60.潜入、魔王軍戦艦!

 アリシアとケビンは甲板へと上がり、これからの事を船長と話す。彼らは一足先に魔王軍旗艦へと向かい交渉、下手をすれば戦うと口にした。

 それを聞いて慌てて船長は止めたが、アリシアは「心配ご無用」と笑顔で応える。

 更に彼女は、南側の海賊が目を光らせ舌なめずりをしているので、自分たちが戻ってくるまでもう少し北側へと舵を切る様に進言し、ニックのジェットボートへと降りる。

 ニックはエンジン部分の修理を進めており、顔を真っ黒にしていた。

「パーツが足りねぇな……予備だけじゃ治しきれねぇや」と、弱った様なため息を吐く。

「おう、ニック。何が足りないんだ?」気を使う様にケビンが顔を覗かせる。

「言ってもわからないだろうが……魔力を送り込む装置があるんだが、そのチューブやら何やらが諸々な。大きさもタイプもあるから、これはバルバロン本土の整備施設に行かないと手に入らないな……」

「戦艦には詰まれてないか? あったら取ってくるぜ?」と、今から自分らが追手の戦艦に奇襲をかける事をそれとなく説明する。

「取ってくるって!? お前、農家から果物を盗んでくるのとはワケが……あぁ……あのヴレイズの仲間だもんなぁ……また不可能を可能にしてくれるかもな」ニックは半信半疑ながらも彼らを信じて紙にパーツの型番を書いて彼に渡す。

 すると、事態を察していたスカーレットがガントレットとブーツを装備して顔を出す。


「私も行きます!」


「おいおい、お前に行かれると俺が困るんだよ! 行くな!」ニックは珍しく怒りを露わにして彼女の肩を掴む。

「でも、こんな所でジッとしてられない! 私の性格は知っているでしょう?」

「あぁ知ってるよ! フレインと同じ厄介なタイプだ!」

「で、このボートは動くの?」アリシアは操縦桿付近をマジマジと眺めながら口にする。

「魔動エンジンの性能2割程度だ。あとは風向き任せだ。ぶっちゃけ、あまり期待は出来ないな。今無茶させたら、一生手漕ぎボート以下になる」と、思い出した様に顔を拭い、水を一杯飲む。

「じゃ、しょうがないか。スカーレットはお留守番って事で」と、アリシアは彼女の肩を優しく叩き、笑顔を見せる。

「お留守番? いいえ、絶対に私も共に戦います!」

「わかった。じゃあ、南側に海賊船団が目を光らせているんだよね。もし、そいつらが襲ってきたら、撃退してね」

「いいえ、私は魔王軍と戦いたいんです! 海賊と戦うのはそちらの方でしょう!」スカーレットは耳を貸さず、鼻息を荒くさせる。

「お前があの戦艦へ行けるなら、な」ケビンは指骨と首を鳴らし、準備運動をするように足を延ばす。

「? そう言えばどうやってあの戦艦へ向かうのですか?」

「ま、ついて来れるならご自由に」アリシアも脚に魔力を纏って光らせる。

 2人は甲板へ出て、合図があったようにそのまま海へと飛ぶ。そのまま2人は海へ降り立ち、揃って高速で海面を走っていった。

「……え゛ぇ゛!」目を点にして口をあんぐりと開けるスカーレット。何度も目を擦り、海上を駆ける2人を凝視する。

「ヴレイズの仲間って、みんな、あぁなのか? ラスティーとかエレンって奴もそうなのか? なんか自信がなくなってきた……」

「もうお酒を飲むの、やめよう……」スカーレットは顔色を青くさせ、弱った様な笑いを漏らす。

「そうして欲しいね……ふぅ、さてもうひと踏ん張り」と、ケビンは再び魔動エンジンの積んである場所に潜り込んだ。

「言われた通り、海賊に目を光らせておこう……」と、観念したスカーレットは貨物船へ戻り、マストの天辺へと望遠鏡片手に登った。



 ケビンは旗艦の正面から、アリシアは船尾の方へと水上を奔る。幸い、戦艦に積まれた風のレーダーはケビン達程度の小さな的を察知する事は出来ず、容易に接近する事が出来た。

