82.企む者たち

 グレーボン国、討魔団の庇護下にあるとある村で、太陽の下、ロザリアは見回りをしていた。彼女は普段、深紅の鎧を身に纏い、身の丈以上の大剣を背負っていたが、それらは全てベルバーンと戦った時に破壊された。その為、現在はラスティーが提供した武具を装備していた。

 そこへ武器商人のワルベルトが手を揉みながら現れる。

「ラスティーから聞きましたよ? 武具にお困りの様子で……」

「あなたは?」鋭い目つきのまま問うロザリア。彼は彼女の目から見ると、うさん臭さの塊にしか見えなかった。

 ワルベルトは簡単に自己紹介を済ませ、自分の馬車のある場所まで彼女を誘う。

 馬車の中には最先端の武器、防具が所狭しと詰まれており、ロザリアを驚かせた。

「これは凄い……」彼女は鋭い目を輝かせ、感心する様に唸る。

「で、貴女の為に特別なモノを容姿させてもらいました」と、奥から鞘に収まった大剣を重そうに持ち上げ、彼女に手渡す。

 それは淡い魔力を帯びた新品の大剣だった。

「こいつぁ持ち主の魔力に反応して鋭さを増しやす。試しに振ってみて下さい」

「どれ……」ロザリアは軽々と持ち上げて構え、上段から思い切り振り下ろす。

 すると、大剣は雷光を纏い、一瞬で竜巻が巻き起こる。振り下ろされた瞬間、彼女の正面が爆ぜ飛び、落雷の様な破裂音と共に地面に地割れが奔る。

「こいつぁ聞いていたよりも凄い! とんでもない人ですねぇ! エリックを思い出す……」と、何か懐かしむような声を出すワルベルト。

「調整が難しそうだ……」眉を顰めながら大剣を睨み、難しそうに唸る。

「ま、それは使い込んで感覚を掴んでください。で、次に防具ですが……コイツを用意するのに苦労しましたよ」と、大きな木箱を引っ張り出して開く。

 その中には、真新しい深紅の鎧が収まっていた。彼女が依然着ていた鎧よりも女性的なデザインをしていた。

「こいつぁ凄いですよ? サイズはピッタリなはずです。それから、この胸の部分に手を当てて魔力を流し込んでください」と、鎧を指さす。

「ん? こうか?」と、ロザリアは言われるがまま鎧に手を置き、魔力を注ぎ込む。

 すると、鎧に幽霊が乗り移ったようにふわりと浮き上がり、彼女に襲い掛かる。狼狽する彼女に気を使うことなく、鎧は彼女に乗り移る様に次々と装着され、あっという間にロザリアは鎧に身を包んでいた。

「なに?!」

「自動装着機能っていうのが魔王軍の新技術でしてね。半径500メートルまでなら反応してくれやす。防御能力も、使い手の魔力によって固く、粘り強くなりやすよ。着心地はどうでやすか?」

