77.塞がらない傷の謎
ヴェリディクトとフレインはタラントシティのレストランへ戻り、メイン料理を目の前にしていた。料理はヴェリディクトの炎魔法で保温されていた。指を鳴らすと解除され、湯気が香り立つ。
「遅めのランチになってしまったな。食後は軽いデザートも取ろう」と、白嘴雀のローストの香りを楽しむ。このメインは小鳥のため一口サイズであった。
「ヴレイズ君にも食べて欲しかったのだが……残念だ」と、一口で頬張る。
フレインは彼の食べ方に習い、同じく頬張る。こんがりとした匂いの後にワインの芳醇な香りが立上る。
「美味しい……」気の抜けた声で感想をポツリと言うフレイン。心ここにあらずな表情で虚空を眺める。
彼女にかけられた洗脳魔法は強力であり、ヴェリディクトでなければ解けない代物であった。人格は洗脳呪術に抵抗すればするほどに矯正された。
フレインの場合、凄まじく抵抗した為、人格の殆どを封印され、今や返事をする人形の様になっていた。
「この料理は世界中の美食家を唸らせるほどの料理だ。量は少ないが、一口で満足させるほどの味を誇る。ディナーはこれとは違った珍味をご馳走しよう。海鮮が口に合えばいいが……」彼の隣にウェイターが立ち、赤ワインを注ぐ。
「ヴ……レイ……ズ」と、フレインは小さく呟き、一筋の涙を流す。
「凄まじいな。あまり抵抗しすぎると、彼に助けられる前に壊れてしまうぞ?」と、彼女の額に指を置き、精神を安定させる魔法をかけて眠らせる。
その後、ヴェリディクトは静かにワインを楽しみ、彼女の寝顔を覗き込む。
「……さて、少しつまむか」彼は彼女の正面に立ち、両手で頭を軽く掴む。フレインの中にいる何かを呼び起こそうと、魔力を流し込む。
すると、彼女の身体は淡い黒炎で包まれ、椅子からふわりと浮き上がる。瞼がゆっくりと開くと、周囲に突風は吹く。が、それらはヴェリディクトに抑えられ、室内が散らかる事は無かった。
「お目覚めかね? 黒龍殿……」
「貴様……中々の強者だな」
フレインの口から重厚な声が発せられる。表情は前髪で隠れ、影で覆い尽くされていた。目は赤く光り、口元からは煙が立ち上っていた。
「龍を名乗る者は沢山見てきたが……聞くところによれば、貴方は本当に龍だったとか……」
「そこまで思い上がってはいない。私は炎牙黒龍拳を極め、バースマウンテンを、そして世界を破壊する事を最終目的としていた。が、このザマと言う事は……私は炎牙龍拳に……ガルニア(ガイゼルの祖父)に敗れたのだな。今の私は、この娘に寄生するだけの存在よ……」
「だが、肉体の所有権を奪っただろう?」
「力を本格的に付ける前に奪った所で意味はない。今の私は黒炎を使えるだけの娘に過ぎない……」不服そうに口にし、黒い溜息を吐く。
「……ふぅむ……なぁ、黒龍よ」
「ゼインだ」
「ゼイン……貴方を解き放てる人間を知っているのだが」ヴェリディクトは何かを企む様にニタリと笑った。
その頃、ヴレイズはヴァークに近隣の村へと運ばれていた。この村には魔法医はおらず、草を煎じた薬などで傷や病を治療していた。
ヴァークは民家の一室を借り、そこのベッドへ横たえる。彼に回復魔法の心得は無く、とりあえず包帯を変え、持参していたヒールウォーターを染み込ませる。
「傷が塞がらないか……呪術の類か?」と、傷口に軽く手を置き、目を瞑る。
しかし、何も探れなかったのか難しそうに唸る。
そんな彼に気付き、ヴレイズは薄らと目を開いて苦笑する。
「わからないか? だよな……俺もこんなのは初めてだ……」今迄、あらゆる呪術と遭遇し、経験してきたヴレイズであったが、今回ばかりは完全に参っていた。
何故なら、この傷は確実に呪術を仕込まれているのは明白であったが、いくら魔力で探っても呪術の反応がないのであった。
彼の傷は深いが、内臓は傷ついておらず、焼き切られている為、止血されていた。が、回復魔法を施しても、傷薬を塗っても、傷が塞がる事はなかった。
「誰にやられたんだ?」ヴァークは興味ありそうに問う。
「ヴェリディクトだ……」
「あの男か……」彼はククリスのカフェテラスでヴェリディクトと会った事があった。
