52.帰ってきたヒカリ Part 1
眼前のガラスケースに手を置き、何かを想うように目を瞑るナイア。
中身のダークマターは呼吸をする様に瘴気を定期的に吐き出していた。台座には排気口が備わり、瘴気を常に吸っては何処ぞへと排出する。アドラルは排気口を操作し、城内や地下施設、城下町へ瘴気を流し込んでいた。
「コイツをどうするおつもりで?」フィルは彼女の行動を注意深く観察しながら問いかける。
「……コイツを……」ナイアは隣のコンソールを動かし、徐にガラスケースを開く。
「うわっ!! 危ないっすよ!!!」瘴気の危険性を理解するフィルは、必要上に後退し、役に立たないと分かっていながらもガスマスクを装着し、身構える。
「安心しなさい。光の加護があれば、闇に呑まれることはないわ」と、ナイアは彼に小さなアクセサリーを投げ渡す。それは小さな光を放っていた。
「こんなもんで?」
「信じないならこの部屋から出て行きなさい。今からする事は、かなり危ないわ」と、彼女はダークマターに何か小さな箱を4つ、取り付ける。
「それは?」
「ダークマターは光以外の属性魔法を跳ね返すから、破壊するにはこれが一番」と、少し離れてポケットの中で何かを操作する。
すると、取り付けた箱4つが勢いよく爆ぜる。その衝撃でダークマターに皹が入り、闇の瘴気が勢いよく噴き出る。
「爆薬かい! って、危ない!!」と、怯えた様に身じろぐ。アクセサリーのお陰で瘴気は彼を避けて通る。
ナイアは臆することなくその場に立ち、ダークマターの様子を伺った。
実験場での激闘を観察し、夢中でデータを採っていたアドラルは警告音を聞いて目を泳がせていた。
「んな? 何処の部屋だ?」と、携帯端末を取り出す。「な!! あの部屋はマズい!!」と、隠し扉を開いてすぐさまナイアたちのいる部屋へと向かう。
彼の使う隠し通路はアリの巣状に広がっており、道にさえ迷わなければ、どこへでもすぐさま向かう事が出来た。
「くそ! ナイアは確実に捕獲しておくべきだったか! 忌々しい!!」と、2分ほどで辿り着く。
隠し扉が開くと、そこにはナイアが胸の下で腕を組んで立っていた。
「あら、遅かったわね」片眉を上げ、彼を馬鹿にする様に口にする。
「貴様の目的は最初からコレか!!」
「えぇ。そのついでにここを跡形もなく消そうと思って。因みに、私の調べは当たっているかしら?」
「さぁ? どうだかな」と、ダークマターをチラチラと見るアドラル。既に漆黒色の岩肌には無数の皹が入っており、黒い粘液を血の様に垂らしていた。時折、苦しそうな音を立てて瘴気を吐き出し、排気口へ吸われていく。
「ランペリア国跡地から数個のダークマターを持ち帰り、それを研究……当初は闇属性復活を目論んで研究を続けていたけど、貴方はそうではなかった。ワザワザこの大きなダークマターを選んだ理由。そして……そして私の身体を研究した理由……」
「そこまで知るか……流石だな」
「今迄好き勝手にしてくれたお礼よ。手始めに、貴方に受け取ってもらうわ」と、頬を緩める。
次の瞬間、アドラルの背後で炎が立ち上り、灼熱の手刀が彼の背中から胸へ突き抜ける。
「!!!? 何者?!」
「俺っすよ、この間抜けが!」フィルは勢いよく手刀を抜き取り、続けて薙ぎ払う。アドラルの首は千切れ、床をゴロゴロと転がった。
「もっと聞き出したかったんだけど……」ナイアは不満そうに口にし、頭を失ったアドラルの身体を睨み付けた。
「我慢できずつい……一度殺されたもんで」と、腕についた血を払い、炎で蒸発させる。
しばらくすると、ダークマターは卵の様に割れ、闇の瘴気が勢いよく吹き上がる。
それを合図にダークマターを中心に衝撃波が放たれ、周囲の器材ごとナイアとフィルを吹き飛ばし、ガラスケースを粉々に砕く。
そして、部屋中に獅子の咆哮が轟き、割れた暗黒岩の中から光り輝く玉が飛び立ち、部屋から出て行く。
「いっててててぇ……何だったんっすかぁ?」頭に出来たコブを摩りながら起き上るフィル。
そんな彼の隣で既に起き上ったナイアは光の玉の飛んでいった先へ顔を向けていた。
「獅子の咆哮……やっぱり彼の言った通りだった。覇王の加護は、『彼』を絶対に死なせはしない……本当だった……っ!」ナイアは瞳を潤ませ、声を押し殺す様に口を手で覆う。
「……何の話っすか?」
「あんたは関係ない。その首を拾ってここから早く出なさい」と、言い残すと彼女は風の様に颯爽と退室し、光の玉を追った。
「首を拾うって……うえぇぇぇ……マジな意味で首を持ち帰んなきゃいけないんっすかねぇ……」と、髪の毛を引っ掴んで持ち上げる。「うぇっ……想像以上にエグいな……」
