69.静かなる喧嘩
ヴレイズとフレインはレストランを後にし、街に流れる夜風に吹かれながら歩いていた。
フレインの相談はヴレイズにとって難しく、ずっと黙ったままだった。
相談した張本人である彼女も口を横に結んだまま彼の隣を歩いていた。
そんな2人の後を追うようにヴァークは気配を消し、影から影を移動して付けていた。
そのまま2人は宿へと戻り、互いにいつもの服に着替える。ただだまったままヴレイズは湯を沸かして茶葉を取り出し、流れる様に茶を淹れる。湯気が外にいるヴァークの鼻をくすぐる。
2人は向かい合って座り、見つめ合う。レストランの時の様な気まずい緊張は無く、いつもの2人の沈黙であった。
「本気か?」ヴェリディクトを倒しに行く。これは2人の旅の最終目的であった。
「うん、本気だよ」飲み頃の熱い茶を一気に飲み干し、答えるフレイン。
「でも、まだ早くないか?」旅を始めて1年と少しであった。
「こういうのに遅いも早いもないでしょ? あたし達は十分強くなった。絶対にあいつに通じるよ!」フレインは力強く口にして握り拳を固める。
「……ハッキリ言うが、まだまだ届かない」
ヴレイズは強めに口にする。彼は2年前、ヴェリディクトと戦い、敗北していた。と、言うよりもアレは戦いですらなく、まるで出来の悪い生徒と教師の授業の様なモノであった。
その結果、ヴレイズは生死の淵でクラス3.5というイレギュラーな技を学ぶことが出来た。そのお陰か、あらゆる炎の応用技を習得し、今迄の旅で多くを学び、ついにクラス4に覚醒する事が出来たのであった。
今迄の修行で大幅にレベルアップの出来たヴレイズ、フレインであったが、まだヴェリディクトはおろか炎の賢者ガイゼルにも届いていなかった。
そんな2人がヴェリディクトに挑んで勝てる確率は限りなくゼロに等しかった。
「そうかな? あたしは2人なら勝てると思うけど?」
「いや、俺達が10人いても勝てないだろう」これは直接戦った彼だから言える言葉であった。
ヴェリディクトは200年以上生きる、世界最悪の炎使いであった。炎の賢者はおろか賢者全員の力を合わせても勝てるか怪しい程の実力を秘め、世界中でやりたい放題の悪業を重ねた極悪人であった。
ククリス大聖堂を放火、某国の王を殺害、など許されざる罪を犯し、それでも彼を罰するもは誰もいなかった。そして更に、魔王の師匠筋という噂も広まっており、その証拠か魔王は彼にかかった懸賞金を失効していた。その後、彼はヴレイズの村を焼き払い、サンサ族を滅ぼしていた。
ヴレイズにとっては殺しても殺し足りない程に憎い相手であった。
だが、その高すぎる壁ゆえにヴレイズの復讐心は完全にへし折られ、もう一度挑む気は全くなかった。
変わってフレインは生みの父親の仇であり、彼女もまたヴェリディクトと因縁があった。
更に彼女は「ヴェリディクトがいる限り、真の炎の賢者の威厳はない」と考えていた。
「ヴレイズ……それでも、あたしは……」
「いいか、フレイン。俺はガイゼルさんからも止めれらているんだ。全体にヴェリディクトには挑むなって……君は絶対に旅の途上で挑もうとするから、その時は止めてくれって」
「じゃあ、止めてみなよ」
フレインは瞳に今までにない程の殺気を宿す。先ほどまでドレスを着て優雅にディナーを楽しんだ彼女はそこにはなく、また以前までのフレインでもなかった。
復讐の火が再点火した、鬼になっていた。
「止めても無駄なのはわかっている。氷帝の時も……いや、あの時よりも決意は固そうだ。だが、今回は諦めてもらうよ、絶対に」と、彼も殺気を纏い、フレインの視線に対抗する。
しばらく2人は無言で睨み合った。
「……っ……ちょっと夜風に当たってくる」フレインは頭を冷やすため、宿から出て行く。
「そうしてくれ……」去った彼女に言うようにヴレイズはポツリと口にし、ため息を吐く。
