70.ヴァークの思い出

 フレインとヴァークの2人は町の郊外へと戻り、だだっ広い平原へと向かう。フレインは先ほどのバーで購入した酒瓶を木陰へと置き、手首足首を回す。

「あんた、剣士でしょ?」相手の先手を取る様にフレインは自慢げに口にする。

「よく分かったな」ヴァークは木の枝を拾い上げ、軽く振る。

「歩き方と佇まいで大体ね。ってあんた、まさかそれで戦うって言うんじゃないよね?」と、木の枝を不服そうに眺める。

「間違いが起こらないとも限らない」

「そう言うのはあたしに失礼だよ! 本気でやって!」フレインは目を尖らせ、魔力全開で構える。

「まずは君の本気を見てからだ」と、口にした瞬間に彼女の拳が眼前まで飛んで来る。彼はそれを無駄のない動きで避ける。それと同時に枝で彼女の手首、胴、首に瞬時に当て、背後へと回る。

「ぬっ!」ゾクリと首筋に産毛が逆立ち、当てられた個所を摩る。

「ほら……本気でやったら君は……」

「そーいう台詞が腹立つんだよ!」フレインの中で怒りが着火し、火の玉となって襲い掛かる。

 ヴァークは鼻で笑いながら彼女の間合いの内へ入り込み、彼女の拳が技になる前に止める。

「ぐっぬ!」彼の得意げな表情が面白くないのか、ますます怒りを募らせる。

「どうした? 俺はまだまだ本気ではないぞ?」彼女の怒りを呷る様に口にして見せる。

「こんの野郎!!」フレインは全身から炎を噴き上げ、彼を遠ざける。そこから更に彼女は無数の火炎弾を放ち、全てをヴァークに集中させる。

 それを彼は木の枝の先を使って全て叩き落としていく。枝には薄く無属性を纏っているため成せる技であった。

 全て叩き落とし終わると、眼前に彼女の姿は無かった。フレインの気配は頭上から殺気と炎と共に襲い掛る。

 ヴァークは身を引いて彼女の炎を払う。

 フレインは彼の予想を超える勢いで前進し、掴みかかる。彼の胸倉を掴み、引き寄せながらボディーブローを放つ。

 ヴァークはするりとコートを脱いで彼女の拘束を脱し、ふわりと後方へと立つ。

「中々に強引だな」

「くっ……あたしの苦手なタイプだ……」と、苛立ちながらコートを投げ捨てる。

 


 しばらくフレインは中々殴れないヴァークを相手に無数の拳と蹴りを放ち、夜空に炎を巻き上げる。が、どんな策を弄そうとも彼を捕える事が出来ず、歯痒そうに唸る。

「それが熱か……いいや、違う。あの男の言う熱とは違う……では一体……」ヴァークは軽やかに舞いながらも自問自答し、悩ましく唸る。

「一体何なのコイツ……まるであたしの頭の中を読んでいるみたいに……」フレインは息を荒げ、額の汗を拭う。

「なんだ、君には出来ないのか」何気なく口にするヴァーク。

 すると、更に頭に来たのかフレインは暴龍宿しを発動させる一歩手前まで魔力を循環させ、瞳を燃え上がらせる。

「この野郎!!」フレインは殺気を剥きだしにして飛びかかる。

 すると、そんな彼女の前にヴレイズが現れ、拳を止める。

「こんな時間に何をやってるんだよ!!」彼は宿まで届く彼女の魔力を感じ取り、ここまで来たのであった。

「止めないで! こいつは一発殴らないと気が済まない!!」フレインは犬歯を剥きだしにして怒鳴った。

 そんな彼女を必死になって止めるヴレイズ。

「なんなんだよ! あんたもどうやってフレインをここまで怒らせたんだよ?!」

「少し手合わせを……」

「成る程ね。ほらフレイン! 魔力を収めて宿へ……」

「だぁから! あたしはコイツを殴らなきゃ気が済まないの!!」

「コイツって……」ヴレイズは困ったようにフレインを必死の思いで抑え、どういう経緯でこうなったのかを問う。「……つまり、熱ってヤツを知る為に実際に戦ったのか……あんたも無茶するねぇ」ヴレイズは呆れた様にヴァークを見る。