 しかし、ケビンは豪快に正面から向かったため、見張りの肉眼に捉えられ、容赦なくヒートバルカンの一斉掃射に出迎えられていた。

「豪快な歓迎だな」ケビンは自慢の動体視力で火の弾丸一発一発を避けながら走り続ける。コートの裾を穴だらけにさせながら跳躍し、華麗に旗艦の甲板に降り立つ。

「何者だ!」乗組員が取り囲み、各々の武器を向ける。彼らの装備は黒勇隊の新型とは違い、その型落ちである単発式エレメンタルガンだった。

「少し南を航海中の貨物船の用心棒だ。ちょっと相談事があって来たんだ」

「得体の知れない奴との交渉は論外だ!」と、その場にいた兵長が合図すると同時にエレメンタルガンが一斉に火を噴く。

「じゃあ、ちょっと耳を貸したくなる様な状況にしてやるか」ケビンは宙を舞いながら大剣を抜刀し、口元を緩めた。



 ケビンが派手に立ち回る頃、アリシアは船尾の方から誰にも見つからずに潜入し、こっそりと船内を捜索していた。

 まず、倉庫へと忍び込み自分に合う制服を探し出し、それを素早く着る。軍帽を目深に被り、今度は整備室へと脚を運ぶ。

 彼女の足取りは堂々としており、周囲の船員らは彼女に注意を払わず素通りを許した。

「さて、必要なパーツはどこかなぁ?」と、ニックからの注文書を見ながら部品の仕舞われた棚を覗く。彼の言った通り、パーツのひとつひとつに型番が書かれていたが、種類が沢山あり、素人であるアリシアには狙いを絞る事が出来なかった。

「む……わからん」唇を突き出し、困ったように唸る。

 すると、そこへひとり整備士が歩み寄る。

「何をやっているんですか?」

「ちょっと先輩に持ってくるように言われまして……これなんですけど。スイマセン、新人なもので……こんな大きな船に乗ったのは初めてで」アリシアは全く動揺せず、ごく自然に彼に接し、メモを手渡す。

「ん~ 何故これらが必要なんです? これはジェットボートの魔動エンジンのパーツじゃないですか」不審に思ったのか、眉を顰める整備士。

「そんなの先輩に聞いて欲しいなぁ~ あたしはこれを持ってこいと言われただけだし……」と、全くペースを崩さずに口にするアリシア。

「一応、あるにはありますが……一応、持ち出しの書類にサインしてください」と、整備士は棚から一枚の紙を取り出し、彼女に渡す。

 アリシアは持ち出すパーツの型番と偽名、そしてサインをサラサラと記し、机に置く。その間に彼はパーツを用意し、彼女に手渡した。

「はい、どうも」と、パーツをポーチに次々と入れて行く。

「あの、パーツは専用の箱に入れないと」整備士は彼女の軽率な行動を咎め、折り畳みボックスと緩衝材を渡す。

「あ、そうでしたね」

「それぐらい新人なら先輩に教えてもらうモノでしょうに」呆れた様にため息を吐き、彼女の顔を訝し気に伺う。

「ご丁寧にどうも~」アリシアは怪しまれない様、今度は丁寧にパーツを箱に入れて抱えてお辞儀する。

「お辞儀? 普通、敬礼じゃないですか?」整備士はまた表情を歪めてアリシアを睨み付ける。

「う、そうでした……」と、言われた通りに敬礼する。

 すると、整備士は彼女の敬礼した腕を掴む。

「整備士相手に敬礼は必要ないでしょう?」と、敵意の籠った眼差しを彼女に向ける。「外は侵入者で騒いでいるし、ここには関係ないと思ったけど……まさか!」

「そのまさか!」と、アリシアは彼の前に人差指を向け、眩い光を放った。その光は彼の瞳を通じて脳に働きかけ、光の呪術を脳裏に張り付ける。

「んぇぃ!?」瞳を丸くさせ、無表情になる整備士。彼は固まり直立したままピクリとも動かなくなった。

「貴方はあたしを見なかった。ただ1人の船員を手伝った。オーケー?」

「おーけー……」

「オーケー!」と、アリシアは頷き、整備室から堂々と退室した。



「くそ! こいつヤバい!!」船員たちはエレメンタルガンを打ち飛ばされ、手を摩っていた。ある者は転がされ、またある者は脚の筋を斬られて動けなくなっていた。

「やっぱ砦とか戦艦は、内側からの敵には弱いよなぁ~」ケビンは余裕の表情で大剣を肩に担ぐ。胸と腹に数カ所被弾していたが、瞬く間に再生する。

「身体に回復魔法を仕込んでいるのか? しかし、魔力を全く感じない……なのにこの化け物染みた身体能力……まさか」高みから見物していた艦長のロムが腕を組みながら跳躍し、ケビンの眼前に降り立つ。彼は艦長専用のコートを肩から掛けており、それを潮風に靡かせていた。


「貴様、吸血鬼だな……」


 ロムは腰に備えた軍刀を抜き、それに魔力を込めた。

 それを見たケビンは目を丸くさせ、感心した様に口笛を吹いた。

「俺は周りの者と一緒にしない方がいいぞ。何せ俺は六魔道団のひとり、メラニー様に目をかけられた海の戦士だ。舐めぬ事だ」と、腕の筋肉を盛り上がらせて構える。

「っしゃあ! お前のコート、俺が貰う!!」ケビンはロムに人差指を向け、手の平に唾を付けた。

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