67.フレイン・ドレスアップ

 ヴレイズとヴァークは近場のカフェへと入り、向かい合って席に着く。

「さっきまで、ここでずっと本を読んでいた」ヴァークは目の前に置かれた紅茶に砂糖を入れ、スプーンでかき混ぜる。

「で、何の用ですか?」好奇心だけで付いてきたヴレイズは急かす様に口にし、紅茶をストレートで啜る。

「……なぜ、あんなにも熱の籠った戦いが出来るのかと思って……それを聞きたい」ヴァークは静かに口にし、カップに口を付ける。

「熱の籠った? どういう意味だ?」ヴレイズは聞き慣れない言葉に首を傾げる。

「俺は今、己の中の熱を育むために旅をしている。ある人に、己の中の熱に従って戦えと言われた……が、それがよく分からない。が、貴方の戦いを見てその答えが貴方たちの中にあると感じた……」

「ねつ……熱ねぇ……俺たちはただ、いつも通り……いや、今日はいつもと違ったか」ヴレイズは自問自答しながら口にし、難しそうに唸る。

「あの戦いの中、貴方は何を想って戦っていた? それが知りたい。その為に俺は、あの大会に協力したのだ」

「……俺とフレインは旅の中でお互いに強くなる事を志している。俺らの強くなる目的は違うが……旅を始めてから1年と少しか……あれから比べようもなく実力をつけたから、その確認のための戦いだった」と、己の拳を見つめる。

「強くなる目的とは?」

「フレインは……いまは純粋に自分の力を高める為……そして俺は、仲間を守る力を蓄える為……かな」ヴレイズは自分の中で目的を確かめるかのように口にする。

「仲間の為……か。やはり重要なのは『仲間』か」ヴァークは重たそうにため息を吐き、口をへの字に曲げる。

「どうかしたのか?」

「俺には仲間と呼べる者はいない。ずっと、ひとりだった」と、また一口紅茶を啜り、息を吐く。「そんな仲間と何を志す?」

「……魔王討伐だ」

「魔王か……」今度は難しそうに唸る。「実に羨ましい」

「あんたも相当に強そうだが、一体何者なんだ?」ヴレイズの目には、ヴァークは自分よりも数段上の実力者に見えていた。

「俺は元々、魔王軍の黒勇隊に属していた。といっても、半年程度だがな」

「黒勇隊?!」ヴレイズは仰天し、椅子に座ったまま身構える。

「もう抜けて、今や目的は魔王討伐だがな……」

「なんだ……」ホッとした様に胸を撫で下ろすが、構えは解かずに厳しい目を向ける。

「やはり黒勇隊は他の国では嫌われ者か……」

「あぁ……何度か交戦したし、俺の仲間の村を焼き払った連中だからな。良くは思わないな」と、ヴァークの目を睨み付ける。

 しばらく気まずい沈黙が流れたまま、2人は無言になる。互いに紅茶を啜りながら、互いの動作を睨み合う。

 時折、ヴレイズの姿を見てサインと握手をせがむものが現れ、彼は快く対応したが、ヴァークとの空気が変わる事は無かった。

「あんた、妙な雰囲気をしているが、属性は何だ?」ヴレイズは当初の疑問を投げかける。

「闇だ」

「闇? あんた、魔王の息子か何かか?」ヴレイズも『この世界にいる闇使いは魔王とその息子、娘のみ』だと言う事は知っていた。

「そこの所の真相はわからない……だが、俺が誰であれ、魔王を倒すという目的は変わらない」

「……ま、それならそれでいいか……そういえば、ずっと一人でいると言ったが……」と、ヴレイズはラスティー率いる討魔団について説明する。彼自身、どこに団が居を構えているのかは知らないが、自分の名前を出せば仲間に加えてくれるだろう、と語る。

