65.ヴレイズVSフレイン 前篇

 フレインはここ2年間で練り上げた独自の構えをとり、魔力を高める。腹の底から立ち上る熱を全身に巡らせ、熱い息を吐き出す。

 彼女の放つ熱で武舞台全体の空間が蜃気楼の様に歪み、観客席まで熱さが届く。

 彼女の周囲は常人が近づけぬ程の灼熱地獄と化していたが、その熱の中央にいるフレインの瞳は涼やかであった。

「2年前から思い返すと、変わったな……フレイン」ヴレイズは嬉しそうに呟き、構える。

 打って変わって彼は、全く熱を放たず、彼女の放つ炎を眺める。真っ赤に燃えるそれを観察しながら間合いを読む。

「……マジで本気みたいね」彼の様子を観て悟り、喉を鳴らす。

 そんな2人のやり取りは周りの観客から見て退屈なモノであった。ただ炎を回りに展開しての睨み合いが数分間続き、不満の声を漏らし始める。

 なにせ、今迄のフレインは初戦から準決勝まで目まぐるしく動き、荒れ狂う火炎鳥が如く暴れて勝ち進んでいた。この戦い方は観客ウケが良く、ファンが多かった。

 逆にヴレイズの勝ち進み方はとことん地味だった。フレイムフィストはおろか、炎を一片も見せず、対戦相手の殆どを一撃で気絶させていた。唯一準決勝で戦った使い手には高レベルな打ち合いを演じたが、結局一触れも許すことなく勝利したのだった。

 故に、フレインに対するコールが多く、ヴレイズを応援する者はごく少数であった。

「俺っていつもこうだな……ま、いいんだけどさ」複雑そうに苦笑するヴレイズ。

「なかなか動かないなぁ……よぉし!」フレインは思い切って地面を蹴り、火の玉になって彼の頭上をとる。

 ヴレイズがそれを一睨みした瞬間、火球が爆ぜ飛ぶ。その中にフレインはおらず、代わりに彼の背後から殺気が刺す。

「もらった!!」フレインは鋭く握り込んだ拳で腰骨を狙う。

 が、ヴレイズは一瞬でその場から消える。彼女は彼が眼前から消える一瞬前に悟り、拳を引いて防御態勢に移っていた。

 その瞬間、彼女の腹に左手を置いたヴレイズが炎熱衝撃波を放ち、武舞台上から吹き飛ばし、南側の壁へ素っ飛ばす。

 が、フレインは魔障壁で衝撃波を防ぎ、壁にはまるで着地する様に取り付き、ヴレイズに顔を向ける。

 彼女の眼前には既にヴレイズが攻撃態勢で立っており、拳を振るっていた。

「うぉわっ!」フレインは堪らず身を翻して避け、火炎弾で隙を潰しながら距離を取る。

 その火炎弾を掻い潜り、ヴレイズは彼女を休ませない勢いで襲い掛かり、鋭い拳の連打を見舞った。

 彼女はそれを全て冷静に受け流し、彼の両腕を掴んで攻撃を強引に止める。

「ぐっ、あたしが防戦に回るなんてね……」悔し気に奥歯を鳴らす。

「本気を出せって言ったのは、フレインだろ?」

「確かにそうだけど、まだまだ本気じゃないでしょ?」

「本気を出すには段階があるんだよ」と、右腕フレイムフィストを突如消し、彼女の腕を振りほどく。その隙の合間を縫って再び右腕赤熱拳を練り上げ、肘内を見舞う。

 その一撃が彼女の肝臓に直撃し、衝撃波が貫通する。

「ぐぶぁおぅ!!」不意の一撃に怯み、身体を丸める。今大会始まって以来の大ダメージを喰らい、彼女の膝がガクつく。

 しかし、ほんのコンマ数秒でフレインは立ち直り、一瞬で熱線を放つ。

 その貫通力の高い一撃はヴレイズの肩を掠めて飛び、客席前の魔障壁に激突した。その破壊力は凄まじく、直撃した瞬間に魔障壁はガラスの様に砕け散った。それと同時に熱線は止まり、客席への直撃は免れ、一気に観客たちが賑わった。が、観客を守る為に集められた専属の魔障壁を張る者達の半数が気絶してしまい、大会運営の者達はこの決勝試合を中止するか否かを検討し始めた。

「カウンターに熱線とは……恐れ入った」ヴレイズは頬の傷に触れ、口笛を吹く。

「こっちも本気なもんでね……」と、彼女は更に魔力を高め、武舞台が割れんばかりに地面を揺らす。彼女はそのまま己の内の暴龍を解き放つ勢いで魔力循環を高速化させ、瞳の奥を白熱させる。「今度こそ、絶対に勝つ!!」



