57.己の中の熱
ナイアは先ほどのしおらしい表情とは変わり、ツンとした顔をヴァークへ向ける。
彼は彼女の視線に気が付いていないのか、エリックの残した言葉を胸に止め、何かを想っていた。
「……熱か」
「……で、どうする?」ナイアは身構える様子もなく、胸を聳やかして腕を組んで立っていたが、その佇まいに隙はなかった。
「よくわからない。黒勇隊隊長としては捕縛すべきなのだろうが、俺はもう魔王に従うつもりは無い……そう、己の熱に従うつもりだ」と、己の胸の中央に手を置くヴァーク。
「で、その熱は何ていってるの?」
「魔王を滅ぼせって言ってます」
「あら、いきなり何故?」ナイアはワザとらしく首を傾げる。
「俺は……ヴァルコと同じく『作り出された存在』なのだと思う。徐々に思い出しているのだが、夢の中で誰かがこう言っている……『魔王を滅ぼせ』と……それが誰かはわからないのだが……母性を感じた」
「母性……か」ナイアは何かを知っているかのように呟いたが、それ以上は何も言わずに飲み込んだ。
「だが、独りでは無理だ。俺には仲間がいない……」
「そう? 貴方に相応しい仲間だったら心当たりがあるわ」と、ガルオニア城下町方面へ顔を向ける。
城下町中央から紫色の稲光が何本も立上り、地響きが鳴る。その中央は墜落した飛空艇だった。その中にある無属性爆弾はカタカタと震え、アラート音を鳴り響かせ得ていた。
喧しく鳴り響いたアラートが突如として止むと、無属性爆弾が卵の様に皹が入り、その場でフワリと浮き上がる。
そして、紫色の衝撃波と共に甲高い爆発音が鳴り、紫光の爆発は周囲の建物を容赦なく飲み込み、掻き消していく。まるで火に触れた羽毛の様にあっという間に消え去り、爆心地からどんどんと消えていく。
城下町を消し、周囲の森や丘すらも消し去り、地下研究所までもを飲み込んでいく爆発。
その無属性の衝撃波は海岸までも飲み込もうと迫りくる。
「ここも範囲に入るのか……やれやれ」ナイアはため息を吐き、腰に備え付けた機械に手を置く。
すると、彼女の眼前にヴァークが立ち、正面に手を翳す。
「動くな」と、ヴァークは無属性の魔障壁を展開し、無属性爆発波を防ぐ。無属性同士が衝突し、凄まじい破裂音が鳴り響き、足元の砂が震える。
爆発波は海岸の一部までもを消し去り、そこでやっと収まる。海岸は一旦、三日月状に抉れたが、傷が治る様に一瞬で元の波打ち際へと戻る。
「別によかったのに……」ナイアは腰に備え付けた『無属性フィールド展開装置』のスイッチを切る。
ガルオニア国にポッカリとした穴が空き、そこ一体は無の荒野とかす。
そんな荒野の影の中で一際濃い闇から何者かの腕がニョキリと伸びる。そこから現れたのはリサであった。
彼女は闇溜まりから這い上がり、その中からエルの襟首を掴んで引き上げる。
「うっぷぁ!! うぅわぁ! 気持ち悪ぃ……二日酔いが絡みついてる感じだなぁ……」エルは表情を青ざめさせ、身震いさせる。
「人間って、必死になれば出来るもんなんだねぇ~ 影隠れっていうのかな?」
「もう二度と入りたくない……」と、闇溜まりをキッと睨み付ける。
「あら、そのお陰で爆発から生き延びたんじゃない。次からは助けなくて言いわけ?」
「すいませんでした、リサさん……」と、クシャミする。
「んで、どうする?」
「そうですねぇ……出来ればナイアさんと合流して、討魔の軍に案内して貰いたいかなぁ……っと」と、口にするとリサは首を振る。
「違う。あたしはどこかの宿屋で休憩したいなぁ……安眠したい」
「あ、それは俺もです」と、2人はやっとここで一息つき、その場にしゃがみ込んで深い溜息を吐いた。
「で、貴方はどうするの? 魔王を倒すのはわかったけど、具体的にどうする気?」ナイアはその場から去ろうとする前にヴァークに問うた。彼も既に闇溜まりへ腰まで浸かっていた。
「……自分の中の『熱』を大きくするつもりだ。今迄、俺の中には魂や熱が足りなかった……それを得る」と、一礼する。
「熱……ねぇ。エリックのいう事はわけわからないからなぁ~ ま、それが大事だと思うなら大切にすればいいんじゃない?」と、腰に巻いたジャケットを羽織り、一息吐く。
その間にヴァークは闇の中へと姿を消す。その場に残されたのは黒勇隊のエンブレムだけだった。
「……彼の正体、教えてあげた方が良かったかしら? ま、いいか。さて、あの愉快な2人を迎えてあげようかしら」ナイアは微笑みながら砂浜を歩いた。
その頃、フィルは爆心地から遠く離れた丘の上で一休みしていた。
