61.ケビンVSロム艦長

「コートだと? これは艦長、否艦隊を率いる指揮官のみが着用を許された代物……貴様の様なモノにくれてやるわけにはいかんな!」ロムは瞳の奥に炎を燃え上がらせる。

「そう言われると、どうしても欲しくなるねぇ~」

しばらくコートについての問答が続くが、はっと気づいたようにロムが首を振る

「いや、コートではない。お前はあの貨物船の用心棒だそうだが……何のために我が艦に殴り込みにきたのだ?」

「知れた事だろうが、お前らが追跡するジェットボートはウチが預かっている。大人しく追撃を諦めてくれって言いに来たんだ。ついでにコートも頂く」

「しつこい奴だ。いや、はいそうですかと諦める訳にはいかん。こちらもメラニー様の命で動いている。それに、連中は我が国の賞金首でもあるからな。尚更、諦める訳にはいかん」と、一歩前に出るロム。彼には引き下がる訳にはいかない理由がもうひとつあった。

 それは、あのジェットボートを追跡開始してから彼の艦隊は散々な目に遭っていた。随伴していた駆逐艦の殆どを沈められ、与えられた期間の倍の時間を費やし、さらに追跡費用も数倍に膨れ上がっていた。

 その結果、ニックらを取り逃がした日には面目は潰れ、彼自身は職から降ろされ、艦隊は解体される事は明白であった。捕えても、本命であるフレインとブレイズはもう乗ってはいない為、それでも彼の免職処分は決定していた。

 その為、ロムは意地でも引き下がる訳にはいかなかった。

「言っておくが、この私を討ったところで我らが艦隊を止める事は出来んぞ……」ロムは軍刀を構え、ジリジリとケビンの間合いに近づく。

「だろうな。ま、お互い楽しもうぜ。あんたもそう言うの、好きだろ?」ケビンはロムの放つオーラを感じ取り、彼の性格を見切っていた。

「私の場合楽しむだけでもないがな。皆、こいつは囮だ。艦内にこいつの仲間が潜入している筈だ! 見つけ出せ!」同じく彼もケビンの思惑を見切り、号令を発する。

 それに応える様に、微動だにせず見物していた船員たちは皆、艦内へと入り、残るのは船外を見張るものだけになった。

「流石……いい器を持っているな」

「しかし、私が見たところ……貴様は吸血鬼だな? なぜ日差しを浴びても無事なのだ?」個人的な疑問をぶつけるロム。

「色々複雑でね……さ、長話はここまでにして……始めようや」

「そうだな。とっとと終わらせて早く仕事を終わらせなければ」

 次の瞬間、2人の間合いが潰れ、斬撃が激突する。火花が飛び散り、衝撃波が旗艦を中心に広がり、波が荒立つ。

「素晴らしい一撃だ。確かに、普通の吸血鬼ではないな」ロムは感心する様に口にし、頬を緩める。

「お前こそ、ただの艦長ではないな。いいコートを着ているだけあるな」口笛を吹きながら一歩引き、鼻で笑うケビン。

「貴様と戦うには、このステージでは狭すぎる……真なる決着を付けたくば、着いてこい!」と、ロムは甲板から飛び立ち、数十メートル後方の海面に着地する。

 彼はクラス3の水使いであり、緩やかな魔力循環で身体能力を強化する戦士型の使い手であった。

「本当にいい艦長さんだ。自分のペースに引きずり込み、己を囮にしてでも任務を優先させる、か……その心意気に乗ってやるよ! コートも欲しいし」ケビンは彼の誘いに敢えて乗り、跳躍してロムの眼前に降り立った。

「水使いでもないのに水面に降り立つか」

「数百年も人生歩んでいれば、このぐらいはね」ケビンは自嘲気味に口にした。

「ここは大海原だ。なんの遠慮はいらん! 存分にやり合うぞ!」ロムは再び魔力を高め、水面を蹴り、軍刀を振るった。



 その頃、貨物船の甲板上ではスカーレットが肩を怒らせながら歩き回っていた。時折、望遠鏡で右舷と左舷を確認し、苛立ったようにため息を吐き、また歩き回る。

「せわしないなぁ……じっとしてろよ」うんざりした様な声を出すニック。彼は肝心要のパーツがないとエンジンの修理が出来ないため、ぼぅっとしていた。

「あんたはそれで良くても、私は気が済まないの! やっぱり私もあの軍艦に乗り込んでぇ!」

「バカ、お前が死に急ぐ真似をすると全てが無駄になるんだよ。頼むから下手な事をしないでくれ」

「馬鹿とは何か!! 飲んだくれのあんたに言われたくはない!!」

「飲んだくれだとぉ!? だったら酒を寄越せ!! 俺はもう、ここ数ヵ月ロクに飲んでないからもう爆発しそうなんだよ!!!」

 2人は不満を爆発させながら口喧嘩を激化させる。

すると、そんな2人の間にアリシアがケースを片手に降り立つ。

「ただいま」

「ぅお! おかえり……」不意に帰ってきた彼女に驚き、怒りを忘れるニック。

「これでいいかな? 確認してくれる」と、ケースを開いて緩衝材を取り除き、パーツを彼に手渡す。

「おぅ……おう? おう!! 完璧だ! 良く揃えたな!!」予想以上に自分の欲しいモノが手に入り、仰天するニック。彼は伝えたパーツの半分でも、それも型番違いを持ってくるのを覚悟していた。

