47.光の魔人

 地下研究所の廊下を書類束片手に歩くアドラル博士。この書類に今迄の実験結果が事細かに書かれていた。

「黒勇隊4番隊隊長ラト。獣化けの呪術に超再生能力。日々、ダークグールを喰らい、闇の力も持ち合わせる、現状最強の暗黒獣だろう。丁度いい準備運動相手だ」アドラルは子供の様にクスクスと肩を揺らして笑う。

 書類を一枚めくり、レックスのデータに目を通すが、それを読み流して次のページに移る。そこにはヴァークのデータが書き記されていた。

「本命はこいつ……ヴァイリーの最高傑作……コイツを倒し、初めて勝ちと言える……だが、トラブルが発生して闇を封じられたとあるが……だが、問題はないだろう。闇の瘴気を浴びれば目覚めるだろう」と、とある部屋に辿り着き、椅子に座る。

 正面には沢山のボタンが備え付けられていた。これで廃城の仕掛けを操っていた。

「さて、ヴァークは今どこだ?」と、ヘルメットを被り、スイッチを入れる。これを使う事によって、廃城内の様子を風魔法で感じ取る事が出来た。



「しらばっくれるんじゃないよ! あんた、ナイア・エヴァーブルーでしょ!!」覚醒早々に目を尖らせ、眼前のナイアに向かって指を向けるリサ。

「だから違うって言ったでしょ? 私はナイアルド・モーニンエンジェル! この城の生き残り……あ、間違えた!」ナイアは少々ワザとらしく口を押え、誤魔化す様に笑う。

「あぁ! やっぱり出鱈目吹いていたんだな!!」エルも気が付き、身構える様に眉を怒らせる。

 が、ふたりとも肩の力を抜き、ため息を吐いた。

「ま、恩人だから今は見逃すわ。ここから出るまではね」リサは自分のサバイバルキットからヒールウォーターを取り出し、一口含む。

「そうですよ! 全然悪人に見えませんしね!」エルは頷きながら口にする。

「でしょでしょ? 私と仲良くするのはそんなに悪くないわよ~」と、エルに擦り寄る様に近づき、胸の谷間を強調する。

 それを阻む様にリサが前に出てナイアを睨み付ける。

「調子に乗るんじゃないよ、このお尋ね者。そういえば、貴女は何故狙われているの? 最重要指名手配とは聞いているけど、貴女の罪の殆どはでっち上げにしか見えないし……」


「あぁ……実はね、私……魔王の顔面をぶん殴ったの」


「ははは、冗談でしょ?」エルは彼女の言葉を全く信じず、つかの間の余裕の中で落ち着きを取り戻した。

「で、これからどうしようか」復活したての割には、もう動き出しそうなリサ。

「あの、もう少し休んでから行きません?」



 日が暮れ、ガルオニア国に闇が訪れる。

 レックスは廃城前広場のダークグールを相手にひたすら斬り進んでいた。大太刀『髑髏裂き』を二刀に分けた『アギト』で黒い返り血を一身に浴び、啜り、味わっていた。

 このダークグールの血には暗黒瘴気と似た性質があり、レックスもまた闇に毒されていた。目はすっかり黄色く染まり、黒い斑点がクッキリと浮き上がっていた。

 だが、ダークグールの様なデクノボウにはならず、凶暴性の上乗せされた凶戦士になり果てていた。

 ただひたすらに襲い来る牙、爪を己の得物で斬り砕き、撃ち飛ばす。

 更に彼は二刀だけに留まらず足や肘、己の牙までもを武器とし、返り血を飲み下した。

 今の彼はもはや、獣と変わらない悪鬼だった。彼の頭には7番隊の仲間の事や任務は無く、ただ闘争本能のみだった。

 そんな彼の前に巨影が立ちふさがる。その者は廃城で交戦した獣であった。先程とは違い数倍近く大柄になり、筋肉が膨れ上がっていた。こいつもまた、ダークグールを喰らい、啜った血と闇を血肉と変えて変化していた。

 レックスは飢えた肉食獣の様に喉を鳴らし、禍々しい殺気を放ちながら構えた。

 獣も同じく裂けた口を更に広げ、四つん這いになって上半身を丸める。

 次の瞬間、間合いが潰れて互いの肉体がぶつかり合う。体格差でレックスが揉み潰されそうなものだが、彼は懐に潜り込んで脇腹を引き裂き、そのまま背中に回り込んで切り刻む。

