45.闇に蝕まれし者たち

 地下第2研究所のとある一室にて、エリザが床にへたり込み、何かの瓶を乱暴に開けていた。中身の錠剤を口の中へ流し込み、バリバリと噛み砕く。乱れた髪を更に掻き乱し、獣の様に唸り散らす。

「わ、私はエリザ・ブルーバーグ。黒勇隊4番隊の副隊長……わ、私の任務は、この城の探索と……」と、己の頭の中に残る僅かな情報をブツブツと口にする。

 次第に彼女の目や耳から黒い液体が流れ落ち、黄色い瞳に黒い靄が僅かに現れる。

 そこへ黒服の男が現れる。片手に注射器を持ち、彼女の前に立つ。

「やぁエリザ。頑張ってくれているかな?」男は楽し気な声で語り掛ける。

「ねぇ、私は本当に闇に選ばれし者なの? ねぇ!?」怯えた様に震えた声で訴える。

「当たり前だろう? 君が疑うから、薬に頼らなければ安定しないんだよ」

「でも、受け入れようとすると、私が私でなくなりそうになる……お願い、手を貸して!」と、真っ黒に汚れた手を差し出す。

「あぁ、もちろんだよ」男は微笑み、手にした注射器を彼女に渡す。

 エリザはそれを奪い取り、首筋に刺す。薬液を注入した瞬間、首から胸までの血管が不気味に浮き上がり、脈打つ。彼女は激痛に耐えかねて悲鳴を上げながら転げまわる。

 それを見て、男はゆっくりと退室してドアを閉め、メモ帳を取り出した。

「所詮、あの女も失敗作か……精神を闇に晒されない様にするにはどうすれば……しかし、難しい課題だ。今は『あいつ』の完成を急ぐしかないか」



 その頃、エルとナイアは研究所にある資料棚をひっくり返して読み漁っていた。エルがひとつ読み終える前にナイアは十冊以上の資料を調べ終わり、次の棚の資料に手を掛けていた。

「あのぉ……手掛かりは見つかりましたか?」エルが尋ねるが、ナイアは沈黙し、次々と資料のデータを頭の中へ叩き込んでいく。「あのぉ……」

「五月蠅いわね。貴方の欲しがる情報が見つかれば、ちゃんと報告するわよ」と、目つきをナイフの様に鋭くさせる。

「因みに、今、貴女が読んでいる資料は?」と、問いかけた瞬間、ナイアは資料を閉じて机にバンっと伏せた。

「……何? 世間話がしたいの? ん?」先ほどの飄々とした表情は何処へやら、氷の様に冷たい顔を向ける。

「いや、そういう訳じゃ……」

「だったら大人しく情報を探す! じゃないと、貴方の上司はあと数時間でお陀仏よ?」

「す、すいません……」

「私に謝ってどうするのよ……いい?」と、表情を緩め、彼の隣に立つ。資料の文章に指を置き、斜めに奔らせる。

「なんです?」

「こういう文章は点ではなく面として読むの。で、文章は基本、斜めに読み進める。で、自分の欲しいワードが現れるまでノンストップ! そうすれば、スムーズに頭に入れられるわ」

「そんな上級者向けな読み方じゃ……いえ、ありがとうございます……」と、彼女の言われた通りに読み始める。

 しばらく2人は黙々と読み進る。数十冊目の資料に手を掛けた瞬間、エルが何かを見つけ出し、机に置いて広げる。

「これです! きっとこれ!」

 そこにはダークグールで実験した光魔法の作用について書いてあった。

 ダークグールとは、身体、精神、属性を全て闇で染められて正気を無くし、他属性の者を攻撃する狂人であった。

 そんな彼らの弱点は光魔法だった。エルがやったように光を当てれば追い払う事が出来、さらに当て続ければ肉体を焼き、目を潰す事もできた。

 因みにダークグールは実際に闇魔法を使う事が可能であったが、精神も闇で覆われ、魔法を使う知能を持ち合わせていない為、厳密には使う事は出来なかった。羽はあるのに飛べないゴキブリと同レベルであった。

「つまり、貴女のもつ光のヒールウォーターで……」


「あぁ、この情報ならもう知ってるわ」


 ナイアはしれっと口にし、エルはズルリとその場で倒れそうになる。

「ならなぜ、早くこの薬を使わせてくれないんですか!!」エルはナイアの鞄を指さして鼻息を荒くさせる。

「だから言ったでしょ? この薬は刺激が強すぎて、トドメになりかねないって! それに、ここに書いてあるのはダークグールを使っての実験結果でしょうが! 私たちが探すのは『暗黒瘴気中毒』の解毒方法よ」と、今度は自分が読んでいた資料の一冊を彼に投げ手渡す。

