54.魔王の誤算

 ヴァルコの豪打を防ぎきれず、壁に向かって吹く飛ばされるヴァーク。戦況は形勢逆転しており、ヴァークは防戦一方となっていた。

「さぁて、俺としても随分、温まってきたかな」ヴァルコは肩と首を回し、その場で軽くジャンプする。

「温まってきた? はは……冗談だろ?」余裕が無いのか、乾いた笑いを漏らす。

「そろそろ次のステージに行こうぜ!」

 ヴァルコは発光と共に消え、ヴァークの眼前に現れる。

 次の瞬間、彼は左腕に激しい光魔法を纏い、ショートソードに無属性と共に纏い、振る。

「ぬぐっ!」ヴァークは相手の猛攻を紙一重で捌く。

ヴァルコの攻撃はヴァークに受け流され、全て背後の壁に直撃し、削り取られていく。

 やがて、ヴァークは削られた壁の中へと逃れていき、ヴァルコは容赦なく斬り進んでいく。削れた壁はトンネルとなり、斬撃で堀り進められていく。

しばらくヴァークの防戦が続き、どこぞの場所へと突き抜ける。

「ぐぁ!」凄まじい勢いで吹き飛ばされ、海岸へバシャリと不時着する。「ここは?」

 なんと、彼らは地下研究所の壁をぶち抜いて堀進め、ガルオニア国地上の東海岸に辿り着いたのだった。

 ヴァルコは勢い余って飛び出し、凄まじい衝撃波と共に着地する。

「潮風の気持ちのいい場所に出たな。夜なのが残念だ」ヴァルコは鼻で笑いながら周囲を伺う。

海上には黒い靄がかかり、淀んだ雰囲気を醸していた。

「闇の瘴気か……なぜここに?」背後の闇を感じ取り、首を傾げるヴァーク。

 この海岸は、研究所から送られる闇の瘴気の排出場所であった。普段は少しずつしか排出されず、瘴気は溜まらなかった。

しかし、ナイアがダークマターを破壊した事により、凄まじい量の瘴気がこの場に排出されていた。

「折角の景色が台無しじゃないか」と、ヴァルコは片腕に光球を作りだし、振りかぶる。が、ヴァークの目の色を見て、投げるのを躊躇した。

 ヴァークは海を背にして立ち上がり、片腕を掲げた。海を漂う瘴気は彼の腕に吸収されていき、彼の身体に瘴気が巡って満ちていく。

 彼の闇色の瞳から殺気とは違うオーラが滲みだし、全身が闇を帯びる。

 海に漂う瘴気が全て彼に吸収されるころ、ヴァークは先ほどまでの疲れを吹き飛ばし、構えと同時に気迫を飛ばした。


「俺の番だ」


 言葉がヴァルコの耳に届いた瞬間、彼の周囲にダークホールが複数開き、そこからヴァークが現れ、ホールからホールへと移動しながら斬りつける。

 ヴァルコはそれを口笛を吹きながらいなし、空へと逃げる。

 それを待っていたのか、ヴァークは天に空いた暗黒から現れる。

 ヴァルコはそれを迎え撃つようにフラッシュブラストを全方位へと放ち、夜を一瞬だけ真昼間のように照らす。

「この間だ」光が失われた瞬間、再び闇からヴァークが現れて無属性刀を振るう。

 ヴァルコはそれを受け太刀し、宙返りしながら砂浜へ着地した。

「さっきよりも鋭さが違うな……それにこの戦いのペース……変わったな」

 同時にヴァークも彼の正面に着地し、鋭い瞳を向ける。彼は先ほどまでの彼ではなく、ヴァルコと同じ『温かみのある気配』を帯びていた。

「今、吸収した闇の瘴気の中に、数十年前のあんたの記憶を見た……あんたは魔王と戦い、敗れた……だが、あれは敗北ではなかった」

「いろんな仲間に、託したからな。正直、こんな風に復活するのは予想外だったよ」と、ヴァルコはニヤリと笑いながら己の握った拳を見る。「てか、魔王って誰だ?」

「……あんたの記憶では『エクリス』と記憶されているヤツだ。あいつは今や、魔王と名乗っている」

「へぇ……あいつ、魔王に成り果てたのか……知ってるか? 本当はあいつ、勇者に憧れていたんだぜ? 『僕が勇者になって世界を『絶対平和』に導く!』ってよ。ははっ、そんなあいつが今や魔王か……なんか……悲しいな」

