49.浸透する闇

 隠し通路でひとり残ったヴァークは表情を引き攣らせ、その場に立ち尽くす。

 隊員たちが浴びて、ひとたまりもなかった闇の瘴気。それを一身に浴びたヴァークは何故か力が漲り、今までにない高揚を覚えて困惑していた。

 次第に闇が頭の中を駆け巡る。それが逆に『頭の中の靄』を取り除き、少しずつ自分の中にあった不明な部分が明らかになっていく。

「……俺……いや、私は……ヴァーク。そう、結局……何者でもなかった。私は、自分が何者なのかすらわからない……」頭を押さえ、手を震わす。

 


 ヴァークは数か月前、単身で魔王に戦いを挑み敗北。その後、呪術兵器開発部門の長、ヴァイリー・スカイクロウの手によって記憶を消され、代わりに偽の記憶を刷り込まれ、この4番隊に配属されたのであった。

 彼は常人では使いこなせない謎に包まれた『無属性』と、魔王とその子らにしか宿っていない筈の『闇属性』をどちらも使いこなせた。

 何故、彼はそれを使いこなせるのか。いつ、どこで生まれたのか。誰の子なのか。この技は誰から学んだのか。それらの謎は彼自身も知らなかった。

 それを知るのは、ヴァイリー・スカイクロウだけだった。



 闇の瘴気が隠し地下通路を駆け抜け、それを小部屋でやり過ごしたエルとリサはひょこっと顔を出し、様子を伺う。

「急にビックリしましたねぇ! 危なかったなぁ……さ、そろそろ行きましょう!」と、リサの腕を掴もうと手を伸ばす。

 すると、彼女は彼の気遣いとは裏腹にスクッと立ち上がり、服についた埃を払い、髪を整える。

「ありがとう。もう大丈夫よ」リサはやっと余裕を取り戻し、笑顔を覗かせる。

 そこから2人は周囲をクリアリングしながら牢獄エリアへと引き返した。

 しかし、そこで一つ問題が起こる。リサのエレメンタルバスターガンが動作不良を起こして撃てなくなったのであった。魔力を駆使して引き金を引いても銃口からは火も風も出なかった。

「あんた、壊した?」リサはエルの顔を横目で睨む。

「あ……闇に侵された皆さんと交戦した時にちょっと無茶をしたかも……」

「まじか……」と、リサはバスターガンを点検モードにし、しばらく立ち止まる。しばらくして中から淀んだ色のクリスタルを取り出し、ため息を吐く。

「エレメンタルクリスタルが使い物にならなくなってるわね……」

「ぼ、僕のせいですか?」

「ううん……いくら壊れてもこんな風になるわけが……いや、こんなのは初め……て?」と、何か異変に気が付く。

 リサがクリスタルを掴んでいる間、淀んだ色のクリスタルが徐々に闇色に染まっていき、仕舞には砂利となって崩れたのであった。

「……え? あたしのせい?」と、バスターガンに装填された全てのクリスタルを取り出す。それら全ては例外なく淀んでいた。

「……どういう事ですか?」

「闇の瘴気に晒されて、あたし自身が変わった、とか?」と、手の中で魔力を練る。彼女は特定の属性に選ばれなかった珍しい体質の筈だった。

 が、なんと彼女の手の中で闇色の魔力が渦巻いていた。

「うぇ!!」と、汚いモノを払い落とす様に手を叩くリサ。

「い、今のは闇属性?!」エルザが操っていた闇魔法と同じ物がリサの手の上にも現れ、狼狽する。

「う、うそ? もしかして……あたし……」と、試しにバスターガンを扱う要領で魔力を腕に込め、正面に手の平を翳し、込めた力を放出する。すると、闇色のトルネードが廊下を駆け巡り衝撃波を放った。

「まさか……」


「闇属性使いになってるぅぅぅぅぅぅ?!?!!」


 リサは目を回しながら仰天し、両手から溢れる力を確かに感じ取り、興奮する。

「ちょ、ちょ! まさかリサさん、あのエルザって人みたいに……」エルは内心怯え、後退る。

「ちょっとぉ!! 人をあんな狂人と一緒にしないでくれる?! って、はしゃいでいる場合じゃないわね! 早くこんな場所から脱出するのよ!」と、更に元気を取り戻し、ズイズイと廊下を進む。