 ヴァークは地面に落ちたコートの土埃を払い、軽やかに羽織る。

「正直、彼女の熱は十分に伝わった。だが、それは俺の知りたい熱とは違う……」

「はぁ? 何言ってんの? 意味わからないんだけど?」フレインは首を傾げ、更に機嫌を悪くしたように唸る。

「……じゃあ、俺と戦ったらその熱って奴を理解できるかな?」と、ヴレイズは目に魔力を込め、ヴァークの身体に流れる魔力を観察する。

 彼のソレは真っ黒に染まり、流動していた。

「読みにくいな……」

「どうやら君は、彼女とレベルが随分違うな……これなら……」と、ヴァークは懐から短刀を取り出し、無属性の刃を伸ばす。

「なんだそりゃあ……」ヴレイズは初めて見るそれに驚き、注意深く観察する。

「お前が相手なら、間違いも起こらないだろう」



 それから2人は、街の武闘大会よりもハイレベルな戦いを繰り広げた。

ヴレイズは平原を炎のドームで覆い尽くし、自分のフィールドを作り上げ、極限まで練り上げた赤熱拳を繰り出す。

 ヴァークはヴレイズの右拳が炎によるものだと理解している為、容赦なくそれを斬り飛ばす。すると、飛ばされた赤熱拳が白熱して輝き、闇夜が昼間の様に明るくなる。

 だが、ヴァークには目眩ましは効かず、一気に間合いを詰める。

 ヴレイズは彼の得物の持ち手を軽く押さえて攻撃が形作られる前に止める。更に再度、赤熱拳を練り上げて繰り出す。

 ヴァークはそれを斬り飛ばす余裕が無く、無属性刀でそれを受け止めた。その衝撃が両腕に強烈に響く。

「やるな……」手の痺れを感じ取り、満足げに頬を緩める。

「そっちこそ」脇腹に鋭痛を感じ、押さえる。無属性で数ミリほど斬られていた。


「あんたら楽しそうだな!!」


 戦いを黙ってみる事が出来ず、つい口にしてしまうフレイン。自分には出来ない高度な戦いを見て歯噛みしていた。

「楽しそう? ……そうだな、これだ……これが熱だ。あの男と戦った時も、こんな感じだった」ヴァークは胸を満足げに押さえる。

「そいつはどんな男なんだよ……全く」呆れた様に口にし、ため息を吐くヴレイズ。

「協力に感謝する。この感情だ……これを身に付ければ俺は、奴に勝てるかもしれないな」

「ヤツ? 誰の事だ?」恐ろしく強いヴァークが目指す者に興味が沸き、問うてみるヴレイズ。


「魔王だ」


 この言葉に2人は仰天し、顔を見合わせる。

「まさかあんた、ひとりで魔王を倒すつもり?」指を差して顔を引き攣らせるフレイン。

「しかもその口ぶり、戦ったことがあるのか?」

「あぁ……惨敗したがな。アレは普通では倒せない」

「詳しく聞かせてくれ!!」ヴレイズは彼から魔王の強さを聞き、更に耳を疑った。

 ヴァークが言うには、手足を斬り飛ばしても、首を撥ねても闇の中から無傷で姿を現し、抗えない程の闇を体内に流し込んでくる、と口にした。それで敗北を喫し、記憶を消されて偽の記憶を擦り込まれ、黒勇隊に入隊したのだった。

「あんたは一体何者なんだ?」そこまで聞いて最後の疑問をぶつけるヴレイズ。

「自分ではよく分からないが……普通の出自ではない事は確かだ」

「ふぅん……そんなに強いんだ、魔王って」フレインは頬を緩め、拳を叩く。

 その後、ヴレイズはヴァークをラスティーの軍へと勧誘した。彼は「考えておく」とだけ言い、踵を返してその場を去ろうとする。

「ちょっと待った!!」と、フレインは彼を呼び止め、木陰に置いた酒瓶を手にする。

「なんだ?」

「なんか、あたしに足りない物を見せてくれたお礼だよ。むしゃくしゃするけど、あたしも大人にならなきゃね」と、鼻息を鳴らしながら彼に酒瓶を押し付ける。

「ありがたく頂こう。俺に必要な物かもな」と、大切そうに酒瓶を手にする。

「酒がか?」ヴレイズが問うと、彼は首を振った。

「思い出だ」と、そこでヴァークは心の底からの笑みを覗かせ、闇の中へと去って行った。



 宿へ帰る途上、フレインは彼に謝った。自分の未熟さを再認識し、まだヴェリディクトに挑むべきではないと心底思い知ったと語った。

「その事なんだが……奴に勝つ見込みが僅かだが……」と、ヴレイズは本日の大会の優勝賞品を見せる。それは一本のナイフであった。

「これがなに?」

「こいつは、古の封魔術が施されたナイフだ。コイツを使えば……」

 この言葉にフレインの瞳に凄まじい炎が灯った。

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