50.闇の剣士VS光の魔人 前篇

 地下研究所の廊下を歩くヴァークたち3人。先頭のヴァークは先ほどから黙りこくり、目の下を黒くさせていた。背には殺気とも闘気とも呼べない『何か』を帯び、リサとエルは距離を取って後ろから彼の後を追っていた。

「なんか、普段の隊長じゃないみたいですね……」ヴァークの只ならぬ気配に気圧され、声を震わせながら呟くエル。

「……隊長もあたしと同じ、属性を持たない人だった……だから闇の瘴気を浴びて……でも、あたしとは何か違う……」彼女も何かに勘付きながら距離をとる。

 しばらく研究所の長く伸びる廊下を歩き続ける。脇の小部屋には目もくれず、ヴァークはまるで目的地の場所を知っている様に迷いなく歩き続けた。

 更に、その目的地に近づいているのか、ヴァークの帯びる闇が色濃くなる。

 次第に、彼の放つ音と共にコツコツとしたブーツの音が消える。

 そして、廊下の明かりの元となるライトクリスタルに次々と皹が入っていき、破裂する様に破片が飛び散っていく。

「うおわ!!」明かりが消えた事に驚き、唾を飲み込むエル。

「一体何なの?」リサは砕けたライトクリスタルの破片を拾い、首を傾げた。

 エルは急いで指先から光を放ち、ヴァークの歩く前方へ照らす。

 そこにはなんと、ヴァークの姿も気配もなかった。周囲には入れる小部屋は無く、どこへ光を照らしても彼の姿はなかった。

「ちょ、ちょっとぉ!! どこいったんですか!! 返事をして下さい!!」周囲に喧しく光りを照らし、更に怯えた様に声を荒げるエル。

「……闇を通って行ったんだ……」闇色の瞳に魔力を込めたリサがポツリと呟く。彼女の目は暗闇を見通す事が可能であり、ヴァークが闇溜まりの中へ沈み、姿を消した所を彼女は見ていた。