 だが、相変わらず獣の再生能力は凄まじく、数瞬でズタズタに鍵裂きになった傷は元通りに治癒した。

 獣は両腕を、巨爪を出鱈目に振り回し、周囲の建物やダークグール諸共斬り裂く。が、レックスは血走った黄色瞳でそれを見切り、高速回転しながら刃で受け斬り流す。

 レックスはそのまま獣の間合いの内で刃を振り、肉を斬る手応えと返り血を味わい続けた。



 その間に、ヴァークは生き残りの部下たちと合流し、地下の監獄エリアへと向かった。リサ達の安否は露知らず、彼らは彼女らの行方を追う。

 道中、リサと同行した隊士が転化したグールを相手取り、彼女の行方を絶望視する。

「隊長……どうしますか?」堪らずに口にする隊員。彼はもはや探索は打ち切り、この廃城から一刻も早く退散したかった。彼以外の隊員もそう考えていた。

「……まだ彼女の骸を見つけていない。それまで俺は粘ろうと思う。皆は、裏側から撤退して構わん。合流ポイントとして決めた、北の森を抜けた丘の上まで向かってくれ。正面はレックス副隊長が……ひきつけている」

「隊長は……」

「私の心配はいらない。お前が皆の指揮を執れ」ヴァークは少々寂しそうに口にし、顔を背ける。

「はっ……よし、今から俺が副隊長代理だ。裏口から抜けるぞ!」と、指名された隊員が先頭に立って裏門のある方へと向かっていく。

「この廃城には黒幕がいるはず……そいつを見つけなければ……」



 地下研究所の一室、拷問椅子の置かれる部屋から男がひとり、静かに退室する。端正な無表情のその男は、静かに用意された軽鎧を身に付け、武骨な大剣を手に取る。

 右耳の下に小さなアクセサリーが埋め込まれており、それが赤く光る度に彼の目の奥が光り、次の動作に移る。

 入り組んだ通路を進んでいき、階段を上っていく。扉を開けると、そこは城下町のど真ん中にある民家の一室だった。

 外へ出ると、そこは黒い血の川が流れ、肉片と化したダークグールが転がりながら唸っていた。

 男は表情変えることなくダークグールを踏み潰しながら進む。

 その先にはレックスと獣が交戦している真っただ中であった。二体の化け物の攻撃が周囲を突風の様に斬り裂き、瓦礫と肉片が飛び散っていた。

 そんな中、男は静かに進み、化け物らの間合いへと平然と入り込む。片腕でレックスの利き腕を掴み、もう片腕で大剣を握って獣の巨爪を受け止めた。

 戦いの邪魔をされた二体は男を睨み付け、一斉に殺気をぶつけて唸り声を上げる。

 男は黙してその殺気を受け止め、負けずに闘気を膨れ上がらせる。

「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」もはや言葉を失ったレックスは吠え、男に剣を振る。

 男は一瞬で間合いから逃れ、二体を慎重に観察する。

 その様子をいつの間にか塔の上に移動したアドラルが双眼鏡越しに眺めていた。


「くくく……さぁ見せてくれ……光の魔人『ヴァルコ』よ……我が刃よ!!」


 ヴァルコと呼ばれた男は大剣に紫のエネルギーを纏い、軽く振る。彼のそれはヴァークの刃とほぼ同じ性質を持つ『絶対切断の刃』であった。

 その脅威を本能で知るレックスは、急に怖気た様に足を止め、歯を剥きだして唸る。

 獣は構わずにヴァルコに向かって突撃し、巨腕を振り下ろす。

 次の瞬間、巨木が如き腕は宙を舞い、獣が気付く頃には胴が真っ二つに分かれていた。

 その隙を突いてレックスは死角から襲い掛かったが、ヴァルコは振り抜き終わった大剣をそのまま身体を無理やり捻ってもう一回転させ、地面を抉りながら斬り上げた。

 その斬り上げは斬撃ではなく、無属性の衝撃波となってレックスを襲い、彼を跡形もなく消し飛ばした。ただ彼の持つ二刀だけが残され、黒い大地に突き刺さる。

「そ、その動きは……」ヴァークの動きを見て口を利いた獣は、今度は彼の動きに反応して正気に戻る。「その動きは覇王に認められし勇者……」

 獣の言葉に興味が無いのか、ヴァルコは手に魔力を込め、強烈な光を放った。その技はクラス4の光使いの『フラッシュブラスト』という攻撃魔法であった。この技は炎使いで言うところの熱線程の高レベルの技術であった。

 彼の放った光は獣の纏う闇、呪いを消し飛ばし超再生能力を無効化させた。それにより、獣は天高く咆哮してその場に倒れ伏し、そのまま動かなくなる。

 更に、ヴァルコは先ほどの斬り上げをし、獣の骸を跡形もなく消し飛ばした。

 そんな彼を見て、彼を作りだしたアドラル博士は双眼鏡を置き、クククと腹を抱えて笑った。

「いいぞいいぞ! 私は魔王に勝てるぞ!! ククククク!!!」

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