71.効果は抜群!

 ヴレイズが獲得したナイフには封魔の呪術が刻印されていた。その封魔術とは500年以上も昔の『古の呪術』であった。

 ナイフと共にこの呪術の伝説ともとれる文書が同封されていた。

 ひとりの魔術師でもない青年が、大魔導士をナイフの一刺しのもと打倒すというものであった。

 因みに、この封魔の呪術は『賢者殺し』と呼ばれる程に強力な代物であった。

「このナイフ、そんなに強力なの?」宿へ戻ったフレインはナイフ片手に小首を傾げる。

「らしい。確かにナイフには俺でもチンプンカンプンな呪術が書き込まれているな」

「でも、本物なのかな? まぁ、あの大会だからきっと本物なんだろうけどさ」

 ヴレイズ達の参加した大会では、毎回優勝賞品は呪術に関する何かしらの武具であった。その殆どはインテリアに使えるほどの装飾を施されていたが、同時に見た目に劣らない性能だった。


「試してみない?」


「試す?」と、ヴレイズは眉を顰める。

「うん。ねぇヴレイズ、指出して」フレインはナイフ片手に手招き猫の様な声を出す。

「指? ……俺で試す気か?! 嫌だよ、ふざけんな!!」ヴレイズは大切そうに人差し指を抱えながら3歩後退る。

「大丈夫ダイジョウブ、指先をちっとだけ切って様子を見たいだけだから」フレインは好奇心の目を輝かせる。

「だったら自分の身体で試せよ!!」

「だってあたしはクラス3じゃん? ヴレイズのクラス4の身体がどう変わるのか見たいの! 悪い?」と、目つきを尖らせるフレイン。

「……それでも……普通、俺で試すか?」

「何? 怖いの?」フレインは更に挑発する様に口にする。

 その言葉が癇に障ったのか、ヴレイズは何も言わずナイフを奪い取り、自分の左手指先にチクリと刺す。途端に黒い靄が左手から身体全身に奔る。

 すると、彼自慢のフレイムフィストがふっと消え、身体全身から力が抜け落ちる。

「お、お、お、おぉ……ちょっと待て、これハンパない……」ヴレイズはガクリと項垂れ、地面に倒れ伏す。

「うわぉ! こりゃすごい!」フレインは腕を組んでマジマジとヴレイズを観察する。

 ヴレイズは床に倒れ伏したまま動かず、しばらくしてやっとの思いで上体を起こす。身体に集中する為か、口を結んだまま準備運動の様に腕や足を回し、ゆっくりと立ち上がる。

「具合はどう?」

「……いや、いつまで封じられたままなんだ? 氷帝の時みたいに魔力の流れが完全にストップしているんだが?」と、胸に手を置く。

「まさか、ちっと切りつけただけで永久封印出来るの? 嘘でしょ?」と、短刀を箱の中へ納める。

「いや、そんな事は無いと思う。思うが……ま、一晩寝れば大丈夫だろ」

「ならいいんだけどさ……」



「うそだろ……」予想は裏切られ、ヴレイズの魔力は封じられたままであった。

「本当に? 半端ないね、このナイフ」と、フレインは苦み走った複雑な表情を向ける。

「時間式でいずれ解けるモノだと思ったんだが……ちょっと待てよ」と、ヴレイズは指先の切傷を注意深く観察する。傷口は黒く染まり、何か細かく文字の様なモノが流動していた。「何だか不気味なモノが張り付いてるなぁ……」

