63.酔っ払い連中と船酔いさん

 貨物船より数キロ南側には、下心丸出しで付きまとう海賊船団があった。この船団は旗船を中心に風使いの乗る小型船が防衛していた。

 それらは皆、命令ひとつで猛獣の様に襲い掛かり、取り付き、強奪と殺戮を演じる獣たちであった。

 そんな海賊船船長は望遠鏡を覗きながらニヤニヤと笑っていた。

「今夜だ。月夜のみ照らす深夜に襲うぞ! 俺の見立てでは碌な用心棒を乗せてないと見える。甘いな、この海域を航海するには甘すぎるぞ!」

 この西大陸と東大陸の間の南方大海原は海賊たちが幅を利かす海域であり、貨物船や商業船がおいそれと航海できる海ではなかった。最低でも用心棒一団を乗せた船が随伴していなければ無事通るのは至難の業であった。

 北側の魔王海軍が幅を利かす海域を航海していても、このように隙を見て襲い掛かる海賊も多くいた。

「よし、今から飯を食い、深夜に備えるぞ! 各船に伝えろぉ!」船長が大声で号令を発し、旗船の船員たちが声を合わせ、風の伝令で各小型船に船長命令を伝える。

 すると、伝令兵が首を傾げ、船長の隣まで近づく。

「船長、他の船からの返答がありません」

「なにぃ? たるんでいるぞ! 他の者どもは何をやっている?!」と、船長は船から身を乗り出し、真下にいる小型船に目を向ける。

 それと同時に稲光を帯びた何者かが飛び出し、船長は尻もつを付く。

「んなぁ?!」


「不届きな海賊共め! お前らが最後だ!!」


 髪を振り乱し、雷を唸らせ、甲板上にいる海賊たち全員に睨みを効かせる。彼女のガントレットとブーツには返り血で汚れていた。

「な……なんだ? こいつぁ……」

「海の化け物か?!」

「雷の化身かぁ?!」


「私はスカーレット・ボディヴァ!! 不届きな海賊たちに鉄槌を下ぁす!!」


 スカーレットは瞳の奥の電光を唸らせ、一瞬で近場の海賊船員の顎を蹴り飛ばす。

 それを合図に海賊たちは一斉に己の腰や背に備えていた得物を手にし、襲い掛かる。その武器のどれもが鉄製の為、スカーレットは手を掲げるだけで武装解除して海へ放り投げる。

 呆気にとられる海賊たちの隙を突き、次々に薙ぎ倒していくスカーレット。

 海賊たちは負けじと素手で襲い掛かり、彼女との乱闘が始まる。

 そんな混乱の中、目の座ったニックが甲板へ上がり、未だに倒れた船長の胸倉を掴んで引き上げる。

「な、な、なぁ?!」

「おい、てめぇが船長だな? この船に酒は積んであるよなぁ? なぁ? なぁ!!?」ニックは目を血走らせ、犬歯を剥きだしにし、今にも喰らいつきそうな表情を向ける。

「あ、あ、ありますが?」つい敬語を使ってしまう海賊船長。実際、この海賊団は南の海の半分を取り仕切る海賊大艦隊の三次船団であった。

「ありったけ貰ってくぞ!! 待ってろよ、俺のラム酒!!!」と、船長が指さす方向へ駆けて行くニック。

「な、なんなんだ?」突然の襲撃者に頭を真っ白にした船長はスカーレットの方へ顔を向ける。

 既に船員たちを全滅させた彼女は魔獣が如き顔を船長へ向け、目を見開いて一歩足を踏み出す。

「お前が最後だぁ……」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」船長が最後に見たのはスカーレットの血塗られた拳であった。



 その頃、アリシアは3隻目の戦艦の魔動エンジンを停止させる事に成功し、更に情報も収集し終わっていた。

「デストロイヤーゴーレム計画ってのが気になるなぁ……ウィルガルムが中心となっている計画らしいけど……あいつか」と、およそ2年前の苦い経験を思い出し、歯噛みする。

 ウィルガルムは魔王軍のナンバーツーであり、主に兵器開発を担当していた。時には自ら動いて反乱などを鎮圧し、更に魔王の相談役としての働きを見せる有能な男であった。

「次に会ったら……」アリシアは拳を握りしめ、心音が早まる。

「エンジンの解体完了しましたぁ~」彼女の術にかかった整備士がぼんやりとした声をかける。

「ん、お疲れ様。じゃあね」アリシアは軽やかな足取りで動力室から出て、素早く戦艦を後にする。

 魔王軍軍艦は3隻とも動力がストップし、その場で停止した。船員たちの殆どはアリシアの術にかかり、船が止まった事に気が付かず船内の捜索を続けていた。

 海上を駆け、貨物船へ戻る途中、アリシアは一瞬疑問が過り、旗艦の方へ顔を向ける。

「ん? ケビンはどこだろう? 彼の気配が……」と、禍々しいオーラのする海の方を見て、首を傾げる。

「ま、ケビンなら大丈夫だと思うけど……」と、口では言いながらもアリシアは彼の気配のする海の方へと駆けた。



「そのオーラ、ただの魔力循環でも身体能力強化術でもない様子……だが吸血鬼本来の力でもないだと……? 貴様、何者なんだ?」海中でロムは後退りする様に距離を取りながら表情を強張らせた。