「さて、生首が腐る前に帰還しなきゃな」と、懐から本部へ救難信号を送る魔力弾を上空へ向かって放つ。弾が炸裂すると、その衝撃波が風に乗って北大陸まで飛んでいき、大陸端の観測所がそれをキャッチし、本部へと送られる。
「まぁ、2日後かな。それまで、この生首の面倒だな」と、ヒールウォータージェルを取り出して生首の入った袋に詰める。これでこのナマモノは1週間は腐らずに保管する事が出来た。
「さて、こいつからどんな情報が飛び出すのか……ま、俺は俺で動くつもりだけどな」フィルはそこでやっとその場で大の字に寝転がり、寝息を立てはじめた。
平らになった荒野を歩くナイアは遥か向こう側で休憩する2人の姿を見て安堵する。彼女は2人ならあの爆発を何とかすると予想はしていた。実際に無事な2人を確認し、彼女は心底安心していた。
「流石、闇使い覚醒者ね。ちょっと甘えた事を言いそうだけど、そこは許してあげましょう」ナイアはクスクスと笑いながら休憩する2人へと歩み寄る。
その途上、ナイアは自分の娘であるアリシアの事を思い出し、空を仰ぐ。
「あの子は今、どこにいるのかしらね……アリシアは甘えるのが苦手な子だから……助けが欲しかったら、正直に大声で言いなさいよね!」ナイアはあえて大声で口にし、満面の笑みを夜空へと移した。
「だずげでぐれ~~~~~」アリシアは船の揺れに身体を任せ、死にそうな顔を闇色の海面に写していた。
現在、彼女はケビンと共に貨物船に乗って東大陸を目指していた。彼女らは船の用心棒として乗り、3日が過ぎていた。
船酔いをするアリシアは完全にダウンしており、吐く物も無くなり船の上の亡者と化していた。
それを見てケビンは何とか元気を出して貰おうとしたが、ここまで船酔いする者を見たのは初めてだったのか、成す術がなかった。
「アリシアさん……客室で休んだらどうだ?」気を使ったケビンが彼女の肩を優しく揺する。
「仕事はしなきゃさ……ここらへんの海域はまだ海賊がうろついているみたいだし……」と、淀んだ瞳で遠い地平線を監視する。
この西大陸から東大陸を挟む海は海賊が多く潜伏しており、商業船や貨物船などを襲っていた。北大陸付近は魔王お抱えの海軍や6魔道団のひとり、メラニー・デプスチャンが守っているお陰で比較的穏やかだった。
「見張りは見張りでいるんだから、俺たちは雲行きが怪しくなったらでいいんじゃないか?」
「怪しくなってから動くと、必ず相手に2手3手先まで抑えられるから。あたしはそれが嫌なの」と、目を鋭くさせる。
「厳しいなぁ……ま、それが正しいんだけど……さ」と、痛々しい彼女を見る。
アリシアは泳いだ目で地平線をじっと監視し、潮風から周囲の異臭を確認する。時折、光の玉を遠くへ飛ばし、海上に怪しい影が無いか確認する、
すると、はるか遠くに妙なボートを発見し、船尾へと回る。そのボートは煙を噴き、ボロボロと帆に風を受けてフラフラと浮いていた。
「……遭難者かな?」アリシアはすぐさまケビンと船長に伝える。
そのボートに罠がないか確認し、船員に声を掛ける。
「だ、だずがっだ……」
船に乗っていたのはなんと、運び屋ニックであった。彼はここ数週間ロクに飲み食いしていないのか、痩せこけて倒れていた。
「大丈夫か?」助けに乗り込んだケビンが彼の頬を叩き、目の色を確認する。
すると、そんな背後から何者かが襲い掛かる。
「何者?!」
「おらぁ~! 殺されたくなかったら飯と水を用意しろぉ!! 私にはもう失うモノはないんだぁ!! 怖くないぞぉ!!」
半分酔っぱらった女性がケビンの首筋に短剣を向け、ヒックとしゃっくりする。
「……罠だったのか?」
「おいおい、スカーレット! 彼は俺らを助けに引き上げてくれたんだ! そんな武器を降ろせ!」と、彼女の腕を握る。
「五月蠅い!! 私らは何としても生き延び、討魔団と合流しなきゃいけないんだ!! こんな所で死ぬわけには! ひっく」と、酒臭い息を吐くスカーレット。
「……だから助けに来たんだって……」
「助け? 本当に? 本当に? う、うぅ……うぇぇぇぇ」と、スカーレットはその場に倒れ、昏倒する。
「気絶したいのは俺だって言うのに……あぁ、悪い……改めて食料と水を分けてくれないか? 酒は俺にだけ一口くれ。ね♡」
「……なんなんだ? この2人は……」ケビンは複雑そうに首を傾げ、乾いた笑い声を漏らす。
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