「大丈夫なの?」

「いい勉強になりそうだよ」

「ふぅん……ねぇその前にさ。お願いがあるんだけど……」

「何だよ。昨日、そのお願いをきいて、こんな目に遭ってるんだろうが」ヴレイズは不機嫌な目付きと声を向ける。

 するとフレインは封魔の短刀を箱から出し、なんと自分の指先を切り付ける。

「おまっ!! 何やってるんだよ!!」ヴレイズは短刀を取り上げて箱へ戻す。

 フレインは額に血管を浮き上がらせ、鼻息を荒げて倒れない様に我慢するも、結局は床に倒れてしまう。

「魔力抜きの実力なら、あたしとヴレイズ……どっちが強いか試せるいい機会じゃない?」

「バカ野郎!! この封魔術が解けなかったらどうするつもりだよ!!」

「そこはヴレイズがどうにかするって信じてるよ」と、力の入らない身体を無理やり立たせ、首を思い切り振る。「う~、変な感じ……」

「この甘えん坊め」と、ヴレイズは身体に巡る呪術についての特徴と、自分が持つ書物と照らし合わせる。

 この呪術には2つの特徴があった。

 ひとつは切り傷に呪文がへばり付く事。

 ふたつはそこを始まりとして体中、毒の様に駆け巡る事。

 それらの特徴は呪術書に書かれており、服毒式呪術というタイプであった。シンプル故に強力であり、呪術を解くにはそれなりの技術を要した。

 解く方法はまた2種類あり『適切な解法を使う』か『呪術が薄まるのを待つ』しかなかった。

「てぇことは……待つしかないのかな?」と、頭上に?マークをいくつも浮かべながら首を捻るヴレイズ。

「適切な解法ってのはどうなの?」フレインは聞いたままの質問をする。

「今の俺ではそんな技術はないかな……てか、どんだけ強力な呪術なんだ? 指先をちっと切っただけでコレって……」

「じゃあ、この短刀を腹にでも深々と刺せば!」フレインは両手の拳を握りながら口にする。

「まぁ、全ての魔法循環がストップするくらいだから……賢者でもただじゃ済まないだろうな」

「じゃあ、ヴェリディクトでも……」

「……刺せれば、の話だがな」

「でさ、どう? 互いに魔法魔力無しで勝負ってのは? ねぇ?」と、フレインは両手の指を鳴らしながら口にする。

「……俺はもう少し呪術の解法に関する勉強をしたいんだが……呪術には角度だけじゃなく、深度や長さもあるからそこの所を……」

「いいから、そんな事はいつでも出来るでしょ?」

「んもぅ……強引だなぁ……」



 その後、2人は魔力無し、互いの体術と技術だけの試合をした。ヴレイズは片腕であり、魔力の全く使わない戦いは久々であった為か、フレインが3連勝した。

「どうだ! やっぱり素の戦闘力はあたしの方が上だぁ!!」フレインは炎牙龍拳という基礎技術と応用戦術、更に今迄の知識を生かした我流も混ざっており、魔術はあくまで補助的な使い方をしていた。故に、その点ではヴレイズに勝っていた。

 逆にヴレイズは体術よりも魔力の練りや循環、クラス4に覚醒してからは更に魔術を主体にした戦い方に傾いていた。故に体術はフレインよりも頭ひとつほど未熟であった。おまけに自慢の右腕は無く、魔力が無ければフレイムフィストが使えない為、戦闘力は大幅に欠けていた。

「ぬ……普通に悔しいな……」そこまでフレインの大技は喰らっていないが、3連敗したのがショックだったのか、項垂れていた。

「悔しかったらもっと強くなりなさい! …………なんか虚しいな」と、フレインも少し渋い顔でため息を吐く。

 その後、2人の封魔状態は3日も続いた。「ウソでしょう?!」



 封魔効果がやっと収まり、瞳に火の灯った2人は全身に魔力を巡らせる。萎んだ筋肉が膨らみ、失せていた気力が戻る。

「ふぅ……そのうち抜けるのはわかっていたが……長かったな……我慢していた言葉を言っていいか?」ヴレイズはフレインの目を見て口にする。

「何?」

「もう2度と、俺に、『怖いの?』とか言って挑発するんじゃねぇ!」

「はい……でさ、この短刀の効き目が解ったところでどう? ヴェリディクト討伐に行かない?」

「その話かぁ……」ヴレイズは参ったように頭を掻き、ため息を吐く。

「どうなの? あたしはひとりでも行くよ? 勝ち目はあるんだからさ!!」フレインはいつも以上に真剣な眼差しでヴレイズの目を見て腹の底から声を出す。

「……わかった、やろう!」ヴレイズもそれに応えた。

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