56.決着と膝枕

 地下研究所から続く地下トンネルをナイアは高速で奔り抜けていた。ヴァルコとヴァークの戦いにより作り出された横穴は果てしなく長く、外まで続いていた。

「潮の匂いがする……もう少しか」ナイアは一息吐きながら紅色のジャケットを脱ぎ、腰に巻く。ここに来た時の彼女はフォーマルだったが、今や見る影もなくボロボロになっていた。

 少し進むにつれて剣戟の音が響き渡り、2人の気配を肌で感じ取る。

「この音……懐かしいリズム。でも、まさか……」

 ナイアは普段の調子とは違い、少々焦った様な具合で脚を速めた。



 夜の東海岸の波打ち際に佇む2人。

 ヴァルコは剣を構えたまま動かず、正面を静かに見据えていた。

 同じくヴァークもヴァルコの真の隙を見つけるべく、瞬きひとつせずに睨み付ける。

 真っ黒な海岸で睨み合う2人は微動だにせず、ただ己の信じた型を構える。潮風と波が彼らの身体を撫でるが、2人は一切の隙は晒さなかった。

 今迄の戦いでヴァークの肉体はかなり酷使され、精神的にも疲労していた。

 しかし、彼は一切弱った顔は見せず、むしろ昂っており、最後の一撃に全てを賭ける様に両腕に全魔力を集中させる。

 変わってヴァルコは身体に一切の魔力を帯びず、脱力していた。肉体は今迄の戦いで擦り減り、削れていた。彼はヴァークの攻撃は一太刀も喰らってはいなかったが、何故か肉体が傷ついていた。

 現時刻は夜の為、闇使いであるヴァークに分があった。いつでも闇に溶け、相手の不意をつく一撃を放つことができた。また、彼の背後などにダークホールを展開し、ダークブラストを放って隙を作る事も出来た。

 しかし、どんな策を弄しても全てに適応し、数倍にして反撃を放つのがヴァルコであった。

 それに、今やヴァーク自身はその様な戦いは望んでいなかった。

 互いの最後の一撃をぶつけ、最終的な勝者を決する。好敵手同士の最後の決着を望んでいた。

 裏腹に、ヴァルコは次にヴァークが連撃を放って来たら、次は対応できないと考えていた。

 彼の筋肉は崩れ、今にも壊れようとしていた。その理由は、彼の魂と肉体が完全に適応していなかったからであった。

 このヴァルコはアドラル博士によって不自然に作られた非現実的な人間であった。運動納能力、生命力、瞬発力など全てが最高クラスの働きを見せ、更に魔石も最高の輝きを放つ物が備わっていた。

 そこへ更に『とある人物の戦闘データ』を学習装置で送り込まれ、光の魔人ヴァルコが誕生した。が、そんな彼は魂の籠らない人形に過ぎなかった。

しかし、そんな空っぽな肉体に魂が宿り、現在のヴァルコとなっていた。

 そんな彼の肉体は今、限界を迎えようとしており、あと一撃動くのが精いっぱいであった。

 互いの腹の探り合い、読み合いはやがて無となる。互いに何も考えず、ただ互いの目を見つめ合う。

 しばらく波の音、風の音に身を任せる。

 すると、ヴァークは何かを悟ったように微笑み、両手に纏った魔力を解く。構えたまま脱力し、腰を深々と落とす。

「……ほぉ……」ヴァルコは感心する様に頷き、深く息を吐く。

 そこから2人はまた微動だにせず、自然の合図を待った。

 静かなる闇夜、穏やかな波、潮風。ふわりとした風が2人の前髪を撫で、足元を小波と砂が纏わりつく。

 近場の流木に鴉が降りたち、まるで決闘を見物する様に真ん丸な目で2人を映す。

流木を波が撫で、バランスが崩れて傾き、その瞬間、鴉が鳴き声と共に飛び立つ。

 それを合図に、2人は駆け出す。武器にはまだ無属性を纏わず、踏み込みの第一歩にのみ魔力を纏っていた。そこから魔力が脚から腰、肩、腕へと移動していき、剣の先へと移動して無属性が滲みだす。

 その一瞬、ヴァークの足のつま先が砂浜の中の小石に取られ、コンマ数秒バランスを崩す。これにより、ヴァルコの勝利が決定した様なモノであった。

 