「よかった、いつものリサさんだ……」

 すると、不意にリサは闇魔法を床や廊下に放ち、その上に乗る。

「……何やってるんです?」エルが尋ねると、リサは難しそうに唸り、腕を組む。

「いや、どうやってエルザみたいにワープするのかな~ って……」

「やってみたいんですか?」

「そりゃあんた、あいつに出来るならあたしにも出来ない道理はないでしょう?」

「ま、ここから脱出したら沢山練習してください……」



 隠し通路の出入り口付近へ来ると、ど真ん中で立ち尽くすヴァーク隊長に気が付く。

エルは反射的に声を掛けそうになるが、彼の周囲にはダークグールと化した隊員たちが徘徊しているのに気が付き、脚を止める。

「ま、まさか隊長……嘘でしょう?」小声で絶望の声を漏らす。無敵と呼ばれる程に頼りになるヴァーク隊長までもがグールと化したのだと思い込み、エルは奥歯をカタカタと言わせた。

「ちょっと、よく見なさい。隊長の目と肌はいつも通りでしょ。大丈夫よ」

「でも、仲間たちが……」

「そうね……残念……って、ん? なんで隊長は襲われないのかしら?」と、リサが首を傾げる。

「まさか、あいつらを飼いならす術を発見したとか? 流石隊長!」と、エルは事情を聞こうとヴァークに近づく。

 すると、彼に気が付いたダークグールが一斉にヴァークを素通りして襲い掛かる。


「ちょ! 何で僕だけぇぇぇ?!」


 堪らず逆走し、リサの後ろまで逃げる。ダークグールはなんと、リサも眼中にないと言わんばかりに横を通り、エル目掛けて牙を剥いた。

「あら?」素通りする殺気に違和感を覚え、更に肩をすくめるリサ。

「だから何で僕だけぇ?!!! 理不尽だぁ!!」と、エルは両手から光魔法を放出し、元同僚たちの目を焼く。ダークグールたちは堪らず後退し、殺虫ガスを浴びた虫の様に逃げ出す。「ひ、光属性でよかった……」

 そんな騒ぎの中、ヴァークはぼぅっとその場で立ち尽くしていた。

「隊長?」異変に気が付き、彼の顔色を伺うように近づくリサ。

「……私は……」

「隊長? 隊長! たいちょう!!」リサは彼の気付けをするように頬を叩き、肩を揺さぶる。

「……? リサ副隊長?」初対面の様に目を丸くしたが、徐々に彼女を思い出す。

「どうしました? 4番隊の皆は?! レックスは? こちらの生存者はエルと私だけです!」

「……そうか……俺は、4番隊の隊長……か……」

「何を眠たそうな事を言ってるんです? 大丈夫ですか?」リサは彼の眼前で指を何度か鳴らし、彼の体調を確認する様に瞳を覗き込む。

「……あ、あぁ……大丈夫だ、問題ない。俺の連れていた隊は……闇の瘴気に晒され……瘴気の出所はこの先か?」正気を取り戻した様に目に輝きを取り戻し、ヴァークは隠し通路の方へ足を踏み入れる。

「あ、あのぉ……その先へ行くのですか?」エルは怯えた様に通路の先へ顔を向け、青ざめる。

「あぁ。何か問題があるのか?」

「いえ、もう任務がどうとかよりも、脱出した方がよいのでは?」

「……少し俺に時間をくれ。闇の瘴気の正体を突き止めたいんだ。任務抜きでな」と、ヴァークはエルを押しのけ、隠し通路の奥へと向かった。

「……そうですか……リサさん、我々はどうしましょうか?」

「……あたしもその正体に興味があるな……それに、隊長に付いていった方がいいでしょ?」リサは踵を返し、ヴァークの向かった廊下の向こうへと付いていった。

「そうなるんですか……無事で帰れないかもなぁ……」エルは不安を漏らし、背中を丸くしながら結局、彼らに付いていく事にした。

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