「軽いな……それに以前のよりも肩も首も脚も自在に動く……凄い……」感嘆する様にため息を吐くロザリア。

「良く似合ってやすよ」

「と、言うかサイズはどうしたのだ?」と、素朴な疑問を口にする。

「ラスティーが事細かに教えてくれやした。あれ? 何も聞いていやせんか?」

「……いつ調べたんだ?!?!」彼女は更なる疑問に顔を強張らせ、首を傾げた。



 会議を終わらせた後、ラスティーはグレイスタン兵に連れられていた。侵入者を捕まえた、という事でその確認の為にキーラと共に地下牢へと降りる。

「早速侵入者が現れるとは……どうやら戴冠式は穏やかには進まなさそうだ」と、キーラはため息交じりに肩を落とす。

「どこの手のモノだ?」と、ラスティーは訝しげな顔を覗かせる。彼の前もって頭に入れた情報では、このタイミングで侵入するような者はいなかった。

 そしてついた瞬間、聞き覚えのある声が2人の耳へと飛んで来る。


「ボスぅ! 言ってやってよ、あたしも護衛のひとりだってさぁ!!」


 キャメロンは鉄格子に齧りつき、鼻息を荒くしながら吠える。彼女ら4人は皆、魔封じの手枷を嵌められていた。

「えっと……ん? どういう事だ?」流石のラスティーも頭上にハテナを浮かべ、首を捻る。

「貴様、姿が見えなくなったと思ったら……一体何をやらかした?!」キーラは額に血管を浮き上がらせて怒鳴る。

「いや、聞いてよ!! あたしはただ、この侵入者3人を取り押さえようと……」と、各々の牢へ閉じ込められた3人に指を向けながら口を尖らせる。

「ウソを吐け! 裏庭を一番滅茶苦茶にしていたのは貴様だろうが!」彼女を取り押さえた番兵が声を上げる。

「いや、だからこいつらが暴れるからぁ~」と、キャメロンは頬を膨らませる。

「で、こいつ等って……」ラスティーは彼女の指す方へと顔を向ける。


「お、ラスティーじゃん。久しぶり」


 ローズは気安く笑顔を覗かせ、手を振った。

「お前か」ラスティーは何か納得した様に頷く。「残りの2人は連れか?」

「まぁ、そんな所よ」と、不貞腐れたスワートとトレイを見る。

「何を企んでいる?」

「どうせ知っているんでしょ? わざわざ聞かないでよ」と、意地悪な表情を作る。

「全部知っている訳じゃないんだが……まぁいいだろう」と、肩を竦める。

「ってことで、あたしは出ていいでしょ? だって大事な戴冠式の警備のひとりだもんね!」キャメロンは鉄格子をガチャガチャと鳴らしながら喚く。

「うるさい! せめてひと晩、お前はここで頭を冷やせ!」腹の底を煮やしたキーラが歯を剥きだして怒鳴る。

「そりゃないよ~」と、おどけた様に身体の力を抜くキャメロン。

 すると、ラスティーが彼女の牢の前まで近づき、耳元へ顔を近づける。


「ローズから目を離すな」


 彼は小声で囁き、踵を返す。番兵に「2、3日預かっておいてくれ」とだけ言い残し、キーラの腕を掴んで地下牢から出て行った。

「はいよ、ボス」キャメロンは観念した様にボロベッドに座り、壁へもたれ掛った。

「ボスはなんだってぇ?」聞こえていたが、ローズは呷る様に問う。

「あんたを見張れってさ。よろしく」

「正直に言うかね、そう言う事……」



 ラスティーは要人用の客室へ案内される。先にくつろいでいたエレンはベッドの上で寝転がり、彼に気が付くと小さく手を振った。

 キーラたちは城内にある兵舎へと入り、そこで武具と警備プランの調整を行っていた。

「捕まっていた侵入者って誰でした?」エレンは枕に頭を預けながら問うた。

「……キャメロンだった」

「あぁ……なんとなくわかります」納得した様にため息を吐くエレン。

「この後は各々夕食を済ませ、深夜2時に出るぞ」

「やはりバグジーくんとは一緒に食べられませんか」彼女は残念そうに俯く。

「突然、ククリス王を出迎える事になったんだ。食べる暇もないだろう」と、ラスティーはジャケットを脱いでネクタイを緩め、テーブルの上に盛られたフルーツに手をかける。

「では、彼のカウンセリングは……」

「今日は無理だな。ま、戴冠式が始まるまでには出来るさ」と、ビターレモンを手に取り、皮を齧る。

「ならいいんですけど。あの人の心中は貴方よりも疲れ果てて衰弱しています」

「そうか……ま、俺以上に重圧がかかっているのは確かだな。一国の主だもんな」ソファーに腰掛け、天井を見上げる。

 もし魔王が彼の故郷を消し飛ばしていなければ、今頃、彼もランペリア国の王だった。

 彼は拳をギュッと握りしめ、奥歯を噛みしめる。

「この戴冠式、絶対に成功させるぞ……」ラスティーは自分に言い聞かせる様に口にし、目を瞑る。

「当たり前です。だったら、ラスティーさんも秘密主義を検めた方がいいですよ?」

「いや、策の漏えいは最小限に抑えたい」

「それじゃあ、皆の連携が取り辛いと思いますよ?」

「それ込みで練っているから大丈夫だ。今の所は好調だ」

「キャメロンさんが捕まったのも計算内ですね」知っていた様に口にし、ため息を鼻から吐く。

「捕まったのには驚いたが、予想していた訪問客に付いて貰う予定だったから、あれでいい」

「そのお方とは?」

「ローズ・シェーバーと、魔王の息子だ」



 その頃、グレイスタンの国境沿いの村にククリス王の一団が入村していた。村長に1日分の宿賃を払い、家臣の反対を押し切ってククリス王のクリスは村長の家に入った。

「ふむ、悪くない」と、村長夫人に会釈をし、ソファに座る。

「王が頭を下げるなど! それがどういう意味なのか!」と、彼の共をする大臣が声を荒げる。

「民に礼を失するのが立派な王なのか? お前も礼儀を込めてこの村の世話になれ。ククリス王の家臣として恥ずかしくないようにな」

「……っ……はっ」と、大臣は目を伏せてお辞儀をし、村長の家を後にする。

 入れ替わる様にそこへ新たな風の賢者に就任したミラ・ブルースターが現れる。彼女は他の家臣団や護衛の魔法使い達と違い、冒険家の様なワイルドな格好をしていた。

「周囲に問題はありません。今夜はここで夕食を頂き、明け方にはグレイスタンへ入国ですね」

「ご苦労。流石、優秀だな君は。叔父上が選んだだけはある」

「皆からはコネで選ばれたと思われがちですが、精一杯やらせて貰いますよ」

「頼んだ。しかし、楽しみだ。やっと彼に会える」と、差し出された茶を一口飲む。

「ムンバス王ですか?」

「いいや。ラスティー・シャークアイズだ」と、彼は目の奥を輝かせながらニヤリと笑った。

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