62.ケビンの力

 アリシアはパーツをニックに届けた後、再び魔王軍戦艦へと潜入し、偵察をしていた。船内は冷静な面持ちの船員たちが4人チームになって侵入者の捜索を行っていた。

「こりゃ簡単にはいかないか……」と、再び彼らの制服を着たアリシアは悩むような声を漏らしながら物陰に隠れる。

 しばらく考えたのち、何か腹をくくった様に頷いて、堂々と腰を上げる。彼女は隠れるのを止め、胸を張って船内を歩きだす。

「ん? 貴様、何故ひとりでいる?!」早速、捜索中の船員たちに見つかり、呼び止められる。

「あら? あたしはひとりでいいはずだよ?」アリシアは彼らの瞳の奥を睨み付け、そこに光魔法を送り込む。彼女は彼らの目を通して光の呪術を送り込み、軽い洗脳魔法を焼き付けた。

「……そうだな。君はひとりで問題ない」頭を軽く揺らし、ぼんやりとした口調で敬礼する。彼らはそのままアリシアをスルーし、捜索を再開する。

「光魔法だとバレなきゃいいよね」

 彼女は魔王軍に向かって光魔法を使うのを躊躇していた。優秀な光使いがいると魔王に知られれば、目の色を変えて彼女を探し出そうとするのは明白であった。それを切っ掛けにアリシアが生きていると知られれば、全力で彼女を殺そうと刺客を仕向け、最悪、魔王自身が襲いにくるまで、彼女は予想できた。

 今、アリシアが生きているのを知られるのは得策ではない為、彼女は偽名を使い、なるべく光魔法を使わずにここまで旅をしてきたのであった。

「やりにくいなぁ……っと」と、すれ違う船員たち片っ端から光の洗脳魔法で強引に自分の存在を受け入れさせる。

 そのまま彼女は艦長室まで堂々と入り込み、そこで机上の書類束に目を通していく。

「ふむふむ……デストロイヤーゴーレム計画、破壊の杖探索、最重要指名手配。お、フレインの名前だ。おぉう! ヴレイズだ! うわ、手配額10万ゼル! 何をしたんだ?!」と、少し寄り道をしながらも情報を収集していく。

 その後、彼女は船内下部の動力室へと向かい、大型魔動エンジンの前に立つ。

「これをどうにかすれば、追跡できなくなるわけだよね?」と、近くの大型スパナを拾って殴りつける。

 だが、エンジンは頑丈なためビクともせず、彼女の手が痺れるだけだった。

「くぅ~ むず痒い! どうやって壊せばいいのな?」と、腕を組んで唸る。

 すると、近場にいた整備士が現れて彼女の肩を叩く。

「おいお前! 何を乱暴にやっているんだ!」

「お、丁度よかった!」と、アリシアは早速、彼に光の洗脳魔法を仕掛ける。他の船員よりも強めの呪術を施し、耳元まで口を近づける。

「このエンジン、丁寧に解体してくれる?」

「……ふぁい……」眠たげな声を漏らし、整備士は近場の工具箱を開き、工具を両手に魔動エンジンを解体していった。

「よぉし、その調子で頼むよ~」



 その頃、ケビンは海中でロムと互角の戦いを続けていた。

 ケビンはやり辛そうに大剣を振るい、ロムの軍刀を防ぐ。両腕両足は斬り裂かれ、血が海に溶けていく。

 ロムは肝心の急所を思うように突く事が出来ず、歯噛みしていた。

「動き辛そうだが……何故攻めきれん?」数メートル程引き、唸る。

「キャリア数百年を舐めんなよ?」5分経ち、彼の活動限界が近づく。動きは最小限に抑えている為、体内の空気にはまだ余裕があったが、それでも残り5分であった。

「そんな貴様を殺せるとは、名誉な事だ!」と、魔力を込め、海流に乗って高速で斬りかかる。

「お前じゃ無理だ……」少し物寂しそうに応えながら彼の剣を受け止める。



 ケビンはその昔、旅と戦いに疲れて本気で自殺を考えた事があった。

 心臓を貫き、首を撥ね、考え付くありとあらゆる手段で己を破壊しつくした。が、それでも死ぬ事は出来ず、彼を絶望させた。

 最終的には己の心臓を中心に串刺しにした後に重石で海底に沈むという手段に至り、それを実行に移した。

 この方法なら死ねずとも、永遠の眠りにつけると考え、彼は最後の淡い期待と共に自決する。

 が、いつの間にか海から生還し、いつの間にか浜辺に辿り着いていたのであった。どうやって地上へ戻ったのかは彼自身も理解できなかった。

その日から、彼は己の身体について、不死の呪いについて本格的に研究を始めた。

数十年の研究と研鑽の果て、とある呪いを自在に扱えるようになる。

それは……。

 


「で、お前は何故、俺と戦う?」ロムの剣戟を跳ね返し、問いかける。

「別に貴様を殺せずとも良い。我が艦がニックらのジェットボートを捕えるまでの時間稼ぎだ」

「確かに俺は囮だ。だが、俺の潜入した仲間を舐めるなよ? たったひとりで潜入したが、されどあの人はお前らじゃ敵わない」

「相当な自信を持っているな。面白い、お前が仲間を信じるなら、私も部下を信じる」と、軍刀を構え直し、再び刀身に竜巻状の水流を纏う。

「言っておくが、どうなっても知らないからな?」ケビンはため息の泡をコポコポと吐き出し、大剣を重々しく振り乱し、自分の周りにも水流を作り出す。

「脅しは効かん!」と、ケビンの放つ殺気を掻い潜り、懐に潜り込む。

「じゃあ、わからせなきゃな」ケビンは目を瞑り、大剣を力なく振るった。

 作り出した竜巻剣でケビンの大剣を打ち払い、心臓目掛けて突く。軍刀は見事に彼の胸を刺し貫き、更に水流竜巻が心臓の周りを抉っていく。心臓だけでなく、肺までもをズタズタに引き裂き、彼の上半身は無残に砕け、骨と臓物が散らばる。

「……貴様、ワザと? だが、何故? こんな風になってまだ生きていると?」上半身がバラバラになり果てたケビンを見て、首を傾げる。

 すると、ケビンの身体を中心に血肉が集中していき、あっという間に再生する。

 しかし、彼の肺には空気が無く、気を失った様に目を瞑り、そのまま力なく沈んでいく。

「再生はすれど、やはり海には勝てんか……そのまま沈んでいけ。さて、私は艦へ戻らねば……」と、自分の戦艦がある方向へと顔を向ける。

 すると、海の底が震え、殺気が昇ってくる。

「なに?!」狼狽するロム。殺気の中心には、目を真っ赤に光らせたケビンが急上昇していた。

 彼はそのまま高速でロムの腹を殴り抜き、後頭部に踵落としを見舞う。

「ぬぐっ!! 馬鹿な!!」吐血し、目を回しながらもケビンを睨み付ける。

 ケビンは水の抵抗が無いかの様に軽やかに身体を動かし、陸にいる時の様に高速で間合いを詰めてロムの頭をむんずと掴んだ。

「俺はな……生命の危機に瀕すると、真の力を使えるようになるんだ。この呪いは吸血鬼のそれとは少し違ってね……俺が思うに、呪いと呪いが絡み合って出来た偶然的な何かだと思う……」

「お前は……一体……」

 

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