59.海賊or魔王軍

 その日の真昼間、スカーレットがゆっくりと瞼を開ける。反射的に鈍く痛む頭を押さえ、悩ましい声を出す。

「あ、起きた」隣で薬草を煎じていたアリシアが手を止めて彼女の容態を手早く調べる。体温と脈拍を調べ、口内や喉の奥、口臭まで確認する。「まだ微熱があるかな~」

「……あ、貴女は?」

「初めまして。アリアン、じゃなくてアリシア・エヴァーブルーです~」

「アリシア? ヴレイズさんが自慢げに話していた恋人の?」

「こいびとぉ?!! え? ぇえ?! えぇ~~~~!!」アリシアは真っ赤になった顔を押さえ、混乱した。

「……なんだか嬉しそうですね」

「そんな事ないよ! そんな事は! んふふふ」嬉しさを隠しきれない表情で茶の用意をする。手慣れた様に湯呑を温め、ポットの茶を蒸らしてから注ぎ、仕上げに光の雫を垂らして彼女の前に差し出す。「どうぞ」

「あ、ありがとう……」と、湯呑を手にして冷ます様に息を吹きかけ、一口飲む。口内で茶を転がし、香りとのど越しを感じ取り、感心した様にため息を吐く。「こんなにおいしい茶は飲んだことが無い……」一筋涙を流し、残った茶を一気に飲み干す。

「少しは癒えたかな?」

「……? ……ん?」と、スカーレットは何か違和感を覚え、首を傾げる。

 彼女は肉体だけでなく精神もボロボロの状態でここに運び込まれたのだった。国と家族を敗北と共に失い、逃げることしか出来ず、自尊心を失いかけていた。その心を酒に酔う事でいままで誤魔化してきたのだった。

 アリシアから振る舞われた茶を飲まなければ、彼女はすぐさま再び酒に逃げる事を選んでいた。彼女の茶と光の雫には心を落ち着かせ、癒す効果があった。

「貴女は一体、何者なのです?」スカーレットは目を丸くして彼女の目を見た。

「ま、お話はあとで。食欲はある?」



 何かを感じ取り、眉を顰めるケビン。彼はすぐさまジェットボートから貨物船へ一足飛びで乗り移り、一瞬でマストの天辺へと昇る。

「何者なんだ、あいつ?」彼の身体能力を目にし、首を傾げるニック。そのまま彼は修理を続けながら額の汗を拭い、黒く汚す。

 マストの天辺から目を細めたケビンは、3隻の黒い影を見つける。それはこの貨物船の進路方向を塞ぐ勢いで航行していた。因みにこの3隻は望遠鏡で覗いても豆粒程度にしか見えない程、遠くを航海していた。

「嫌な雰囲気だな」と、ケビンは一瞬でジェットボートへ音も無く着地し、ニックの肩を揺さぶる。

「うわっ! いきなりなんだよ?」

「なぁ、お前らを追いかけ回した魔王軍の船って、3隻の黒い船か?」

「……あぁ。俺のジェットボートとは比較にならない程の魔動式エンジンを搭載した戦艦だ。貫通式ヒートバルカンが20門、主砲のサンダーボルトキャノンが3連射式で2門。その他レーダーだのなんだのばかりだ」

「よく、そんなのを相手に振り切ってきたな」

「俺はシラフならプロ以上だ」と、自慢げに歯を覗かせる。

「じゃあ、しばらく酒は振る舞えないな」と、ケビンは再び跳躍して甲板へと向かった。

「……いうんじゃなかった……」

 ケビンは急いで貨物船の船長に魔王軍の戦艦の事を伝え、今後の航路について相談する。少々迂回してでも魔王軍に見つからない航海をする為、海賊の多い海域を選ぶことをケビンが勧める。

 船長は表情を濁し、苦しそうに唸る。少しでも進路を南側にずらすと、そこは海賊たちが血で血を洗い、幅を利かす魔の海域だった。各国海軍は目を背け、用心棒に目を光らせる貨物船程度では太刀打ちできない程に危険であり、リスクを伴った。

 ケビンはどんな海賊が攻めてきても追い払ってやると胸を叩いたが、船長はそれでも首を縦に振らなかった。

 何故なら運が悪ければ連携の得意な海賊船団に一瞬で食い荒らされる可能性がある為であった。そいつらに出会うくらいなら、魔王軍戦艦をやり過ごした方がまだマシと言った。

「そう簡単にやり過ごせるのか?」ケビンは不安そうに口にした。

「大丈夫だ。魔王軍の船は事を荒立て無ければ、無闇に銃口を向ける様なことはしない」と、直ぐにニック達にこの船から逃げ出す様に告げようと口にする。

「だが、あいつらを匿っている事がバレたら、ただじゃ済まないだろう? それに今アイツらを追い出した所で、逃走航路と俺たちの航路を照らし合わせ、船内を調べられたらあいつらと関わった証拠が出てくるだろう! 今からなら遅くはない、航路を変更してくれ」