「どういう事です? ワープしたって事ですか?」

「エルザがやってた、アレ……いえ、あれよりも高度かも」と、ヴァークが姿を消した闇溜まりの跡に手を置く。

「どうしましょう! 隊長とはぐれたって事ですよね?」

「……どうやってるんだろう?」リサは手に魔力を込め、闇に沈むイメージを浮かべる。

 しかし、彼女は闇に沈むことは無かった。

「本当、どうやるんだろう?」

「リサさんリサさんリサさん!!! 僕を置いてどこかへ行かないでくださいよぉ!!!」エルは半べそを掻きながら彼女にしがみ付いた。

「あぁ!! 鬱陶しい!! 離れろ! それから必要以上に眩しい!!」



 ヴァルコは城下町の隠し通路を通って地下研究所へ戻っていた。首筋の赤い宝石が光ると、それに従う様に足を進ませ、とある部屋へ入る。

 そこは巨大な実験場であった。出入り口には武器の大量に飾られたラックが置かれていた。中央は闘技場の様な場が広がる。

 ヴァルコは無表情で静かに闘技場へ上がり、その場でじっと待つ。

 しばらくすると、彼の正面に闇が広がり、ヴァークがヌッと出てくる。今の彼の顔は4番隊隊長をやっていた時の彼ではなかった。

「只ならぬ気配を感じ、ここに来てみたが……正解だったか」ヴァークはヴァルコの目を睨み、殺気を膨らませる。

 ヴァルコは無表情のまま大剣を構え、紫光を纏わせる。

「殺気は無いか……だが、やる気は満々だな」と、短刀を取り出して同じく無属性の刀身を伸ばす。練り上がったそれは更なる紫光を帯び、空間を斬り裂く様な勢いを出す。

 今のヴァークは半年ほど前の『彼』だった。ただ好奇心のみで動き、闘争本能を発散させる化け物であった。

 そんな彼の殺気に反応してか、先に動いたのはヴァルコであった。一瞬で間合いが潰れ、二振りの無属性刀がぶつかり合う。

 その瞬間、空間が破裂するような耳を劈く轟音が響き、衝撃波が炸裂する。実験場の壁に皹が入り、彼らの足元がベコリと凹む。

 そこからヴァークは身体が動くままに無属性刀を振り、容赦なく攻めた。必要以上に長い刀身は闘技場の床を抵抗なく斬り裂いていく。

 ヴァルコはヴァークの嵐の様な攻撃を一歩も退かずに的確に防いでいく。彼の太い腕は大剣を短刀の様に振り回した。

「ふん」ヴァークが指を動かすと、闘技場に闇溜まりがひとつ、ふたつと増えていき、そこから闇の触手が襲い掛かる。

 それに対しヴァルコは左手から光魔法を練り上げ、フラッシュブラストを薙ぎ払った。闇の触手は一瞬で消え去り、更にヴァークに襲い掛かる。

 彼は一瞬で闇の中へ姿を消し、ヴァルコの背後へワープして襲い掛かる。

 ヴァルコはそれを気配だけで感じ取り大剣で迎え撃ち、彼の連撃を押し返す。

「くっ……」堪らず距離を取って跳躍し、ふわりと間合いの外へ着地する。間一髪でヴァルコの光の一撃を避けたが、若干間に合わず左腕をほんのりと火傷していた。

 ヴァルコは休ませない様にそのまま前進し、大剣を小枝の様に振るって襲い掛かる。

 ヴァークは呼吸を整えながらも彼の強打を受け流し、左腕からダークブラストを放つ。

 この技は闇魔法で相手の肉体や精神を蝕み、腐らせ崩壊させる技であった。

 ヴァルコの彫像の様な肉体に闇が纏い、怯む様に表情を歪ませる。が、動きは鈍らず、ヴァークの追撃を防ぎながら引く。

 ヴァークはそのまま攻めずに引かせ、自分も一旦呼吸を整えるためにそのまま止まった。

「さぁ、その闇をどうする?」

 ヴァークの期待とは裏腹に、ヴァルコは全身に光を待ちわせて一瞬で闇を打ち払った。更に負ったダメージは光に包まれ、一瞬で回復する。

「……中々に厄介な相手の様だな。面白い」ヴァークは戦いを楽しむ様に微笑を浮かべ、無属性刀を構え直す。

 そしてまたヴァルコと剣を交わらせ、ぶつけ合い、衝撃を轟かせる。

 しかし、この戦いの中でヴァークはある違和感に気が付き、眉を顰めた。

「だがおかしい……これだけの豪打を繰り出せる程の腕を持ちながら……技に魂が籠っていないな……」と、ヴァルコの鋭い豪打を受け止めながらも首を傾げる。「この私と同じように……」

 その実験場を観察する小部屋の中には、いつの間にかアドラルが椅子に座りながら2人の戦いを観察していた。

「さぁてさてさて……ヴァイリーよ。どちらの化け物の方が優秀か、これでわかるな……」



 その頃、ナイアは研究所の最深部に置かれた巨大な箱を眺めていた。隣に置かれたコンソールを弄り、箱を開く。中には彼女が発見したダークマターよりも大きな漆黒の塊が置かれていた。箱の中には排気口が備わっていた。これが廃城の中へ瘴気を送り込んでいた元凶であった。

「この中から何かを感じる……」と、ガラスケースに手を置く。

 すると、背後から何者かの気配を感じ取り、勢いよく振り返る。


「ちわっす」


 その者は軽薄な挨拶をしながら緑髪を掻いていた。

「貴方、黒勇隊諜報部ね。ボーンくんは元気?」

「そういう貴女はナイアさんっすね。数年前、何度かお目にかかっていますよ」

「血塗れだけど大丈夫なの?」と、彼の姿を見て眉を顰める。彼は血で汚れ、乾いた悪臭を放っていた。

「出来ればシャワーを浴びたいところですけど、そうも言ってられない状況ですからね」

「貴方の目的は、やっぱりアレなの? ヴァイリーの為にサンプルとデータの収集? 相変わらず黒勇隊を酷使しているのね」と、呆れた様に口にするナイア。

「ま、そんな所っす。あと、アドラルを暗殺して首を持ち帰れって命令っす」

「首って……マジなの?」

「比喩表現かも知れないっすけど……ま、言葉の通りに実行しますよ。で、貴女の目的は?」

「至ってシンプルよ。ここを消し飛ばす。と、言っても……これを実行するのは恐らく……」

「俺たちっすね。探索が終わったと、この廃城、研究所は城下町ごと無属性爆弾で消し飛ばされます。で、本当の目的は?」と、ナイアに詰め寄るフィル。

「……ある、噂を聞き付けて来たのだけど……本当なのか今でも半信半疑。でも、1パーセントの確立があるのなら私は……」

「……それは?」

「そこまでは教えてあげないわ。だって、貴方達は諜報部でしょ? そんな貴方にタダで教えてあげるもんですか」

「意地悪っすねぇ。ま、当たり前っすけど」

「そう言えば貴方は私を捕まえようとは思わないの?」

「えぇ。ゼルヴァルトさんとボーン主任、そして俺はナイアさんの味方っすから。手は出しませんよ~」

「あらそう……」

「だから教えて下さいよ~本当はどんな目的でここに?」と、ナイアの胸元をジロジロと見ながら詰め寄る。

「ダメ」にたりと笑いながらナイアはダークマターの箱へと向き直り、ため息を吐いた。


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