64.危機に飛び込んでいく者達

 その日の夜、アリシア達の乗る貨物船は緊張が解けた様に警戒を解除し、酒盛りを始めていた。船員たちは皆、彼女らだけでなくスカーレットとニックの雄姿を褒め称えながら歌い、笑い、酒に酔った。

「さりげなく軍艦と海賊の板挟み状態の航海だったもんな。そりゃ緊張も解けるわ」と、ケビンはマイペースに酒を呑みながらアリシアの様子を診る。

 彼女は酒盛りどころではなく、ここ数日間我慢した分、船酔いの症状が跳ね返っていた。

「うぅぅぅぅ……無理しすぎたぁ……」と、血の気の引いた顔色で目玉をひっくり返し、不満そうな獣の様に唸る。

「そんなに船酔いに弱いなら、船酔い防止魔法とか研究すればいいんじゃないか?」ケビンが何気なく口にすると、アリシアは彼の胸倉をむんずと掴んで引き寄せる。

「それはもう最初の方でやったよ! けど光魔法や呪術じゃあ、コレだけはどうしようもないの! 呪術による身体緊縛、洗脳、幻覚などの異常を打ち払う魔法は一通り覚えたし、回復魔法も解毒も……でも、船酔いだけはどうしてもダメなの! 気軽に言わないで!」息つく間もなく早口で怒鳴り、再び弱ったように船の外に顔を向ける。

「そりゃあ、悪かった……」ケビンは眉を上げ下げしながら苦笑し、酒を呷る。

 そんな彼の視線の先で、スカーレットとニックが飲み比べをしていた。2人とも既に2樽ほど飲み干しており、船員たちから蟒蛇の化け物と呼ばれていた。

「うっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! 久々にキタキタァァァァァァァァ!」いい具合に幻覚を見始めたニックはフラフラの足取りでその場に座る。

「だぁかぁらぁ! あんたはおしゃけをのんじゃいけないの! おしゃけはすばらしいひとを、とんでもないくずやろーにする、いけないのみものなんだからぁ……だからぁ、わたしがぜんぶのんでやるっ!!!」と、スカーレットはニックの脇にある樽の中にジョッキを入れては一気に飲み干す。

