80.働き過ぎな者達

「司令官代理、ちょっといいか」指令室へ、情報管理責任者に就いたレイが現れる。彼はラスティーにならいスーツを着用していた。辞書の様に分厚いファイルを持参し、彼のデスクの前に立つ。

「なんですかぁ……」顔色を青くしたエディは虚ろな目で彼を見上げた。

「西サロメル地方で山賊に怪しい動きがあるらしい。ローレンスの隊を向かわせたいとダニエル隊長が言ってるんだが、耳に入っているか?」

「……なぁ、盗賊と山賊、強盗の違いってなんだろうな?」ぼんやりとした顔で口にし、薄ら笑いを浮かべるエディ。先ほどから彼は『○○地方△△村で□□団が……』という報告書を飽きる程読んでいた。因みに彼は4徹目であった。

「頭冷やすか?」と、レイは冷気を纏った手を伸ばす。彼は水属性の冷気使いであった。

「……エレンさんはいないんだよな」彼女は1時間で8時間睡眠と同じ効果のある快眠魔法をかける事が出来た。

「リンさんにも休暇を与えなきゃな。彼女もここ数週間ぶっ続けで働いているからなぁ」レイはメモ帳に何かを書き足しながら口にする。因みに彼も数か月間、勉学と仕事を両立する毎日であった。

「はぁ……で、なんだっけ?」エディは懐からエレンから渡された疲労を和らげる丸薬を取り出し、奥歯で噛み砕く。

「……言えよ」レイはメモ帳から目を離さずに口にする。

「何を?」

「いいから言えって」

「だから何を?」エディは首を傾げる。

「手伝ってくださいって言えば手伝うって言ってるんだよ。俺だって数ヵ月司令官と副司令官は体験していたんだ」レイは顔を上げ、エディの疲れ切った目を見る。

「あんただって忙しいだろうに」

「そりゃぁな。だが、お前ほどじゃない。それにお前も勉強が必要だろ? これはお前の為じゃない。全体の為を想って言っているんだ」

 この言葉を聞き、エディは唸りながら俯く。

 彼はこの数か月間、副指令の仕事を、目を回しながらこなしていた。自分の時間や勉強も忘れ、今迄得た知識を生かしてやっと回していた。やっと慣れてきたと思ったその時、グレイスタンから戴冠式の招待状が届き、彼は司令官代理となって余裕なく働くハメになっていた。

「じゃあ、よろしく頼む」

「じゃあそこをどけ。お前は、要領はいいが、変なところが不器用だからな」と、書類で散らかったデスクの上を手際よく片付ける。

「じゃあ俺は……リンの所で薬でも貰おうかな」と、エディはドアノブに手を掛ける。

「あ、俺の分も頼むぞ」と、レイは顔を上げずに口にした。

「あんたもやっぱりやせ我慢してるんじゃないか……」



 3日後、ラスティー一行は無事、グレイスタン城下町へと入る。着いた途端、彼らは英雄が帰還した様に町民から歓迎された。

「凄いね……あたしは何もしてないけど」キャメロンは複雑そうにはにかみながら小声で漏らす。

「たった4人で国はおろか西大陸全土を陥れようとしていた賢者を撃退したのだから……」同じく武勇伝のみを知るキーラも同じような表情で呟く。

 先頭で声援を受けるラスティーとエレンは笑顔で応えながら手を振った。

 町民の声に応えていたら、城に着いたのは城下町の門を潜ってから2時間後になっていた。

城門を潜ると、騎士団長のウィンガズが大勢の兵と共に出迎える。

「ラスティー殿、久しぶりだな! 傭兵業は順調そうだな!」

「ウィンガズ殿、西大陸大戦の時はお世話になりました!」と、握手を交わして上階へと向かう。

キーラたちはウィンガズの部下に案内されて城内を見て回る。

「ムンバス王のお身体は如何ですか? 手紙では忙しくされていると書いてありましたが……」彼の体調を気遣うエレンが前へ出る。

 この問いにウィンガズは口をへの字に曲げ、困ったように頭を掻く。

「うぅむ……これから会って貰おうと思っているのだが……少々混乱気味でな」

「混乱気味?」エレンは首を傾げた。

 彼らはそのまま応接室へと案内される。

 2人がそのままソファへ腰を下ろすと、そこへ一体の等身大のぬいぐるみが現れ、彼らの正面に座る。それは2人が良く知っている形をしていた。

「……バグジーくん?」エレンは目を疑いながら口にする。

「ムンバス王、一体どうしたんだ?」ラスティーも目を見開く。

「お久しぶりです……すいません。最近、この中がとても居心地が良くて……」と、頭を取り、素顔を晒す。

 その顔は紛れもなくシン・ムンバスその人であった。威厳溢れる口ひげを生やし、目の下を黒くしていた。

「……相当、苦労をされている様子で」察したエレンは丁寧に会釈する。

「政治の模様替え、立て直しが大変だとか」国内の状況を知るラスティーは同情する様に頷く。

 グレイスタンはブリザルド政権の頃に『冷たい政治の蹂躙』により、先代のやり方をガラリと変えていた。農地改革だと言ってあらゆる土地を切り取り、村を潰した。更に医療改革だと言って税を上げ、逆に国民を苦しめていた。挙句に呪術式の病原菌をばら撒き、国内はガタガタになっていた。

