79.一先ず休憩

 ヴレイズは目覚めてから早速、包帯を取り、傷口を再度調べる。痛みは酷かったが、こういった状況は馴れており、何とか集中して傷口に施された呪術を探れた。

 数日前の彼はフレインを奪われたショックで鬱になり、死に向かっていた。が、今はアリシアの光魔法のお陰で精神状態が安定し、治療に集中する事が出来た。

「なるほどな、呪術を魔法で書き込むのではなく、焼き印で書いたのか……待てよ……」と、何かに気が付いたように唸る。

 この呪術は単体ではなく、何か別の呪術と紐付けされ、連動していた痕跡があった。が、その『別の呪術』が今は跡形もなく消えていた。

「なぁヴァーク!」彼のいる寝室の隣の部屋でヴァークが本を読んでいた。家主に追加で金を支払い、更に家事や狩りの手伝いまで行っていた。

「なんだ?」ドアは使わずに闇から闇へと移動し、彼の眼前に現れる。

「俺の傷、魔法医か誰かに診せたか?」

「……いいや。何故だ?」無表情で答えるヴァーク。アリシアからはキツく口止めされていた為、彼はその指示に従っていた。

「この傷以外の呪術を治した人がいるんだ……一体、誰が……」と、目を瞑り、傷よりもその先で消えた呪術の痕跡を辿る。

「……それよりも先に、腹の傷を治した方がいいんじゃないか?」

「なにか気になるんだ……罠の可能性もある」と、ヴレイズは数時間ほど探ったが、結局何も見つけられずに頭を抱える。

その間、ヴァークは彼の隣で本を読んだ。

「ったくぅ……腹がいたくて集中できない!! とっとと治すか!!」と、やっと彼は腹の傷の治療へ移った。

 アリシアが予想した通り、この傷を彼は容易に解呪し、改めてヒールウォーターの染み込んだ包帯を巻く。数日間塞がらなかった傷はあっという間に塞がっていき、痛みが緩和する。

「ふぅ……しかし、ヴェリディクトはどういうつもりでこんな呪術を……?」と、疑問に思う。

 傷に練り込まれた呪術はネタが解れば大したことがなく、やはりメインは紐づけ先の呪術にあると考えていた。

 ヴレイズは数日前の自分を思い出し、苦そうな表情で唸る。

 彼は気を失っている間、ずっと真っ暗な沼に沈むような悪夢を見続けていた。考えはマイナスのスパイラルで堂々巡りし、死へ確実に近づいていた。

 が、急に光の手に捕まれ、沼から引っ張り上げられたのを思い出す。その手の主は女神の様に光り輝いていた。

「女神……いや、都合が良過ぎるだろ。でも、うぅん……まさか」と、ヴァークの顔を見ながら唸る。

「なんだ?」

「まさかアリシアがここに? なぁ、まさか……いや、違うか」と、自問自答する。

「アリシア? なんだ?」ヴァークはボロを出さない様に惚け、本へ顔を戻す。

「だよな……うん……」と、彼はため息と共に背中を丸める。

「どうかしたのか?」

「いいや、なんだか、すっげぇ複雑な気分なんだ……アリシアっていう仲間がもしかしたらここに来て、俺の傷を治してくれたのか、と思ったんだが……もしそれが本当ならショックなんだ。こんな情けない俺の姿を見られたくない……でも……うぅん。わからないなぁ……」

「……なるほど」ヴァークはアリシアが言ったことに間違いが無かった事を確信し、密かに頷く。

「何が『なるほど』なんだ?」

「いいや、別に」微笑を浮かべたままヴァークは本で顔を隠した。



 その後、ヴレイズは傷を完治させ、次の日には外へ出て身体を動かした。数日間で少し身体の鈍りを感じたのか、軽く手足を動かす。魔力を練り上げ、限界まで高める。周囲は地震が起きた様に揺れ、木々から葉が舞い落ちる。

「身体に問題は無いか……じゃあ、何だったんだ?」一気に魔力を放出し、揺れを止める。彼は未知の呪術が気になるのか首を捻った。

 そこへヴァークが現れる。彼は村を出るのか、荷物を纏めて肩から担いでいた。

「もう良さそうだな」

「あぁ。ヴァークのお陰だ。ありがとう」

「いや、俺は何もやっていない」

「『俺は?』 ってどういう意味だ?」

「意味などない。お前はこれからどうするつもりだ?」彼は動揺せずに話をすり替える。

「俺か? 俺は……」『フレインを助けに行く』という言葉が咄嗟に頭に出るも、山よりも高いヴェリディクトという存在が圧し掛かる。「俺は……」

「まぁ、自分を追い詰め過ぎるな。たまには休め」と、アリシアが去り際に伝える様に頼んだセリフを自然に口にし、ヴァークは闇の中へと沈んでいった。

「あ……ありがとよ、ヴァーク」ヴレイズは闇へ消える彼を見送り、深呼吸をする。「……たまには休め、か……あいつっぽくない優しい言葉だな」と、表情を緩め、何かを確信した様に頷く。