「これは?」

「きっと貴方たちも会ったでしょう? エリザって子を使って行われた実験記録よ。未だに継続中みたいだけど」

「そ、そうだ! あの人はきっと、暗黒瘴気中毒を克服した筈!」

「いいえ、そうは書いてないわ」と、資料をパラリと捲り、指を差す。

 そこには『エルザは精神安定剤と呪術でなんとか精神を半分ほど保っているが、日に日に闇に侵食され、いずれただのダークグールになるだろう』と記されていた。あとは、彼女の戦闘データが文章と数字で羅列されているだけだった。

「そ、そんあぁ……じゃあ……」エルは泣き出しそうな顔でその場に膝を付く。

「あら……ラト副隊ちょ……いえ、隊長さんも実験台にされたようね。闇属性使いにない回復魔法を補うために獣性の自然治癒の呪術を施したが、暴走。時折、正気を取り戻すが、ほんの数秒のみ……ふぅん。ゼルヴァルトが悲しむわね」

「この書き方じゃあ、リサさんも精神安定剤や呪術が無いといずれ……くそぉ!!!」エルは机に乗った資料を全て払い落とし、唸り散らした。

「嘆いている暇があったら、進みなさい。時間は待ってくれないわ」と、鞄から光が高濃縮されたヒールウォーターを取り出す。

「…………ぐっ」それを見て、エルは涙を流す。

「どうする? 彼女を信じて、使う? それしか助かる方法はないわ」

 ナイアの言葉に応える様に、エルは瓶を掴み取り、涙を拭った。

「少し、彼女と相談してきます」と、ソファに寝かせたリサに歩み寄る。



 ヴァークは隊員たちを地下方面へ向かわせた後、レックスの加勢へ向かう。1階正面玄関はまさに川となって禍々しい血と肉片が流れていた。彼は血に触れない様に壁を蹴り、汚れていない石畳に着地する。

「凄まじいな……だが、それでも半分も減っていないか」と、大群を目にしてため息を吐く。彼の立つ場所からレックスは見えなかったが、血煙と咆哮の上がる場所を確認し、彼の生存を確認する。

「よし、1分だけやらせてもらうか」と、短刀を取り出し、そこから無属性の紫光刃を2メートル程伸ばす。

 すると、彼の気配を感じ取ったレックスが彼の元まで飛んで来る。全身を赤黒い血と油で滴らせていた。


「邪魔するんじゃねぇよ隊長!! ここは俺ひとりの戦場だ!! あんたは隊員たちの安全を確保しろ!!」


「お前も隊員のひとりだ。誰も見捨てはしない」ヴァークは構えを取り、殺気を滲ませた。

 だが、レックスは彼に対して凄まじい殺気を当て、犬歯を剥きだした。

「黙れ!! あんたはまだ隊長として未熟なんだよ! 大人しく先輩の言う事を聞きやがれ!!」己の立場を忘れ、ヴァークを怒鳴りつける副隊長。

 しかし、そこでヴァークは彼の瞳がダークグールと同じ黄色目になりかけている事に気が付き、表情を強張らせた。肌も返り血で隠れてはいるが、黒い斑点も浮き上がっていた。

「う……わ、わかった……ここはお前に任せる……」ヴァークは矛を収め、踵を返して跳躍する。

「水差しやがって……これが終わったら……次はテメェだ」理性を見失いかけているのか、コレが彼の本音か、ポツリとつぶやきながら再びダークグールの群れに飛びかかり、二刀を振るった。



 エルはリサにひとつふたつと語りかけ、光の瓶を見せる。

 リサはただ答えになっていない唸り声を上げ、顔を背ける。瞳の黒い靄が晴れ始め、黄色い目が見え隠れし、黒い斑点が浮き上がり始めていた。

「……くっ……副隊っ……リサさん。これしか方法が無いんです。聞こえていたら、何か返事をして下さい……」

 すると、リサはエルに顔を向ける。彼の持つ光のヒールウォーターを待つように目を瞑り、苦しさを我慢しながら口を開く。

「いいんですね?」この言葉が聞こえるのか、リサは小さく頷く。

 それに応え、エルはゆっくりと瓶の中身をリサにゆっくりと丁寧に飲ませる。

 全て飲ませた瞬間、彼女の真っ黒だった目から勢いよく光が溢れ、肌が真っ赤に染まる。

 リサは海老反りになって跳ね、胸を掻き毟りながら叫び散らした。

「あ……あぁ! すいません! 我慢してください!!」エルは暴れる彼女を押さえつけ、口に布を噛ませ、ただひたすらに祈った。

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