「今の俺はクズ野郎か? ん?」

「まだくずじゃない」

「じゃあ、まだ飲むぞぉ!!」と、彼もまた樽の中にジョッキを入れて飲む。

「あの2人、明日はヤバそうだな……」ニックは呆れた様に口にする。

「あたし、もう寝るぅ……」アリシアは疲れた様な千鳥足で船室へと向かった。



 次の日、酒に溺れた2人に待っていたのは地獄であった。

 ニックもスカーレットも頭の中の剃刀の様な痛みに苦しみ、胃の奥から来る耐え難い熱に喘いでいた。

「ちょーしに乗り過ぎた……」ニックは馴れた様な口調で後悔する。

「ぜ、全身が……わ、割れるぅぅぅぅぅぅ……」スカーレットは目を剥きながらベッドの上でもがき苦しみ、時折稲妻をのたくらせる。

「あ~あ……ま、自業自得だな。こりゃ三日酔いだな」と、ニックはため息交じりに布巾を水に浸して絞り、彼らに手渡す。

「ヴレイズがいればなぁ……こんな二日酔い、一瞬で治してくれるのに……」

「あいつってそんな技も持っているのか? あぁ……ヴレイズなら出来るな、うん」ニックは彼の事を思い出し、納得した様に頷く。

 そんな酔い地獄へアリシアが現れる。今は船酔いがマシになったのか、肌に艶が戻っていた。

「なぁアリシアさん……あんたも二日酔いを治す魔法は使えないであろうか??」縋る様に口にし、頭の中の激痛に表情を歪ませる。

 スカーレットは助けを乞う余裕もないのか、ベッドの上でただひたすらにもがいていた。

「そんな都合のいい魔法は……いや、要するに解毒か……」と、アリシアは部屋に置いた鞄の中からシルベウスから借りた書物を取り出し、ヒールウォーターを用意する。

 その魔法水の中へ前もって煎じた薬草を入れ、光の粒を加える。しばらく振ると、緑色に発光を始める。それをコップへ注ぎ、ニックに差し出す。

「試しにどうぞ」

「試しって……まぁ、頼るけどさぁ」と、ニックはそれを躊躇なく飲み下し、咳き込む。「まじぃ……」と、舌を出す。

 アリシアはニックの様子をじっと観察し、小首を傾げて唸る。

「どう? 効いたかな?」

「……ん、まだフラフラするけど、痛みはマシになった。うん、徐々に効くって感じだな」

「そっか」と、アリシアはもうひとつのコップに光の粒をもうひとつ垂らす。

「あ、やっぱ俺で実験したな!!」

「だって、初めてなんだもん。二日酔い覚まし魔法なんて」と、スカーレットを抱き起し、回復水をゆっくりと飲ませる。

 途端に彼女はもがくのを止め、穏やかな表情で寝息を立てはじめる。

「これで安心か……羨ましい」薬が効いて嬉しく思うが、自分の船酔いに効く特効薬が無いため、悲しくも思うアリシア。

「流石はヴレイズ自慢の仲間だな。予想以上に頼りになるなぁ~ 出来ればその薬、一箱ぐらいくれないか?」

「薬草の方はそんなにないよ。それより、ヴレイズは今どこにいるのかな?」

「東大陸のランプルって国の港で降ろした。フレインが言うには、そこで格闘トーナメントが行われるんだと。今頃、多分出場しているんじゃないかな?」

「へぇ~ でも、あたしらの向かう場所とは関係ないからなぁ……ね?」と、ケビンの方を見る。

「寄ってもいいが……いや、あの2人がいれば心強い気がする……が、巻き込みたくないな……」

「お前らの目的地は?」ニックが問うと、ケビンは物悲しそうにため息を吐く。


「オヤジに会いに行くんだ。出来れば、アリシアさんも巻き込みたくないが、どうしても来るって聞かないしなぁ」


「まだそんな事を言うの? 水臭いなぁ~」と、アリシアは彼の横に座る。

「で、その親父も吸血鬼なのか?」ニックは頭に乗せた布巾を退かしながら問う。

「あぁ……いや、もう吸血鬼である事も捨てて別の化け物になっているかもな……」と、遠くを見る様な目で窓の外を眺める。

「……ヴレイズ達もそうだったが、何でそういうとんでもない所へ行こうとするんだ? お前らは……」



 トコロ変わって東大陸北側海岸沿いの国、ランプル。

 この国の首都では、年に1回、格闘トーナメント大会が行われていた。それはパレリアのコロシアムとは違い、腕に覚えのある達人同士が正々堂々と雄を競う大会であった。

 大会のレベルは東大陸の中でも一番であり、大陸中の達人たちが集結していた。殆どのモノが魔力循環での身体能力強化や、動体視力、視力などを鋭敏化させることが出来き、更にはクラス4の者も混じっていた。

 優勝賞金は10万ゼルと秘密の商品であった。更にこの大会で優勝したというステータスが付いてきた。

 そんな大会は既に行われ、御昼時が過ぎる頃、決勝戦が目前に迫っていた。

 客席は立ち見から外で立ち聞きする者まで現れる程に満席になり、熱気が溢れていた。闘技場は金がかかっており、武舞台はクラス4同士が暴れても壊れない程頑丈であり、客席に衝撃波や魔法が降りかからない様に魔障壁が展開されており、安全面が保障されていた。

 決勝が始まる前に、大会運営の委員長が武舞台のど真ん中に立ち、挨拶する。観客たちはそれには耳を貸さず、決勝に残った者のどちらが勝つかと、純粋に想像し、盛り上がっていた。

 挨拶が終わると、西の方角から褐色肌の炎戦士が現れる。

「これより、決勝戦を開始します! 西より、炎の賢者のご息女! フレイン・ボルコン!!」

「その呼び名はやめてってば……」と、軽やかに跳躍し、武舞台へと降り立つ。

「東より、隻腕の炎使い! サンサ族の生き残り! ヴレイズ・ドゥ・サンサ!!」

「さて、やるか」と、ヴレイズは全身に炎を纏い、東の通路の奥より一瞬で現れ、いつの間にかフレインの真正面に立った。

「約束だよね? 守ってくれるよね?」フレインは腕を組んで胸を聳やかしながら口にした。

「あぁ、もちろんだ。油断しないでくれよ?」

「ヴレイズと本気でやり合うなんて、2年ぶりくらいかな? 初めて会った日だよね? あれは……あの日も中々本気を出してくれなくて」

「アレは俺のせいだが、半ば事故みたいになったからな……」彼らが初めて会った日、ヴレイズはクラス3・5の力を暴走させてしまい、試合は中断されてしまったのであった。それ以降、ヴレイズはフレインと試合をする時、毎度手加減をしながらあしらう様に勝利していた。

 フレインにはそれが面白くなく、それでも大きな目標だと奮起し、今迄研鑽を詰んできたのであった。

「さぁ! いくよ!!」

 フレインの掛け声と共に銅鑼の音が鳴り響く。

 その瞬間、ヴレイズはこの大会では見せなかった右腕フレイムフィストを生やし、赤熱拳を構えた。

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