53.赤いスイッチ

「自分より強いヤツ?」ヴァークは忌々しそうにヴァルコを睨みながら口にした。

 彼の言う通り、ヴァークは生まれてこの方、苦戦した事が一度も無かった。それどころか、修行も訓練もした覚えが無く、物心ついたときから彼は無敵の強さを誇っていた。

 故に、彼は自分より上手の相手が現れた時の対処法を知らなかった。

「それに、お前の太刀は一見鋭く、激しいが……魂が籠っていないな。まるで、木を切りにきているみたいだ。生き物を、対戦相手を斬る事を意識していない」ヴァルコは教師の様な口調で指を立てる。

「……よくしゃべる男だ」ヴァークは自分のペースを取り戻すため、あえて相手の話を頭に入れずに口にし、踏み込む。

 すると、ヴァルコは彼の踏み込み脚よりも早くステップし、当身を喰らわせて攻撃の初動を潰す。

「ぐっ!」

「足腰の弱いヤツは相手しやすくていいや」ヴァルコはニヤニヤと笑いながら荒々しく剣戟を繰り出し、ヴァークを防戦一方に追い込む。

「舐めるな!」と、片腕から一瞬で練り上げたダークブラストを放つ。

「おやおや、相性が悪いな」向かってくる闇の激流に向かって光弾をぶつけ、一瞬でかき消す。「お前にとってな」

「……っ!」一瞬でヴァークは背後の影に姿を消し、数瞬後、ヴァルコの背後から一閃を浴びせる。

 しかし、ヴァルコはその攻撃を欠伸しながら受け、回し蹴りを放つ。ヴァークはそれをモロに喰らい、吹き飛ばされて床に転がった。

「がはっぁ!!」

「目を見ればわかる。意図を読まれたくなければ、もっと視線の送り方ってやつを勉強しな」

「くっ……貴様、何者だ……」

「俺か? 俺ぁ……」



「どこに出口があるの? エルザはここにあるって言ってたよねぇ?!」リサは西エリアのエルザのいた向こう側の袋小路の壁を探りながら怒鳴った。

「やっぱり隠してあるんでしょうか?」エルは近くにスイッチか本棚が無いか探す。

「……勢い余って殺しちゃったけど、やっぱり半殺しにして吐かせればよかったかな?」

「リサさん……それは悪者のセリフですよ」

「ここから出られるなら悪者にも何者にでもなるわ! ……影に沈んでワープっぽい事が出来るみたいだけど、それを練習した方が早いかな?」と、リサは近場の影に手を置き、魔力を送り込んでみる。だが、影が色濃くなるだけで、その影に沈むことはなかった。

「変な諦め方しないで下さいよぉ……ん?」と、10メートル程、後方で倒れるエルザの死体に目をやる。

 そこには血だまりのみで、彼女の姿はどこにもなかった。

「り、リサさんリサさんリサさんリサさん!!!!!!」

「なによ? 早口言葉みたいに!」

「あれあれあれあれ!!」

「アレ? 出口でも見つけたの?」と、エルの指さす方を見て目を細める。

 すると、彼女の近場の影から目を真っ黒に染め、口から黒い汁を垂らしたエルザが飛び出てくる。胸からは相変わらず銃剣の先が沈んでおり、黒い血が飛び出ていた。

「うわっ!」突然の事にリサは仰天し、反応できなかった。

「危ない!」エルは反射的に光を放つ。

 すると、エルザは顔を押さえながら転がり、身体を痙攣させた。黒い目は、潰れた卵の黄身の様に弾け、眼窩から黒い汁を垂らしていた。

「くっ……しつこい奴だなぁ!」と、バスターガンに手を掛ける。が、既に銃剣も無く、何も撃てない為、実質ただの鉄の塊であった。「これで殴られたら痛いぞ?」

 エルザは手で辺りを探り、床中に黒い汁を撒き散らす。散った跡からは闇の触手が伸び、リサ達に迫った。

 それを見たエルは光を放ち、闇を浄化させる。

「次はお前だ!」エルは光を照らしたまま彼女に近づき、エルザを撃退しようと試みる。

 が、エルザはその光を掻い潜り、彼の片腕に噛みついた。彼女の噛みつき痕からは闇が伸び、彼の腕を侵食し始めた。

「いでででででででででで!!!!」

「こいつ! 無様だぞ! 離せ!!」リサはバスターガンでエルザの脳天を一撃し、強引に引き剥がす。

 エルは噛みつき痕に光を当てて闇を浄化し、傷痕にヒールウォーターをかける。

「くっ……しつこいけど、さっきまでの凄みも何もないね……何故、ここまでして……?」

「あ……が……ぇ……」エルザは膝をガクガクと震わせながら立ち上がり、ヨロヨロとした足取りで彼らに近づく。その姿はダークグールというよりゾンビであった。

「まだやる気か?!」腕の痛みを怒りに変え、腕に魔力を込めるエル。

「ちょっと待って!」リサは彼の腕を掴み、注意深くエルザを観察する。

 彼女は何かを訴えようと口をパクパクさせながら近づいていた。


「だ……ず……げ……で……」


 肉は腐り堕ち、身体のところどころから瘴気の様な黒いガスを噴き出すエルザ。

「そうだった……彼女はここの実験体なんです。実際の彼女は、既に死んでいるようなモノなのに……薬で無理やり正気を保ち……その無理が来ているのか」エルは数時間前に読んだ実験記録を思い出し、彼女を憐れむような眼差しを向ける。

「何とか助けてあげたいけど、彼女にとっての救いは死、だけね。でも、どうやって……」

「……よし……」エルは何かを決めた様に目に力を宿し、一歩前に出る。

 エルザは再び奇声を上げて飛びかかる。彼はそれに向かって臆さずに懐に飛び込み、彼女の腕を取る。

 そこから彼は光を彼女の体内へ送り込んだ。

 エルザは苦しむような声を上げたが、次第に彼女に絡みついていた黒い汁が蒸発を始める。肉体は灰の様にポロポロと崩れていく。


「あ……た……た……かい」


 エルザはそこでやっと綺麗な涙を一筋流し、最後の喉鳴と共に身体が崩れ落ちる。

「……それが一番の救いね……」

「……さようなら、エルザ副隊長……」エルは重たい溜息を吐き出し、目を瞑った。



 その頃、フィルはいつの間にか研究所を脱出し、墜落した飛空艇へ乗り込んでいた。

「うわぁ~ 酷い有様っすねぇ……っとぉ、まだ動くかな?」と、火花を噴くコントロールパネルを弄る。何度スイッチを押しても反応しない為、強引に殴りつける。同時に近くの機械部品が反応し、赤く大きなスイッチが現れる。

「よし、動いた。さてさて」と、後部へと向かい、何かを弄る。「30分くらいでいいか。何しろ半径10キロだからなぁ~」と、容赦なく赤いスイッチを押す。

 すると、鉄球が赤く点灯を始める。

「……さ、行くか。ナイアさんには説明したし、器用に逃げてくれるだろ」と、紅く濡れた布袋を担ぎ、急いで飛空艇から離れる。

「やば、ちと臭ってきたか?」


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