光の玉は壁を高速で研究所内を飛び回り、迷うことなく真っ直ぐ巨大な実験場へ向かっていた。
相変わらず激闘を繰り広げる2人の間に光の玉は割って入り、その間で揺れ動く。
「? なんだコレは?」戦いのリズムを崩され、訝し気に玉を睨み付けるヴァーク。
次の瞬間、光の玉はヴァルコの胸へ飛び込む。彼は珍しく呻き声を上げて吹き飛び、背後の壁へ勢いよく叩きつけられた。彼は胸を掻き毟って唸り、首をブンブンと降る。
次第に胸や腕に傷跡が浮き上がり、眉の濃さや皺の形が変わっていく。。
「急にどうした?!」突然の出来事に狼狽するヴァーク。
しばらくすると、ヴァルコは目の色を変えて顔を上げ、周囲を確認するように見回す。
「……ここは……?」
ここで初めてヴァルコは言葉らしい言葉を口にし、気怠そうにため息を吐いた。
「っあ~……三日酔いの二日目って感じだな……だりぃ……って、ここ何処よ? しばらく悪夢を見ていたって感じだが……」太い首を摩りながら欠伸をし、そこでやっとヴァークの姿を視界へ入れる。
ヴァークは急に態度の変わったヴァルコを警戒しながらも無属性刀を構え、全身の魔力を高めた。
「何だお前? やる気っぽいが……おぉ!? お前もその技が出来るのか!? こいつぁ面白そうだ! ん?」と、今度は己の手に握られた得物を睨み付ける。何か気に入らないのか、不服そうにため息を吐く
「ったく、俺にこんな素人が打ったみたいな武器を握らせたのは何処のどいつだぁ? あーちょっと待っててくれ。なんか丁度いい得物を探すからさ」と、大剣を床に突き刺し、武器ラックの方へ駆け寄る。
「急に口数が多くなったな……」
「コレもダメ! ダメ! ダメ!! ったくぅ、ここにはロクなモノが無いなぁ……これでいいかぁ」と、何の変哲もないショートソードを手に取り、軽く振る。
それを合図にヴァルコはニヤリと笑いながら闘技場中央へと向かい、ヴァークへ向き直った。
「お前のその感じ、闇使いだな? 俺の知る限り、闇を操るのはエクリスだけだったが……あいつの倅か?」
「……それがわからないんだ……と、言うかお前は?」
「俺は何でここにいるのか分からねぇ……あの日を最後に、俺は死んだはずだが……死んでなかったのか? これが覇王のオッサンの言ってた加護の力か? よくわからんが、この身体は『俺のモノ』ではないらしいな。だが、妙に愛着があると言うかなんというか……」
「言っている事がサッパリだな」ヴァークは首を傾げながらも警戒を続ける。
「だろうな。さて、俺の身体の感じやお前の雰囲気を見るに、今迄、俺たちは戦っていたんだろう? 何故戦っているのかはわからないが……俺は大歓迎だ」と、ショートソードに淡く無属性を纏わせる。
「来な。遊んでやるよ」
ヴァルコは不敵に笑い、ヴァークを誘った。
「私を舐めているのか? 先ほどよりも闘気が小さくなっているぞ? 殺気も無いし、なにより構えていない、隙だらけだ……なら、遠慮なく」と、ヴァークは先ほど見せた死角へ入り込んでの連撃で一気に切り刻もうと構え、地面を蹴る。隙だらけの脇を抜け、背後に音も無く移動する。
次の瞬間、ヴァルコが振り向き、ヴァークの軸足を払った。
「なっ!」体勢が崩れ、ほんの一瞬だけ隙を晒す。
「大技の時は、足元に注意するんだな。それから、敵が『あえて』晒している隙は、罠と知れ」説教する様に口にし、ヴァルコはヴァークの首を片手でむんずと掴み、壁へ叩き付けるように放り投げた。
「ぐっ!」空中で回転してバランスを整え、壁に取り付き、そのまま顔を上げる。
するとすでに、ヴァルコは彼の眼前まで飛び、拳を振り被っていた。
「何!!」間一髪でヴァルコの拳を躱す。彼のパンチは壁に深々と突き刺さり、大皹を作り上げた。
突き刺さった腕を斬り落そうと無属性刀を構えるが、ヴァルコの拳はめり込んだまま壁を薙ぎ払い、礫を突風の様に飛ばした。
「ぐぬっ!!」弾丸の様に飛ぶ礫を払い落とすが、その間にヴァルコは距離を詰め、ショートソードを振りかぶっていた。
先ほどまでは淡く無属性を纏っているだけだったが、振りかぶった瞬間、それは巨大な特大剣の様に伸び、部屋の天井ごと斬り裂いた。
ヴァークは片膝を付きながらも受け止める。鍔ぜり合うも、力は圧倒的にヴァルコの方や上であり、押し負けてしまう。短刀に纏った無属性を一旦解き、部屋の反対側へ逃げる様に距離を取る。
「やるな。だが、見えたぜ」ヴァルコはニヤリと笑ってヴァークに指さした。
「なにが見えたんだ?」息を切らせ、顎から汗を垂らす。
「お前、自分よりつえぇ奴と戦った事、ないだろ?」
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