「知っているのか?」
「……一度だけな。フレインはまさか……?」
「殺されてはいない……いないが……奪われた」
「……そうか……取り戻す前に、この傷を何とかしなければな」と、ヴァークは包帯越しに傷を魔力で探る。
「……何故、助けてくれるんだ?」
「俺の研究している『熱』には『絆』という要素が必要だと考えている。まぁ、そういう考えを抜きにしても、手助けくらいはするがな。だが、この傷は俺の手に負えるモノではないな……」
「そうか……だが、これは俺がひとりで、どうにかしなけりゃならないんだ……」
「どういう意味だ?」
「この傷は、ヴェリディクトからの宿題なんだ。これを解かなけりゃ、俺は次に進めないんだ……だから、ひとりにしてくれ。ここまで運んでくれてありがとう」
「このままだと死ぬぞ?」ヴァークはヴレイズの傷の具合から見て、もって2日程度だと予想していた。
「死んだらそれまで……諦めるさ」
「……既に諦めているだろ」
ヴァークは彼の心を見透かした様に口にし、部屋から静かに出る。
「あぁ……」力なく漏らし、ヴレイズは静かに目を閉じた。
ヴァークはその後、民家の家主に2日分の代金を支払い、村の門を潜る。
ヴェリディクトのいる町へ向かおうか思案している時、正面から旅人と思われる2人組が歩いて向かってくる。
「なんか嫌な予感がするんだよね……ゴメンね、寄り道させて……」ひとりはブロンドのロングヘアーに似合わない狩人の様な服装をした女性であった。
「いやいや、俺の用事は急ぎではないし、寄り道は旅の楽しみだろ?」もう一方は身の丈程長い剣を背負った薄青色の髪をした青年であった。
「ん?」ヴァークの視線に気づき、女性が反応する。興味ありげな表情で足早に近づき、首を傾げる。
「……なんだ?」
「貴方、闇使い? どうなってるの……貴方も魔王の息子か何か?」
「む……急に何を?」
「あ、ごめんなさい。あたしは光使いのアリアンといいます。何か難しそうな考え事をしていそうですが……」と、彼の顔の前に手をそっと置く。
すると、自分の言っていた嫌な予感が的中したのか、目をカッと開く。
「ヴレイズ!!! この村に!!! ちょっと、どういう事!!! 死にかけているって!!!」爆ぜる様に感情を爆発させて怒鳴る。
「……あいつの知り合いか?」
「おいおいおい! ヴレイズがどうしたってェ?!」青年の方も前にズイッと出て仰天する。
もちろんこの2人はアリシアとケビンであった。2人はこの大陸のとある亡国に用があり、ここまで来ていたのであった。
アリシアが民家を訪ねる頃、ヴレイズは気絶した様に眠っていた。彼女は冷静に彼の傷を診断し、特殊な呪術によるものだと瞬時に気付く。
「これは普通の呪術じゃないね。傷口に呪文が焼き印の様に施されている。だから探れないんだ……しかも、この呪術も相当高度ね……いくつもの呪文が絡みついて複雑化している……回復を撥ね返し自己治癒能力も封じている。更に、精神と傷が連動している……」
「精神と連動?」ケビンは腕を組みながら小首を傾げる。
「つまり、心の傷が深い程、この傷の重症化が進むって事……ヴレイズはもう諦めて死のうとしている……」余りにショックな事ではあったが、アリシアは涙を流さずに診断を続ける。
「そりゃあ厄介だな……どうすれば助けられるんだ?」
「……これはヴレイズに課せられた試練。彼自身にしか治せない……けど、ヴェリディクトの誤算は、あたしがここにいる事だね」と、アリシアはヴレイズの頭に両手を置き、淡く光らせる。
「何をしている?」
「……彼の荒んで傷ついた心を癒している……曖昧なモノではあるけど、抗鬱効果はあるはずだよ。ケビン、お茶の用意をして」
「了解」と、彼は手早く茶道具を取り出し、湯を沸かす。
「あたしに出来るのは、手助けだけ。あとは、ヴレイズ自身が何とかしなきゃね」と、彼の頭から手を退かし、茶葉の調合を始める。
ここでやっとアリシアは静かに一筋の涙を流し、目を瞑った。
「こんな風に再開はしたくなかったな……」
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