68.初めてのフルコース
2人の間に早速、シャンパンが置かれる。ウェイターはすらすらと酒の銘柄と産地を、まるで物語でも語る様に説明しながらも、流れる様に開け、2人のグラスに注ぎ、お辞儀して離れる。
「じゃあ、乾杯しようか」フレインはグラスを掲げて上品に笑う。
「何に乾杯しようか?」
「そうだなぁ……ここまで修行の旅を無事に続け、互いに強くなった、でいいんじゃない?」
「じゃあ、それで。乾杯」と、言いながらも付け慣れないネクタイと襟回りを弄る。
「触らない!」
「うぅ……緩めちゃだめ?」
「だめ!」と、厳しく言いながらもシャンパンを口にし、再び笑顔を作る。「キツイお酒もいいけど、こういう飲みやすく上品なのもたまにはいいなぁ~」
「どれどれ」と、ヴレイズも口にする。グラスの中身を一気に飲み干し、まるでビールを飲み切ったカの様に息を吐く。「うまぁ~!」
「こら、一気に飲まない! ハズカシイ!」
それを合図に、ヴレイズ達の目の前に湯気の立ったスープが置かれる。それはいつも食べるシチューとは違い、透き通った琥珀色をしていた。周囲のパンの匂いと共に彼らの鼻をくすぐり、食欲を引き立てる。
「オオヒレザメのヒレでだしを取ったスープでございます」と、ウェイターがお辞儀する。
フレインは馴れた様にスプーンで上品に掬って、音を立てずに飲む。
「ん~、ボルコニア城のキッチンに比べればまぁまぁかな」と、言いながらも満足げに口元を緩める。「でもいい御出汁だこと」
「……では」フレインの飲み方を真似て、いつもと違った持ち方で飲み始める。が、口元が上手く動かずに音を立てて飲んでしまう。「んまっ!」
「ヴレイズぅ……」呆れ顔を向けるフレイン。
スープを飲み切ると、次にサラダが運ばれる。ムーンレタスが華の様に飾られ、その上に白身魚が主役の様にのせられ、黒コショウとレッドオイルが掛けられていた。
「なんか、少なくない?」ウェイターが去った後、ヴレイズが小声で口にする。
「は?」
「だってこの店、相当高いんだろ? さっきのスープもそうだけどさ、なぁんか少なくないか?」
「ヴレイズ……それは貧乏性の考えだよ。こういう店は普通、量より質と雰囲気なの」と、ムーンレタスと共に魚を一切れ口へ運ぶ。「ん~~~~~! このオイルと白身魚! コショウの香りと合って絶品!」
「……そういうもんなのか」と、ヴレイズもサラダをペロリと食べる。彼は野菜が苦手なため、味わう間もなく胃へ納めてしまう。
「ちょっと、少しは味わったの?」
「うん、うまかったよ」
「本当?」と、フレインはゆっくりと味わい、上品にナプキンで口を拭う。
そして次にメインである肉料理が運ばれる。ランプル国特産牛肉のサーロインステーキであった。これもまた小さく、大きな皿の上にちょこんと切り分けられた肉が丁寧に並べられ、ステーキソースが絵を描くようにかけられていた。
「まぁ、いい匂い」と、フレインは既にカットされた肉を一口サイズに切り、上品に口へ運んだ。「ん~~とろけるぅ! この国の牛肉の脂はスッキリしてるわね~」と、口を押える。
「俺はもう少し噛み応えのある肉がいいなぁ」と、何のありがたみも無いように一切れ300ゼルはしそうな肉を次々に食べて行く。「うまいけどさ」
「……あんたはもう、そこらの食堂で食べてなよ……てか、さっきから『うまい』しか言ってないよねぇ?! 本当に恥ずかしい!」
2人はメインを食べ終え、残すはデザートのみとなる。その前に食後のワインが注がれる。
「ありがとう」と、フレインは会釈し、早速そのワインの色と香りを楽しむ。
「ふぅ……なんだかいつもと違って、食べた気がしないなぁ……」ヴレイズは不満ながらも小声で口にする。彼は普段なら倍以上の量を食べていた。彼が大飯ぐらいと言う訳ではなく、このレストランの量がそれほどまでに少ないのである。
「ヴレイズ……ま、確かに胃袋は満足しないけど……こういうお店は、ヴレイズには向かなかったかな……」と、ワインを飲み、ふっと息を吐く。
「まぁ、胃袋もそうなんだけど……」と、フレインの肩の向こう側で同じくコース料理を楽しむヴァークに目をやる。
実際には、彼の視線が気になり過ぎて、まともに食事を楽しめなかったのが本音であった。一応、彼は高級料理を目の前にした時の事はラスティーから教わっており、ナイフとフォークを巧みに扱う事が出来た。
「ちょっと、トイレ……」と、ヴレイズは席を立つ。
「早く戻って来てよ。次はデザートなんだからさ」
高級レストランのトイレは内装に負けず劣らず煌びやかであった。ここで用を足していいのか悩んでしまう程に清潔な為、ヴレイズが躊躇う程であった。
実際、彼は顔を洗う為にここに来ていた。
「ふぅ……食べた気がしない……それに、フレインのあの感じ……馴れないなぁ」と、彼女の褐色肌に合う薄水色のドレスを思い出す。「はぁ……」
「何のため息だ?」突然隣からヴァークが声をかける。