「……うぅむ……」船長は今になってニック達を助けた事を後悔し、頭を抱えた。



「あの船に連中がいる事は確かです」噂の魔王軍戦艦の旗艦にて航海士が風魔法式レーダーを見ながら口にする。

「パレリア発の貨物船か……脅しをかけずとも引き渡すだろう。あの船長は小心者だ」艦長のロムはパイプを吹かしながらニヤリと笑う。彼らは六魔道団のひとり、メラニー・デプスチャンの配下だった。

「なら、これで仕舞でしょう。しかし、ニックのヤツはしぶとかったですね。あんなジェットボート一隻で我々をここまで手こずらせるとは……」

「あいつは行き当たりばったりに見えて計算ずくで動くやり手の運び屋だ。気を抜くんじゃないぞ」

「そう言えば、あのボートはバルバロン本土の海軍少佐からギャンブルでかすめ取ったらしいですね」

「……いいか? 今はあの炎使いは乗っていない筈だ。今度こそ逃すなよ!」

「はっ!!」

 船長の号令と共に船員たちが一斉に敬礼する。因みに、彼の率いる艦隊は現在の3隻に加え、数十の駆逐艦を随伴させていた。が、それらは全てヴレイズとフレインの一暴れで壊滅させられた。

 彼らの乗る戦艦は確かに海上では最強であったが、ニックのジェットボートの素早さにはついていけず、痛手を加えつつも取り逃がしたのであった。

 本土へ一度戻り、駆逐艦をお供に再出発するのもひとつの選択肢ではあったが、たった一隻のジェットボート相手にそこまで戦力を注ぐわけにはいかず、彼らは彼らで意地になってここまで追跡していた。

「ニックめ……今度こそ……」艦長のロムはパイプの灰を落とし、拳をギュッと握り直した。



「ご馳走様でした」アリシアに向かって手を合わせるスカーレット。

「少し元気出たかな?」アリシアは皿を受け取りながら彼女の表情を伺った。痩せこけていた彼女の顔は少し膨らみを取り戻し、顔の色艶もマシになっていた。

「うん……もう甘える訳にはいかない」と、立ち上がり軽くストレッチを始める。

「まだ動かない方が……いや、貴女みたいなタイプは動かなきゃ気が済まないタイプかな?」

「その通り……私はフレインと同じだ」

「そのフレインとは会った事がないんだけどなぁ~」

「そうなのか……なんだか貴女には相当焼餅を焼いている様子みたいだったな」

「ふぅ~ん」アリシアは満足げな笑みを覗かせ、クスクスと笑う。

 そこへケビンがノックと共に現れる。

「どうしたの?」

「数手先の話だが、ヤバい事になりそうだ」落ち着いた表情で入室する。

「どういう事だ? 追手か?」スカーレットは丸窓から外を見た。

「お、目を覚ましたのか。スカーレットだったな? 俺はケビンだ。よろしく」

「貴方はこの船の用心棒か?」

「2人揃ってね」アリシアはピースサインと共に口にし、笑った。

「貴女は船医じゃなかったのか……私の装備は?」

「装備? たぶんジェットボートの中だと思うが……」ケビンが口にした瞬間、スカーレットは稲光と共に退出する。「……急にどうした?」

「常に動いてないと気が済まないタイプみたいよ?」

「へぇ~……で、アリシアさん。仕事だぜ」

「あたし、2日前からずっと仕事してるよ?」

「そう言えばそうだったな。用心棒の仕事だ。結構派手な仕事になりそうだが、やれるか?」


「派手なのは嫌だ」


 アリシアは口を膨らませてプイとそっぽを向く。

「え? なんで?」

「だって相手は北を航行する魔王軍の戦艦でしょ? あたしは魔王軍に生存を確認される訳にはいかないし、やり手の光使いの存在を知られるわけにもいかないの。海賊が相手ならいいけど、南をうろつく船団が相手だと、この船を無傷で守る保証はないし……船長の判断は魔王軍との交渉なんでしょ?」

「そこまで考えが進んでいるとは流石だな……」感心した様に口笛を吹くケビン。

「だから、あたしは地味に働かせてもらうよ」と、彼女は得物の入ったバッグをベッドの下から取り出し、広げる。そこの中には弓とナイフが収められ、アリシアはそれを確認しながら装備する。

「ま、やる気ならそれでオーケーだ」

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