だに我々は闇を手にしてはいないが……都合が良い事に、スワートが入国し、既に首都に入ったとの情報もある。更に都合の良い事に、魔王の影響下から外れたと聞く。今度こそヤツを我々の傀儡とし、闇を手に入れるぞ」

「更に、世界王のクリス・ポンドが入国するとの情報もある。つまり、今回の戴冠式はただのグレイスタンの戴冠式ではない……我々が世界を裏から牛耳る切っ掛けとなる、我々にとっての戴冠式となるのだ!」黒ずくめの者達は静かに笑う。

「全ては、世界の影の為に!!」占める様に全員が声を揃え、森の闇の中へと溶けていった。

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