「さぁね。まぁ、この力はあまり使いたくないんだ。大人しく降参しろ。無益な殺しはしたくないんだ」瞳を真っ赤に染め、全身に鋭い殺気を纏った彼は、実に説得力の無いセリフを吐いた。

「そんな殺気むんむんで言われてもな」

「まぁ、この状態は出来ればオヤジと対峙する時まで引き出す気は無かったんだがな」

「どうあれ、私は降参するつもりは無い。任務を遂行し、本国へ戻る!」と、軍刀を構え、再び彼に一太刀浴びせようと間合いを詰める。

 すると、彼らの間にアリシアが割って入る。

「もうあんたの負け。戦艦は3隻とも止めたよ」と、勝ち誇ったように指を向ける。

「なに?!」と、己の戦艦のある方へと集中する。スクリューの音は止まり、艦の魔力が消えているのを感じ取り、目を丸くする。

「それとケビン! なにその汚いオーラ! 引っ込めなさい!」と、彼の頭に光を当てる。すると、彼の禍々しいオーラが納まり、目の色が元に戻る。

「き、汚い!? 汚いだと? 確かに……そうだな、うん」ケビンは意気消沈した様に気落ちし、項垂れる。同時に思い出した様に苦しみ出し、急いで海面へと上昇して肺に溜まった海水を吐き出し、12分ぶりの空気を吸い込む。「しょっぺぇ……」

「魔動エンジンを止めただと? 一体どうやって?」

「魔法を使ってチョチョイのチョイとね」アリシアは微笑を浮かべながら指を鳴らす。

「……わからないな……お前ら2人は……たった2人に……またもや負けるのか、私は」ほんの一ヵ月前にヴレイズとフレインの2人に敗北したロムは、さらに落ち込む様にため息を吐く。が、表情は穏やかであった。

 ロムは矛を収め、海面へと上がってコートを脱ぐ。すると、海面に座り込むケビンにそれを投げつけた。

「ん? どういう風の吹き回しだ?」

「今日から私はもう艦長ではなくなった……それはもう必要ないのでな。くれてやる」

それを聞き、ケビンは早速、ロムのコートを羽織り、自慢げに笑って見せる。

「やっぱり上等なコートだ。気に入ったぜ! なぁ、替えがあればそっちも欲しいんだけど……」

「がめついな、お前……」その後、ロムは船員たちの前で艦長の座を降り、このまま南へ向かい、海賊へ転身する事を告げる。このまま本土へ帰る者と付いて来る者を募ると、他2隻の船員諸共、彼に付いていくと応えた。

 その間にケビンは艦長のコートを計5着ほど頂戴し、礼ひとつ済ませて貨物船へと戻った。



 アリシアらが貨物船へ戻ると、酔っぱらったニックとスカーレットが出迎えた。彼らは南の海賊船団を残らず潰し、酒を奪って戻ってきたのであった。

「お前ら、邪魔すんなよ? 俺はひと晩、こいつと過ごすと決めたんだからな!!」ニックは酒樽6樽を背に酒瓶を咥える。

「だぁかぁらぁ、おしゃけは飲んじゃダメっていったでしょ? 頼りになる人間が一気に役立たずになるんだからぁ……私にも飲ませろぉ!!」と、スカーレットも座った目でニックを睨み付け、酒瓶を奪い取ってラッパ飲みする。

「何なんだ? この2人?」ケビンは呆れた様な声を出しながらも、彼らの奪ってきた酒をひとつくすね、背に隠した。

「この人たちをみてると、こっちも酔いそう……てか、ヤバ……本当に酔ってきたぁ……」と、アリシアは思い出した様に顔を青くさせ、口を押える。

「さっきまでずっと戦艦に乗っていたじゃないか? 何故急に?」

「アレは乗り心地が良かったからまだマシだったの……けどこの船は……この船は、ダメ……うぇえぇ……」と、アリシアは船の外へ顔を出し、白目を剥きながら脱力した。

「……酔っ払いだらけだな……ま、俺もその中の1人になるんだけどな」と、ケビンも酒を呷り、熱い息を吐いた。

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