「まだ欲しければ持ってくるよ? 沢山あったからね」

「えぇ?! マジか……流石ヴレイズの信頼した仲間だな」ニックは更に驚き、お言葉に甘える様に更に欲しいモノリストを書き、彼女に手渡す。

「よし、オーケー。ケビンの援護ついでに持ってくるよ。じゃあね!」と、再びアリシアは光と共に跳躍して消え、戦艦目掛けて海面を走って行く。

「……こりゃあ負けてらんないか……」と、ケビンは早速ジェットボートへ降り、エンジンの修理を再開する。

 それに続くようにスカーレットも降りてくる。

「ちょっと、話しがあるんだけど!」

「言っておくが、これが治っても戦艦へは向かわないぞ。あいつらの行動が無駄になりかねない。それに、俺はお前の兄貴からお前の事を頼むように言われたんだ!」

「……でも、このままでいいの? 私たちはこのまま不甲斐ないままでいいの? ねぇ!」

「いいとは言えないが……」手を止めぬままに応えるニック。

「だったら、コレが治ったら……」

「言っただろ!? わからない奴だなぁ!」

「聞けって!!!! 戦艦に喧嘩は売らないよ! その代り、南でちょろちょろしている海賊連中を潰しに行こう! あいつらだってこの船にとっても脅威でしょ?」と、遥か向こうでこちら側の様子を見る様に付いて来る海賊船団を指さす。

「……わざわざこちらから喧嘩を売らなくてもいい気がするんだが……」ニックは呆れた様に口にし、アリシアから渡されたパーツをはめ込む。

「じゃあ、私たちはこのままでいいわけ? 私は嫌! フレインやヴレイズ、その仲間たちよりも強くなって、国を取り戻す! その為にも、私は!!」

「……確かに、今の俺らがそのラスティーってヤツの軍と合流しても足手まといになるかもなぁ……でもなぁ……」と、エンジンの修理を終わらせ、調整を開始する。「うっし、100パーセント治ったな」

「私たちが向かうのは南でしょ? どっちにしろと海賊が幅を利かせる海域を突破しなきゃいけないんだし……」

「でもなぁ~」と、やる気ない声を鼻から漏らす。

 それを見てスカーレットは深い溜息を吐き、苦そうな表情を彼に向ける。

「それに、海賊って酒を飲んでガハガハ笑う連中でしょ? あれだけの船団なら、ラム酒の一樽や二樽……」

 彼女が渋そうに口にした瞬間、ニックは魔動エンジンを吹かし、レバーを勢いよく倒す。操縦桿を握り、勢いよく南側へと旋回させる。


「それを早く言え!! 行くぞぉ!!!!」


「……分かり易いヤツ……」スカーレットは呆れ顔を押さえ、深くため息を吐く。その後、彼女は気持ちを切り替える為に船外へ出て、潮風に当たりながら頬を叩いた。

「よぉし!! 私の戦場はこっちだぁ!!」両籠手とブーツに魔力を漲らせ、稲光を唸らせる。



 ケビンは海上を駆け、大剣を軽々と振り回してロムの斬撃に応える。互いの斬撃が海面を斬り裂き、飛沫を弾丸の様に飛ばす。時折、高波が2人を襲うが、それをまるで布の様に斬り裂いて通り、そのまま剣戟を演じる。

「久々に楽しい戦いだ」汗ひとつ掻かずに軍刀を振るうロム。

「こちらこそ、真っ直ぐ剣でやり合える相手は久々だ」と、生き生きとした表情で振るうケビン。

「しかし、そこまで長引かせるわけにはいかん。艦をこれ以上長く空ける訳にはいかんのでな」

「言っておくが、俺はしつこいぜぇ?」

「見る限り、貴様は吸血鬼と言うよりも不死者と言った感じだな。お前の様なモノを殺す手段は限られる。だが、運の良い事に、貴様を封じる手段を私は持っている」ロムは意味ありげにニヤリと笑い、指を鳴らす。

 すると、ケビンの足元の水面が荒れ狂い、海が彼に襲い掛かり、飲み込む。彼はそのまま水中へと引き摺り込まれる。

「んぐっ……そーきたか」ケビンは息を止め、珍しく参ったように表情を曇らせた。

 彼は確かに煮ようが焼かれようが決して死ぬ事はない不死であった。が、行動不能に陥る事は多々あった。心臓を貫かれ、大木に打ち付けられたまま80年以上眠っていた様に、彼は完全無欠ではなかった。

 彼は吸血鬼ではあるが、一般人同様に窒息して気を失うこともあった。超人であるが故、10分以上は息を止めて活動は可能であったが、水中戦はあまり得意ではなかった。

 彼の表情で自分が圧倒的有利になった事を悟ったロムは得意げな表情でケビンの前まで潜る。彼は水使いの術を使える故、いくらでも水中で行動可能であり、水中戦は大得意であった。

「母なる大海原とは、生命を生み出し、育み、そして葬る。お前はこの私が葬ろう」と、ロムは空中を舞うが如く泳ぎ、軍刀に魔力を込める。

 すると、軍刀回りが渦を巻き、巨大な螺旋剣となる。それを軽々と振るい、ケビンに向かって振り下ろす。

「容赦ないね」ケビンは不器用に泳ぎながら螺旋剣の決定打を避ける。が、渦の回転に巻き込まれ、ズタズタに引き裂かれる。一気にその場が真っ赤に染まり、コートの切れ端が散らばる。

「粉微塵になれば、流石に死ぬか?」と、血の海を睨みながら笑みを漏らす。

 すると、彼の背後から上半身裸のケビンが突撃し、思い切り大剣を振るう。彼は渦の回転に斬り裂かれながらも、その勢いに身を任せて泳ぎ、高速で背後を取ったのであった。

「お陰で俺のコートが粉微塵だ! 絶対に貰うからな! お前のコート!!」

「しつこいヤツだ……絶対にやらん!!」

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