「うぉぅうわぁぁぁぁぁぁ!!」仰天し、後退る。
「何だ? 幽霊でも見たのか?」
「急に現れるなよ!! てぇかなんでお前までこのレストランにいるんだよ! お陰で食った気がしないよ!」イラつきの原因が眼前に現れたため、遠慮なく不満を吐き散らす。
「言っただろ? もう少し熱について勉強させて貰うってな……」
「いやでも、夕食ぐらい2人きりにさせてくれよ!!」
「2人きりがいい? つまり2人は恋人同士ってわけか?」ヴァークは表情を崩さず、淡々と問うた。
「違うけど! いや、その……うぅ…………」ヴレイズは『違う』と言い切った瞬間、心中に違和感を覚える。
「違うようには見えないがな。それに、勉強になる」と、鏡越しにヴレイズの目を見る。
「勉強に? どういう意味だ?」
「これ以上はやめておこう。引き続き、よろしく頼む。次はデザートだ。早く戻った方がいいぞ?」と、ハンカチを片手にトイレから出て行く。
「余計なお世話だ! ったく!」と、ヴレイズはもう一度顔を洗い、大きなため息を吐きた。
彼が席に戻ると同時に、デザートが運ばれてくる。ここではゲストがテーブルについていない時、料理は食べごろである適温を魔法で保たれていた。
大きな皿の上にバニラとストロベリーの2種が盛られており、その上に暖かなチョコソースがかけられていた。更に小さな葉が飾られていた。
例によって今迄の料理同様に少なかったが、ウェイターは更に何かをテーブルの横で用意していた。小さな料理セットの様なモノが置かれ、ウェイターの小さな炎魔法でフライパンを加熱し、その上でクレープを酒で味付けをし、焼き上げる。ホカホカのそれを余った皿のスペースに2枚ほど置き、最後にバターソースを掛ける。
「お召し上がりください」と、一礼して下がる。
「アイスが解ける前にクレープを焼き上げる鮮やかなお手並み」と、フレインは満足そうに口にして早速アイスを掬ってクレープに乗せて食べる。「ん~ デザート前のワインに合ういい御味!」
「うん、うまいうまい」ヴァークからの視線に味覚を奪われ、上手く味わえないヴレイズ。
「ヴレイズ……その飲む様に食べるのやめようよ」
「う、うん」
その後、食器が片づけられ、食後の酒が置かれる。小さなグラスに注がれた甘めの酒だった。
「最後に相応しいお酒だね。ちょっと物足りないけど、コース料理の〆には最高だわ」と、喉で味わうように口にするフレイン。
「あぁ、う、うまいな」と、ヴレイズはそれを一口で飲み切ってしまう。
「……ヴレイズ、なんだかずっと変だよ? どうしたの?」
「いや……」と、視線の主に目を向ける。ヴァークは食後、カウンター席に移り食後の酒を楽しみながらレストラン内で演奏するバンドの曲に耳を傾けていた。もちろん、視線は数秒に一度ヴレイズに注がれる。「くっ」
「ねぇ? その服がそんなに気に入らない? それともあたしのドレス?」
「いや、フレインのその恰好はとても綺麗だよ。うん」と、緊張を通り越してさらりと口にする。
「きれい? うん、綺麗かぁ」と、フレインは頬を赤くして俯き、微笑む。
「……あ、いや……うん。普段は何だか野性的で色気の無い感じだけどさ、その恰好にこの雰囲気も相まって……まるでお姫様を相手している気分だよ。だから、緊張するのかな……」
「緊張させて悪かったね。でも、なんだろ……褒めてくれてありがとう」
「なんかいつもよりも素直だな」
「そうだね。今日は色々だったからね。戦ったり着飾ったりいつもと違う夕飯だったり……ねぇヴレイズ」
「なんだ?」
「今日の戦いの決勝……本当に本気だった?」フレインは普段より殺気を感じさせない眼差しでヴレイズを見つめながら問うた。いつもの彼女は殺気全開で睨み、「真実を言わなきゃ殺す」という勢いだった。
「……いいや」ヴレイズはつい本音を口にする。
「やっぱりか……本気を出してくれるって約束だったのに、酷いよ。ま、いけないのは、あたしだよね。ヴレイズが本気を出すには役不足過ぎるもんね」
「そんな事は、いや……うん」と、気落ちした様に返答する。
「でも、最近はあたしが強くなるより、ヴレイズが強くなる方が嬉しかったりするんだよね……一緒に修行しているあたしも鼻が高いって言うのかな? もちろん、あたしも強くなるけど……ヴレイズが強くなって腹が立つことがなくなったかな」
「そうか?」
「うん……でさ、相談があるんだけどいい?」
「な、なんだ?」鼓動が撥ね、目をパチクリさせるヴレイズ。
「このままさ、ヴェリディクトを倒しに行かない?」
この言葉にヴレイズは更に鼓動を跳ね上げ、勢いよく咳き込む。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない……その相談は大丈夫じゃない……」ヴレイズは目を押さえ、落ち着ける様に水を一気に飲み干した。
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