「俺を信用するのか?」

「俺も長い間旅をしているが……わかるんだ」と、瞳の奥の炎魔法を強調する。彼は相手の体温で嘘を見破る術を身に付けていた。

「炎使いに関する書籍を読んだが、そんな術は記されていなかったな」と、ヴァークは立ち上がり、テーブルにヴレイズの分も含む紅茶代を置く。

「行くのか?」

「いや、もう少しだけ熱について勉強させて貰おう」ヴァークは笑みを覗かせ、そのまま店を出る。

「……変な奴だ……闇使いかぁ……得体の知れない」と、ヴレイズも腰を上げ、レストランへと向かった。



 約束の時間に到着し、しばらく待ちぼうけを喰らうヴレイズ。

「あいつ遅いなぁ……」更に10分待ち、訝し気な表情で街中を見回す。

 すると、眼前から見慣れない褐色美女がゆっくりと歩いて来る。その者はシックなドレスに身を包み、薄化粧をしていた。控えめ且つ印象深い香水の匂いがヴレイズの鼻をくすぐる。

 そんな彼女はヴレイズの眼前に立ち、にんまりと笑った。

「……どなたです?」


「あたしだよ!!」


 その美女はフレインだった。

「え? えぇ? えぇぇぇ!?」彼は目を真ん丸にして擦り、足元から顔まで眺める。

「てかヴレイズ! スーツはどうした! こういう店はドレスコードが基本でしょうが!」

「どれすこーど? えぇ!? 俺もドレス着るのぉ?! やだぁ!」

「バカ!! 紳士はスーツ、淑女はドレスって決まっているでしょうが!! ま、そんな事はお見通しだけどね!」と、手にした袋を彼に押し付ける。

「ナニコレ……」

「あんたのスーツだよ! サイズはバッチリだから、そこの建物の裏で着替えてきて!」

 ヴレイズはその場で袋の中にあるシャツとジャケット、ネクタイを取り出して更に表情を歪める。

「ど、どうやって着るの?」

 その言葉にフレインは呆れた様に顔を押さえ、今年一番の深い溜息を吐く。

「着せて欲しいの?」

「いや、そこまでは言わないが……手伝ってくれるか?」

「情けないなぁ……」



 悪戦苦闘して更に30分後、ようやく2人はレストランの席に着いた。内装はまるで城の舞踏会場であり、豪華なテーブルクロスに敷かれたテーブルに細かい装飾を施された椅子、煌びやかなシャンデリアが飾られていた。店内はほんのりと焼きたてのパンが香り、食欲をそそった。

「こんな店は初めてだな……グレイスタンの城で飯食った時の事を思い出すな」と、周囲のテーブルを興味深そうに見回す。

「田舎者みたいだからキョロキョロしない……」

「フレインは馴れているのか?」と、まるで別人を観る様な目を向ける。

「父さんに連れられて、いい店に何度か連れて行ってもらったし、お城のパーティーや王との会食を何度かやったからね」

「流石、賢者の娘だ。あっと、ごめん」つい口から出てしまい、反射的に謝るヴレイズ。

「いいえ、どういたしまして。そこの所は恥を掻くわけにはいかないからね。賢者の娘として」と、メニューを手にとり、上品にウェイターを呼ぶ。

 それから彼女は滑らかな口調でシェフお得意料理コースをヴレイズの分も頼み、更にシャンパンも注文する。

「シャンパンか……」ヴレイズは興味深そうにと頷く。

「祝いの酒よ。優勝者と、準優勝者としてね。絶対に美味しいから楽しみにしていてね」

「そりゃあいい……な……」と、フレインの遥か後ろの席に座る者を見て驚愕する。

 なんとその席にはヴァークが座っていた。いつの間に用意したのか既に持っていたのか、高価そうなスーツを身に纏い、白ワイン片手にオードブルを楽しんでいた。

 ヴレイズの視線に気が付いたのか、彼と目を合わせ、ワイングラスを掲げてニヤリと笑う。

「あ、あいつ……! あいつ!」先ほどの『勉強させて貰う』という言葉が頭の中で木霊し、軽く混乱する。

「あいつぅ? 誰?」と、振り返る。フレインはヴァークの顔もあまり覚えていなかったので、何も気が付かなかった。

「べ、別に……ちょっと、慣れない場所だから緊張して……ははは」ヴレイズは置かれたミネラルウォーターを一気飲みし、深くため息を吐く。

「……ま、無理もないか」

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