58.看護士アリシア
ケビンはとりあえず、疲弊した2人の遭難者を貨物船へ引き上げ、手厚く迎えた。ニックと言う運び屋は衰弱しており、客室のベッドに寝かせると気絶した様に眠ってしまう。
「余裕っぽかったが、それなりに弱っていたんだな」ケビンは感心した様に口笛を吹き、もうひとり、スカーレットをもうひとつのベッドに寝かせる。
彼女はニックよりも健康的な色艶をしていた。が、遭難していた割には調子に乗っているといいたくなる程に酔っぱらっていた。
そんな客室にフラフラとした足取りで現れるアリシア。慣れた手つきで2人の脈拍や瞳孔、体温などを調べて小さく頷く。
「こちらの人は栄養失調で衰弱ってトコロね。それに、傷を何カ所にも負っていて、ヒールウォーターを使った痕跡があるけど、治りが悪いね。何か別の病気も患っているかも……」と、ニックの診断を終わらせ、スカーレットの身体も調べる。
「こっちはお酒の飲み過ぎかな。ストレス性の免疫力低下も見られるね」と、メモ帳を取り出し、2人の症状を書き出す。
「ヒールウォーターだけじゃ治りそうもないな」ケビンはお湯を用意し、2人の顔を拭った。
「大丈夫。あたしの手持ちの薬草と、この船の食糧庫で準備した料理で治せそうだよ」と、アリシアは急いで鞄の中の薬草を手早く調合し、2人に飲ませる。その後、アリシアは数時間かけて様子を見続けた。
2人が救助されて2日後。
ニックはやっと目を覚まし、上体を起こした。隣のベッドではスカーレットが未だに寝息を立てていた。
それと同時にノック音が響き、アリシアが入ってくる。ニックの目覚めに気が付き、早速彼女は彼の体調を調べた。
「あんた、船医か?」彼女のあまりの手際の良さに、思わず口から出る。
「ううん、用心棒だよ」アリシアは微笑を浮かべながら彼の身体に巻いた包帯を手っ取り早く換える。「食欲はある?」
「……酒が飲みたいな……」と、眠るスカーレットの顔色を伺いながら口にする。
「お酒はもう少し回復してからかな。シチューは好き?」
「あぁ……食欲は微妙だが、食べなきゃな」
すると、今度はケビンがノックなしに現れる。
「お、目を覚ましたか? どうだ、食欲は?」と、気安くニックのベッドに腰を下ろしながら、手にしたソルティーアップルを齧る。
「まぁまぁだ。助けてくれて、ありがとうよ」と、2人の顔を交互に見て頭を下げる。
「感謝するなら、この船の船長さんに言うんだな。おたくら、札付きだろ?」ケビンは鋭い目つきで口にする。
「え? 俺たちって有名?」
「いや……ただあのボート。船長さんが言うには魔王軍の技術を搭載したジェットボートだというじゃねぇか。しかも、そんな代物がボロボロで煙吹いて漂流している。しかもここはギリギリバルバロンの海域付近だ。どう見ても、札付きか訳ありだろう? そんな連中は普通、助けないぞ」
「あたしは助けるけどね」スカーレットの容態を確認しながら口にするアリシア。
「そう言う事。だから船長と、この人に感謝するんだな」ケビンは釘を刺す様にニックの胸を指で小突く。
「運が良かったな……そんな親切な人に助けて貰うとは……申し遅れました。俺の名はニックと言います。んで、こいつはスカーレット。もうしばらく回復するまで、よろしく頼む」と、深々と頭を下げる。
それに対してアリシアは偽名の「アリアン・ホーリーベルト」と名乗った。
「少し待ってて、シチューを作ってくるからさ」と、アリシアは流れる様な足取りで客室を後にした。
「ぼーっと地平線を眺めているより、よっぽど生き生きしているな……」ケビンは安心した様にため息を吐いた。
すでに仕込みを終えていたのか、アリシアは直ぐにシチューを用意して戻ってくる。そのシチューは栄養満点で、ニックの萎んだ内臓にゆっくりと沁みわたった。
「っぁあぁ~~~~~~~!」一口飲み込んだ途端、身体を丸めて一粒の涙を零す。