「今や、あんたの方が『勇者』として有名になった。が、それも魔王が『無かった事』にしようと揉み消したがな」彼の言う『揉み消し』とは『勇者の時代』の事をさしていた。

「エクリスは昔から俺の事が嫌いだったからな。まぁいい……さ、おしゃべりは終わりだ」と、ヴァルコは片腕に光球を纏い、それを少しずつ肥大させていく。

 それを合図にヴァークも手に闇球を膨らませる。

 互いの呼吸が合った瞬間、互いに球を投げ、同時に突撃する。

 2人の光と闇は凄まじく激突し、東大陸全土を揺るがす程に激震した。巨大な魔力は海岸の形を変える勢いで衝撃波を放ち、砂と潮風の嵐を巻き起こす。

 しばらく陰と陽の激突が続き、闇夜を引き裂くような音を鳴らし続ける。

 そんなふたつの魔力が弾けて収まった瞬間、ヴァークとヴァルコの間合いが潰れ、互いの無属性刀が再びぶつかり合った。



 遅れて大型実験場に辿り着くナイア。扉は破壊され、そこを潜ると、そこは闘技場と言うよりも瓦礫置き場の様に荒れ果てていた。置かれた物は全て砕け、舞台や壁は見るも無残に斬り刻まれていた。

「この戦いの跡……彼が覇王と戦った時を思い出すわね」と、瓦礫の上を注意深く歩く。

 アドラルが閉じこもっていた小部屋に気が付き、ドアを開く。そこにはあらゆる機械が備え付けられ、クリスタルが刺さっていた。

 それは風の記憶石であり、この場で起こった戦いを全て記憶していた。

 ナイアはそれを遠慮なく引き抜き、ポーチに仕舞う。

 そこを出た反対側には真新しい大穴が空き、そこから風が吹いていた。

「外に続いているわね……この先に彼が?」と、少し急な傾斜を軽やかなステップで駆け上っていく。

「……まさか……彼の魂が? でも、そんな都合の良い事が起こる訳ない……」



 東大陸の激震は北大陸のバルバロンまで響いていた。魔王の居城にまで届き、執務室で書類に目を通していた魔王は目を丸くして急に立ち上がる。

「……っ……?!!」肩をワナワナと震わせ、奥歯をカタカタと鳴らす。

 そこへ軽やかなノックと共に秘書長ソルツが現れる。

「失礼します、魔王様。明日のスケジュール合わせで……す、が……」と、いつもの様に話しかけるが、只ならぬ魔王の気配に押され、唾を飲み込む。

「……あ、あいつか? あいつなのか?! あいつは死んだはず!! 俺様がヤツの肉体、魂を闇の炎で焼き尽くした筈!! なのになんだ?! この気配はなんだ!!!」額に血管を浮き上がらせ、両手を震わせる。

「あ、あの……如何しました?」

「ソルツっ! …………いや、何でも……な……い……訳が無い!!」魔王は平静を装おうとしたが、そんな余裕がなく、殺気を吹き上がらせた。

 彼に取って忌まわしい気配をふたつ、同時に感じ取り、数十年ぶりにパニックに陥っていた。

 ひとつは自分の血筋以外の闇使いの気配。

 もうひとつは17年前に決別した『勇者』の気配であった。

「おのれ! 早速、黒勇隊を送り込み……否、あいつらを送っても無駄だ! ヤツは覇王が認めた男……ロキシーとウィルガルム、そして俺様でもう一度ヤツを!!」

「魔王様! 落ち着いてください!! そのお2人を同時にぶつけ、さらに貴方様まで向かってどうするのですか?! 相手は一体何者なのですか?」ソルツは魔王を宥めようと彼に近づこうとする。

 しかし、すでにこの部屋は魔王の焦りと恐怖による殺気で凍り付いており、ソルツはそれを受けてその場で腰を抜かした。

「ヤツは……ヤツは!! くたばった筈だ!! 残ったのはナイア・エヴァーブルーのみの筈だ!!!」髪は逆立ち、魔力が噴き出て執務室が激しく揺れ、書類は飛び、本棚がひっくり返る。高級な材質で出来た椅子や机は割れて砕け、インクやティーカップが飛び散る。

「蘇ったなら今度こそ、今度こそ俺様が殺してやる!! 待っていろ!!!」すると魔王は闇の中へと姿を消し、執務室の殺気嵐がピタリと止まる。

「……魔王様……」ソルツは乱れに乱れた部屋のドアの前で呆気にとられ、背中にへばり付いた恐怖に震えた。「一体何が?」

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