 大会が行われる会場の周りはお祭り騒ぎが広がっており、戦いに興味の無いものも集まり、出店の食品に舌鼓を打ちながら酒を呑み、世間話に花を咲かせていた。

また、賭博に興じる者も多くおり、大金を握りしめて大勢が騒いでいた。因みに8対2の割合でフレインのオッズが上であった。

 そんな中、町中の物陰の影から1人のロングコートを羽織った青年がにゅっと現れる。その者は元黒勇隊7番隊隊長のヴァークであった。

「祭りか……」と、雑多の中へ足を踏み入れ、周囲を観察する。

 はしゃぐ市民たちは彼に歩み寄り、「お兄さんどこから来たの?」「これ美味いぞ?」「どっちが勝つと思うね?」と、思い思いの声を投げかけた。

「どっちが勝つ?」ヴァークは首を傾げ、いつの間にか手渡されたグラスの中身を飲み干し、騒ぎの中心へと向かう。

 そこはより一層歓声が大きく、中央で轟音が鳴り響く度に喜びの声が上がる。

「なるほど、試合が行われているのか……」と、轟音に耳を澄ませ、どんな使い手同士が戦っているのかを予想し、口元を緩める。

「炎使いか……それもかなりハイレベル……黒勇隊にはこんな強いのはいないな」と、彼はトーナメント会場の物陰へと向かい、影へとするりと入って行く。

 次に彼が姿を現したのは、ヴレイズとフレインが戦っているのが見える北側通路だった。ヴァークは腕を組んで彼らの戦いを瞳の中へ入れ、片眉を上げる。

「これが、熱か……」エリックからの助言がまだ心中に残っているのか、彼は腕を組んで2人の戦いを観察した。



 フレインは腹の底から声を上げ、魔力と火炎を全身から火山噴火の様に吹き上がらせる。観客席からはまさに武舞台が噴火した様に見え、逃げ出す物まで現れた。

「ヴレイズ……これで終わらせる!」この言葉を合図にフレインは瞳を消し飛ばし、眼球を真っ赤な炎色に染め上げる。それはヴレイズに見せるのは初めてである、『禁じ手・暴龍宿し』であった。

 ただ、過去に死にかける程の暴走を見せた技ではなく、彼女自身で上手く制御させつつある、自己流の技であり、暴龍を乗りこなしつつあった。

「こりゃあ、余裕ではいられないか……」と、ヴレイズはここに来て初めて魔力を込める動作を見せ、気合を入れる様に声を上げる。

 地面を蹴った瞬間、2人の間合いが潰れて拳がぶつかり合う。

 すると、フレインの拳がヴレイズのフレイムフィストと激突し、彼の火炎拳を破壊する。

「んな!!」力を見誤ったのか、狼狽するヴレイズ。

その隙を突くようにフレインは拳の乱打でヴレイズの上半身を滅多打ちにし、向かい側の壁へと素っ飛ばす。

 ヴレイズが壁に激突する前にフレインは彼の背後に回り込み、回し蹴りで背中を蹴り抜く。また彼は上空へと飛ばされる。

 更にフレインは彼を追うように跳び、両手を組み、今度は地面へ叩き付ける様に彼を殴りつける。ダメ押しに彼女は口を開き、極太の破壊熱線を吐き出す。

 ヴレイズが武舞台に叩き付けられた瞬間、熱線が直撃する。それと同時に大爆発を引き起こし、観客席に熱風が吹き荒れる。帽子や上着だけでなく、椅子や観客までも飛ばす勢いの衝撃波が吹き荒れ、もはや観戦どころではなかった。

 砂塵がもうもうと立ち上り、武舞台は皹どころか大穴が開き、飛び散った瓦礫が街の外まで飛んでいた。

 フレインは熱の籠った息を荒く呼吸しながら南の方角へと降り立ち、目を凝らす。

煙が晴れると、そこには身体の土埃を払うヴレイズが立っていた。

「痛ぇなぁ……そこまで容赦なくやらなくていいじゃないか」と、殴られた個所を摩りながら表情を歪める。口血を拭って口内の違和感を吐き出し、首を振る。

「……効いてない、のかな?」瞳は白熱し、魔力は荒れ狂っていたが、正気を保ったフレインが歯痒そうに口にする。

「いや、痛いって言ったじゃん。効いているし、驚いているよ……でも、お前のその魔力……まるで不安定なクラス3.5って感じだな。そのままだと、身体や魔石に負担がかかるぞ?」

「こうでもしないと……ね」

「じゃあ、ちょっと卑怯な事をさせて貰うぞ」と、ヴレイズは一気に間合いを詰めて彼女の頭をむんずと掴む。

「な!」虚を突かれ、慌てて引き剥がそうとするフレイン。

 その前に、彼は彼女の中の暴走した魔力の流れに介入し、コントロールする。

 すると、彼女の中の暴龍が大人しくなり、火が消える。

「あっ……この! 卑怯だぞ!!」

「俺と君のお父さん、ガイゼルさんと初めて会った時もこんな感じだったっけな……俺の暴走をこうやって止めてくれたっけ……」と、彼女から手を離す。

「そうだったね……じゃなくて! 勝手な事をするなぁ!!」

「で? まだやるか?」ヴレイズは勝利宣言でもした気な表情で問いかける。

 そんな彼の頬にフレインの堅い拳が深々とめり込む。

「もちろん! まだやる!!」

「まじか……」

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