「エリィィィィィィィィィィィック!!!!」


 横合いからナイアの悲鳴の様な声が轟き、ヴァルコの耳を貫く。


「ナイアぁ?」


 眼前の先頭に集中していたヴァルコが、つい横からの声に反応し、目を丸くする。

 その瞬間、黒い一閃が彼の背後へ通り抜ける。

 ヴァルコの左わき腹が消失し、数瞬後に思い出したかの様に血が零れ出る。膝が崩れ、ショートソードを取り落とし、仰向けに倒れる。その表情は穏やかだった。

 返ってヴァークは大量の大汗を掻き、今までにない程に呼吸を荒げていた。片膝を付き、武器を取り落としそうになる。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」堪らず額を砂浜に擦り付け、波で頭を冷やす。

 そんな彼を尻目に、ナイアは倒れたヴァルコに駆け寄り、傍らで座り込む。いつも冷静で調子を崩さず、微笑を浮かべる彼女であったが、今は表情を崩し、涙をポロポロと流していた。

「エリック! エリックだよねぇ!! 顔は違っても、あんただよねぇ!!!」ヴァルコの頭を太腿に乗せ、頬を叩く。

「……ははっ……まさか、今になって叶うなんてな……」エリックと呼ばれたヴァルコは満ち足りた顔で口にする。

「何がよ……」

「前に言っただろ? 死ぬときは、愛した女の膝枕だってな……一度死んでおいてなんだが、まさかこんな形で叶うとは夢にも思わなかった」

「やっぱりエリックだ……こんな時にでもそんな戯言を言うなんてさ」ナイアは涙を流しながらもクスリと笑う。

「そういうお前は本当にナイアか? いつでも調子を崩さずに冷静なお前がさ……」と、エリックは彼女の顔に触れ、ニヤリと歯を覗かせる。

「うるさい! 何の合図も無く生き返るんじゃないよ!!」

「こっちも生き返るつもりもなかったんだが……いや今迄、俺は死んでなかった。闇に囚われて封じ込められていた。で、やっと解き放たれたんだ。お前のお陰でな」

「こっちも半信半疑だったけどね……さ、早く手当てを」と、彼を起こそうとするが、エリックはそれを拒んだ。

「言っただろ? 死ぬときは愛した女の膝枕だってよ……俺の身体はもう限界だ。身体と魂が拒絶し合っているし、不自然に作られた肉体だから長持ちはしない。俺はあえてここで戦い、散る事を選んだんだ」と、背後で佇むヴァークへ視線を向ける。

 そんな彼の視線に気付き、目を細めるヴァーク。

「あんたが黒勇隊4番隊隊長のヴァーク……」ナイアは立ち上がらぬままに顔だけ向ける。

「ナイア・エヴァーブルーだな」彼も彼女の事は知っており、眼光を鋭くさせる。

 彼の視線に向かって威嚇する様に殺気を放つナイア。

 そんな彼女に敵意は無いと殺気を収めて一歩退き、短刀を懐に仕舞う。今の彼は、黒勇隊という肩書きを忘れていた。

「……なぁ、ヴァーク。お前は何故、俺と戦った?」エリックは答えを知っていながらも、あえて問うた。

「……最初は好奇心だったが……あんたに魂が灯ってからは、何も考えていない。ただ、あんたに応えた」

「そうか。ありがとうよ、付き合ってくれて。お前からはエクリスと同じ匂いがする……最後に対峙した時、あいつからは濁りを感じた。が、お前からはそれを感じない。それを大切にしろ」と、言い終えた後に再びナイアに顔を戻す。


「アリシアは元気か?」


「えぇ……今やあたしやあんた以上に立派よ」

「そうか……よかった……」エリックはここで初めて心配そうな表情を覗かせたが、無理やり笑顔で拭う。

「大丈夫よ。彼女には頼もしい仲間がいる。あたしらの時よりも頼もしい仲間が……そんな彼らが、あのクソ野郎共を潰すわ!」

「そうか。じゃあ、あとは頼んだぜ……ナイア、先に向こうで待ってるから、直ぐに来ようとするなよ? あと、ヴァーク! お前は好きなように戦ってみろ。自分の中の熱を忘れずに、存分にな……じゃ、あばよ」と、目を瞑る。

 すると、彼の身体はグズグズと崩れていき、内側から発光し、静かに消滅する。ただ淡い光だけが残り、それが魂の様に天高く飛んでいく。

「……まともなお別れが出来て良かったわ……エリック。出来ればあの子にあって欲しかったけど……」と、ナイアは涙を拭いながら立ち上がり、ヴァークの方を睨む。

「己の中の熱……か」

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