その後、部屋の窓を開き、ヴァークの気配がした場所へと顔を向ける。が、そこに彼はいなかった。
「あれ? 茶でも淹れてやろうと思ったんだが……?」と、言いながらこの街で仕入れた物資の整理を始める。次の町までの食料や道具を検める。
その中に大会の優勝賞品が収められた箱を手に取り、何も期待せずに開ける。
「なんだこりゃ……ナイフ?」中身は綺麗な装飾の施された短剣が収められていた。刃には呪文の様な文字が彫られていた。
「これって……まさか」
フレインは町の郊外を、ひとりでゆっくりと歩いていた。いつもなら怒りの熱気を纏ってズンズンと歩いたが、今回は先ほどの鬼の様な殺気は失せ、冷えていた。
今日のヴレイズとの喧嘩はいつものとは違い、今までにない本気の喧嘩であった。よそから見れば、ただの睨み合いであったが、実際は殺人的な殺気のぶつけ合いであった。それだけヴェリディクトに関する話し合いは本気だった。
「わかってるんだけどな……」フレインは頭を押さえ、軽く唸る。
ヴェリディクトに関してはフレインも敵わない事は重々にわかっており、間違っても『倒しに行く』なんて軽々しく言えなかった。下手をすれば魔王討伐よりもハードルが高かった。
しかし、彼女の中の『誰か』が復讐心を呷り、居ても立っても居られない心境になっていた。
「わかってるんだけどなぁ……」腹の底からため息の様に呟き、その場で立ち止まる。
「辛そうだが、どうかしたのか?」
背後から急に聞き覚えの無い声が囁き、跳び上がる。振り向くと、そこにはグレーのコートを羽織った男が立っていた。
「急に何?! あんただ、れ……? あ、レストランで後ろの席にいた……それに、決勝の時に魔障壁を張ってくれた人だ!」と、指を向ける。
「覚えていたのか……ヴァークという者だ」
「何の用?」と、フレインは余裕がないのか苛立ったような声を出す。
「俺は、人の内に宿る魂の原動力、熱について研究している。昼の決勝の時の2人を見て、ヴレイズや貴女に熱についての答えがあるのでは、と考えて……聞かせてくれないか?」
「あんた変わってるね……」
その後、2人は街で夜中まで空いているバーへと入る。その途端、飲んでいた客たちが準優勝者であるフレインに気が付き、声が集中する。それをバーの店主が一声で納め、2人は奥の席へと案内された。
「人気なんだな」ヴァークは何気なく口にしながら席に着く。
「少し迷惑だけどね」大会終了から夕食前にかけて彼女はひっきりなしの質問攻めに遭い、うんざりしていた。ヴレイズは知らないが、ドレスとスーツを購入する時にも握手とサインを求められ、買い物に集中できずにブチ切れる寸前にまで追い詰められる程であった。
その後、2人は店主おすすめのカクテルを言われるがままに注文し、それを一口啜る。
「ふぅ、落ち着いた」フレインは心底ほっとした様に口にする。
「で、訊かせて、」
「その前に! あんたの事を聞かせてよ。何でそんなモノを研究しているのかさ」
「……いいだろう」と、ヴァークは戦いの中での魂と熱について語った。己には魂が籠っておらず、それを指摘されて謎が深まり、これまで研究してきたと話し、また一口飲む。
「何だ……くだらない」フレインも一口飲み、得意げに鼻息を鳴らす。
「くだらない?」
「そう。要するに、あんたは本気で戦ったことが無いのよ。相手を見下しながら戦っているとか、もしくは……自分よりも強い相手と戦ったことが無いってところかな? 違う?」
「……そう言うモノか……」
「そう。てぇか、あんたそんなに強いの? よかったらどう? あたしと一勝負」と、指の骨を鳴らす。
「……いいだろう」ヴァークは何も悩まずに立ち上がった。
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