 他にも上げればキリがない程にブリザルドの残した爪痕は大きく、それの尻拭いだけで毎日てんてこ舞いであった。

「やっと先代の……父上の頃の政治に戻れそうな所まで来ました。その証に、今回の戴冠式なのです。絶対に成功させねば……っ!!」と、シンは手をカタカタと震わせ、さっきだった眼差しを光らせる。

「む、ムンバス王! 落ち着いて、落ち着いて……」何かを察したのかウィンガズが被り物を彼に被せて背中を摩る。

「す、すまない……最近、興奮しがちなのです……」

「成る程……エレン、今夜はバグジーくんのお相手をして差し上げなさい」と、ラスティーは彼女の背中をポンと叩く。

「簡単に言ってくれますねぇ……」エレンは複雑そうに強張った笑顔を覗かせながら、ラスティーの尻を抓った。

「いででででぇ……」



「グレーボン城と違って、中々質素だねぇ~ 何あれ! 貧乏くさい絵!」と、キャメロンは内装に平然と文句を付けながら城内を歩いた。

「貴様、口を慎め!」と、彼女の後頭部を叩くキーラ。

「いでっ! 本当の事を言って何が悪いのさ! んで、戴冠式は何処でやんの?」

 その問いにひとりの兵士が口を開く。

「城内にある大聖堂で行われます。伝統ある由緒正しき場所故、なるべく静かにお願いします」と、キャメロンをきつく睨み付ける。

「ふ~ん……あたしらはどうせ外の警備でしょうから興味ないですよぉだ」

「それでも一応、確認の為見に行くぞ!」と、キーラは彼女の耳を掴んで引っ張る。

「いででぃでい! っと、ん? なんか変な気配がするなぁ……ちょっと、見てくる!」と、キャメロンはするりと隊列から抜け出し、気配の方へと駆けて行った。

「あいつ!! ったく……ヤツは放っておいていい。どうせ本番もあぁやって好き勝手にやるに決まっている」と、大きなため息と共にグレイスタン兵たちに頭を下げる。

「それでいいんですか?」

「まぁ、あれはあれで優秀なヤツなので多めにみてくれ」



 キャメロンの感じ取った気配の先には、3人の侵入者が裏門の影からぬるりと現れ、物陰に隠れた。

「この技で侵入するなら、普通に壁を飛び越えればよかった……二日酔いが纏わりついている変な感じ……」と、眼帯をつけたローズが身体に付着した闇魔法の欠片を払い落としながら口にする。

「飛び越えたら見つかっちゃうだろうが……ったく」と、黒いパーカーをきたスワートが唇を突き出しながら口にする。

「でも、この壁抜け魔法はもうやりたくないな……気持ち悪っ!」と、青紫のパーカーを着たトレイが吐きそうな声を漏らす。

 するとそこへ、炎の翼を生やしたキャメロンが矢の様に飛んで来る。

「なに? この感じたことの無い気配は! んぅ?」と、物陰に隠れた3人の方へ顔を向け、覗き込む。「誰かな? そこの怪しいのは……」

「結局見つかっているんじゃないか! この役立たず!」と、ローズが稲妻を纏わせながら怒鳴る。

「あ、バカ! 出て行くなって!!」と、スワートが彼女の服の裾を引く。

「……あ、ククリスで会った……誰だっけ?」キャメロンは、ローズの顔をククリスに侵入した刺客の一件で知っていた。

「あ? お前こそ誰だっけ? 弱すぎて覚えてないわ」挑発する様に口にするローズ。変わって彼女はキャメロンの事だけでなく、ラスティー率いる討魔団の事は全て調べ上げ、頭に叩き込んでいた。

「弱い? あの時は相手が悪かっただけだよ。それより、オタクら侵入者だよね?」

「えぇっとぉ……」と、目を泳がせるスワートとトレイ。実際、彼らは戴冠式が始まる前に『グレイスタン城内を探検しようぜ』という子供っぽい理由で侵入したのだった。

「あぁ侵入者だ。で、あんたはどうなの?」喧嘩を売るような声を出すローズ。

「丁度いい事に、あたしはこの城を一時的ではあるけど守る立場なんだわ。てぇことで、堂々とあんたらを摘まみ出せるって事」と、指の骨を鳴らしながら炎を滲みだす。

「じゃあアタシらも堂々と抵抗させて貰おうかしらね!」と、ローズは更に魔力を高めて殺気を瞳から滲ませる。

「えぇ……何でこうなるの?」と、他人事を見る様にスワートとトレイは困り顔のまま2人の殺気に晒された。

「いいじゃん、やっと楽しめそうだね」キャメロンも魔力を高め、炎の翼を再度生やして天を舞い、ローズ目掛けて脚を振り下ろした。

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