「そりゃ枯渇した体にアリアンさんのシチューだもんな」と、ケビンもシチューを啜り、唸る。「んめぇ」
「お変わりは自由だよ。その代り、固形物はまだダメだよ」因みに彼女のシチューの具材は殆どトロケているため、ほんの一噛みで十分だった。
「で、具体的にどんな目に遭ったの?」アリシアは椅子に腰を下ろし、首を傾げる。
ニックが言うには、彼は魔王軍に喧嘩を売り、本土で大暴れしたのだといい始めた。
スカーレットの兄と暴れたのから始まり、サバティッシュ国を支配する氷帝を倒し、さらにチョスコを牛耳る魔王軍をも蹴散らしてここまで逃げて来たのだと言った。
「それ全部、お前ひとりで?」ケビンは茶を啜りながら彼のおとぎ話に近い体験談に耳を傾けていた。
「いや実際、俺はおまけみたいなモノだな。メインで大暴れしたのは2人の炎使いだ。この2人が本当に強くてなぁ。あの2人がまだ俺の船に乗っていれば、漂流する事もなかっただろうなぁ……」と、惜しむ様に口にしながらシチューを啜る。
「2人の炎使い? その2人はどうしたんだ?」
「互いの目的の為に、別れたんだ。あいつらは東大陸に用があり、俺らは討魔の軍に用があるんだ。だが、別れた途端、魔王軍に追いかけ回されてさ……魔王海軍艦隊を一隻のジェットボートで逃げ切るのは流石に厳しかったな」と、窓の外から見えるジェットボートを見る。
「その2人の炎使いってひょっとして……」ケビンは彼らの足取りや新聞で得た情報を照らし合わせ、2人の正体を推理する。
「ヴレイズとフレイン!! わぉ! こんな偶然があるんだねぇ~」花が咲いたようにアリシアが仰天し、ニックの眼前まで近づく。
「なんだ? アリアンさん?」
「それ偽名でさ、本名は……」
「えぇ! アリシア! こりゃ嬉しいねぇ~ ヴレイズから色々聞いてるよぉ!」ニックは彼女についてヴレイズから散々聞かされていた。特に酒に酔った時のヴレイズはアリシアの事しか話さず、その度に焼餅を焼いたフレインに頬を抓られていた。
「こりゃいいや! 早速祝杯を上げようぜ!!」と、ニックは酒を催促したが、それに対してアリシアは指を振った。
「まだだめ」
「そりゃねぇよ……」
動ける様になったニックは早速ジェットボートへと向かい、修理を始めた。修理用の部品は粗方揃っているのか、慣れた様に工具箱を取り出し、被弾したヵ所の修復を始める。
そこへケビンが現れる。
「手伝おうか?」
「お前にコイツの治し方がわかるのか?」
「いいや。ただモノ珍しそうだからさ、見学ついでに助手でもやろうかと」
「そりゃどうも。あんたは何故、彼女と旅をしているんだ?」工具箱からレンチを取り出し、黒く焦げた隙間に腕を突っ込む。
「……彼女は俺の恩人なんだ。いや、もうそれ以上の存在だ。それに、友人から用心棒として頼まれたからな。だが、頼まれなくても彼女を守るつもりだ」
「そうか……俺にとってのスカーレットみたいなもんか」
「そう言えば彼女はまだ眠っているが……何か遭ったのか?」
ニックは修理の手を止めずに数か月前の出来事を話した。チョスコ、ボディヴァ家、魔王軍との戦い。
彼は意地を見せて逃げることしか出来なかったと語り、その逃げ口で彼女の親と兄を亡くしたと口にした。
「……そっか……彼女も国と両親を……」ケビンは重たくため息を吐く。
「もっと上手く立ち回っていれば、と毎夜毎夜後悔するし、悪夢も見る。だが、俺よりも苦しんでいるのは彼女だ……あいつ、『俺に酒を飲ませないためだ』とか言いながら船に積んだ酒を全部飲みやがってさ……」
「安心しろ。アリシアさんなら、助けられるさ。なにせ、彼女は光の女神だからな」ケビンは誇らしげに口にした。
「ヴレイズもそう言ってたな……期待できそうだ。ま、俺は俺に出来る事をするだけだがな」と、黒い裂け目から歪な形をしたガラクタを取り出し、足元に転がした。
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