「アリシア……ありがとう」



 時を同じくしてグレイスタン国。

ここでは延期に延期を重ねた戴冠式が一週間前に迫り、国中がお祭りムードになっていた。

 本来なら数か月前には行う予定であったが、ククリス王であるクリス・ポンドの戴冠式と月が重なったため中止となった。こちらの式にはグレイスタン王であるシン・ムンバスと大臣、兵士長らが出席した。

 その前も、内政の立て直しや視察、大戦でのラスティー達との連携、そして西大陸会議など忙しく戴冠式どころではなかった。

 やっとの事で式の準備が出来、今度こそ祝えると国民たちは大いに賑わっていた。

 そんな国にある傭兵の団体が入国する。彼らが早速村へ入ると、何の警戒も無く歓迎された。

「久しぶりだな。今日はここで世話になるよ」と、ラスティーはにこやかに村長と握手を交わす。

 彼が連れてきたのはエレン、軍団長のキーラ、そして補佐官としてキャメロンが付いて来ていた。そしてキーラの軍団総勢50名の精鋭たちが村の外側でキャンプを張り、武具と馬の手入れをしていた。

 エレンはラスティーの隣に立ち、にこやかに佇んでいた。

 キーラは仏頂面で腕を組み、隣でぷらぷらしているキャメロンを刺す様に睨む。

「なぜ貴様が補佐官なんだ……」

「ボスに言われたんだからしょうがないでしょ? しっかし、またこの国に帰ってくるなんてね。ま、今回は観光みたいなモンだけどさぁ~」

「だからといって、気を抜くな!」

「へいへ~い」と、キャメロンは部下たちに何かしら指示し、テントの中で寝転がった。「戴冠式ねぇ~」

 その頃、ラスティーとエレンは村長の家へお邪魔し、来客用の部屋へ案内されていた。

「この国へ来るのも久々ですねぇ。バグジーくんは元気でしょうか……」少々疲れ気味の顔を覗かせながらエレンが口にする。彼女は結局、今迄働き詰めであり、今回のは久々の休暇として来ていた。

「彼も今日までずっと激務をこなし、やっとの戴冠式だそうだ。安心して祝えるようにしなきゃな」と、ラスティーはネクタイを緩めながら椅子に腰掛ける。

「それにしても、エディさんは大丈夫でしょうか? 初めてのお留守番ですが?」

「大丈夫だろ。『任せて下さい』って言ってたし」



「あの野郎ぅ!! 何が『任せた』だぁ!! 」グレーボンの討魔軍本拠地の司令官室で司令官代理を任された副指令のエディは書類の山の中で悲痛な叫びを轟かせていた。

 日々の激務の上に、更にラスティーの仕事が上乗せされ、彼は仕事で窒息しそうになっていた。武具兵糧管理、仕事請負などの書類整理、来客対応などスケジュールが詰まっていた。やってくる武器商人や地元貴族に対しては隙を見せない様に応対する必要があり、エディは目を回していた。

 更にトドメを刺す様に1日分の情報がレイから送られ、それを全て確認する様に命じられた。

「……ラスティーは一体どうやってこんな仕事を……? ったく、化けもんかよ」

 そこへ、武器商人のワルベルトが現れる。彼は討魔軍に武具のサンプルを見せに来ていた。

「おやおや、新人副指令の仕事にしては、厳しそうですねぇ」意地悪そうに口にしながら楽し気に笑う。

「笑ってんじゃねぇやい!! 手伝う気が無いなら、出てってくれ、おっさん!!」彼はワルベルトとはバルバロンにいた頃から顔見知りだった。

「へいへい……しかし、ラスティーさんがいなくて大丈夫ですかねぇ~」

「うっさいわ! ウォルター! このおっさんの相手をしてやってくれ!」

「は……」現在、ウォルターは副指令補佐に着いていた。彼は早速、ワルベルトを応接室へ連れて行った。「何を飲まれますか?」

「じゃあ、一番いい酒を」



「本当に大丈夫でしょうか……?」エレンは紅茶の用意をしながら副指令を憂うようにため息を吐く。

「大丈夫だろ。それより……」と、ラスティーは何やら懐から地図を取り出し、楽しそうに唸る。

「城の警備の段取りですか?」彼の楽しみを知っているのか、自然に口にしながらカップに淹れたての紅茶を注ぐ。

「まぁな。万が一に備えてキーラとキャメロンを連れて来たんだ。あの2人には働いてもらうぞぉ~」と、何か策を練る様な悪巧み顔を覗かせる。

「……何か隠してますね?」勘付いたのか、彼の顔を覗き込む。

「別にぃ~何もぉ~」

「……どれ」と、エレンは彼の手に触れ、考えを読み取る。

 すると、エレンの顔が徐々に崩れていき、深い溜息を吐いた。

「結局、休まる事は無いんですね……」

「まぁな。少なくとも今日はゆっくり休めるよ」

「今日は、ですね……」エレンは何か覚悟を決める様に肩を落とし、ラスティーの頬を抓った。

「いってぇ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る