44.ナイアとの遭遇

 リサをおぶり、隠し通路を汗だくで進むエル。得意の光魔法で辺りを照らし、ダークグールや刺客がいないか確認する。

「ここで少し、休めるかな?」ゆっくりと慎重にリサを地べたに寝かせる。彼女の呼吸は未だに弱く、顔色が先ほどよりも暗く淀んでいた。

 エルは慌ててサバイバルキットの中身を確認したが、使えるものはヒールウォーターしかなかった。飲ませようとしても、彼女は上手くそれを飲み込めず、ダラダラと吐き出してしまう。

「……どうすれば……」と、頭を悩ませながらその場に尻餅をつく。

 すると、彼の尻と手にムニリとした感触を覚え、首を傾げる。それと同時に踏みつけられた猫の様な声が響いた。


「いで~~~~ぃ!!! よりによってなんて所を潰すんだったくぅ!!」


 何者かがいきなりエルの尻の下から起き上り、胸を押さえながら苦悶する。

「ぅえ?! え? えっと……どなたですか?」激しく狼狽して後退りながら、彼はその者へ言葉を投げかける。相手はこの場所には似つかわしい、スーツを身に付けていた。上着の間からは豊満な胸の谷間が露わになっていた。

 そんな彼女は、先ほどまでここで隠れて眠っていたナイア・エヴァーブルーであった。

「ん? あなた、黒勇隊?」エルの制服を見て、眉を顰める。

「は、はい! そうですが……貴女は?」顔と胸をマジマジと交互に見ながら訊ねる。

「正直な子……私は……そうねぇ、ナイア」

「ナイア? ……まさか、全国指名手配のナイア・エヴァーブルー!!」仰天する様に口にし、また後退る。

 ナイアの名はバルバロン国内では有名であった。罪状は魔王反逆罪であり、最重要指名手配されていた。

「え? 違う違う。私はナイアン・ハニームーンよ。良く間違われるのよね、参っちゃうわ。ちょっと、仕事でここに派遣されたんだけど、迷っちゃってさ。疲れてここで小さくなって休んでいたんだけど~」ナイアはすぐさま、しれっと出鱈目を吹き、エルの顔色をさりげなく伺う。

「あ、そうなんですか……いや~そうですよね。天下の大罪人がこんな所にいるなんてねぇ~ ははは」

「ほほほ~ で、その娘はどうしたのかしら?」と、自分の足元に転がるリサを指さす。

「あぁ! そうだった! この人は私の上司で、なんか黒い靄を吸ったらこんな有様に……!」先ほどの急に起きた出来事を未だに頭で理解できていない様子であった。

「なに? 安物のドラッグでもキメたのかしら?」と、リサの頬をペチペチと叩く。

「違います! 貴女もこの城を探索したのならわかるでしょう? なんか変な黒い霧やら刺客やらが現れて……同僚たちは皆、凶暴化して! で、そいつらは光に弱くて……」

「ふぅ~ん。そいつらは吸血鬼か何か?」ナイアはリサの瞼を開いて瞳孔を確認し、舌や呼吸の感覚、鼓動を手早く調べる。

「吸血鬼では、ないです……なんでしょう? 黒い斑点に黄色い目が特徴的で……皆、正気を失って……でも、副隊長だけこんな風に弱ってしまって……」エルはそのままズルズルと尻餅をついて弱ったようにため息を吐く。

「ふぅむ……見たところ、コレは極希にある『暗黒瘴気中毒』ね。ランペリア国跡地で見た事があるわ。『属性に選ばれなかった者たち』に限定されてこうなるのよね。それ以外は、皆ダークグールに成り果ててしまうわ」と、自分で所持する鞄から注射器を取り出し、徐にリサの首に突き刺す。

「な、何をするんです!!」

「魔力を帯びない、ただの栄養剤よ。今の彼女はヒールウォーターを受け付けないわ。さて……」と、エルの前で両腕を胸の下で組み、仁王立ちする。

「な、なんですか?」

「彼女を助けたい?」

「はい! もちろんです!! 出来ればジップさんや同僚たちも皆、」と、言いかけるとナイアは彼の口にそっと指を置いた。

「ダークグールと化した者はもう手遅れよ。でも、彼女はまだ間に合うかもしれないわ」

「どうやったら助けられるんですか?!」エルは立ち上がり、ナイアの両腕を掴んだ。

「私が持つこの……」と、鞄から光の満ちた小瓶を取り出す。

「これは?」

「高濃度の光を閉じ込めたヒールウォーターよ。主に強い呪術性の毒にやられた時に使う薬なんだけど……」と、躊躇う様な表情を作る。

「けど、なんです? 何か問題があるんですか?」

「運と彼女次第で助かるわ。でも、今以上の激痛に苦しみながら死ぬ事になるかもしれないわ……」

「……う……」と、足元で転がる弱り切った顔をしたリサの表情を伺う。

「この様子だと、半日も持たないわね。ま、この先の研究所は闇属性研究を行っているから、そこを探せばもっとマシなモノがあるかもだけど……そっちはおすすめしないわ。さぁ、どうする?」

「……そこまで知っているなんて、貴女は一体……?」

「言ったでしょ? 私は仕事でここを調査しに来た派遣員だって。真面目に調査した結果よ」と、得意げな表情で彼を見下ろす。

「は、はぁ……」と、エルはリサを抱き起し、彼女の様子を伺う。ナイアの打った栄養剤のお陰か、先程よりも顔色が良くなっていた。が、目を覚ます様子はなく、変わらず苦しそうに唸っていた。

「なぜ、見ず知らずの俺たちを助けてくれるんですか?」エルは素朴な質問を投げかけた。

「ん~……そうね。助けるのに理由がいる? ってぇのが一番だけど……」と、屈んで彼の顔に優しく触れる。

「……? なんです?」


「昔、世話になった人と、顔と匂いが似ているってのがあるかなぁ?」


「似ている? 一体誰にです?」エルは首を傾げた。

「それはまた別のお話、かなぁ~?」

「誤魔化さないでくださいよぉ!! まさか、貴女もしや、本当にナイア・エヴァーブルーですね!!」

「そんなわけないでしょ~ で? この薬、使うの~?」と、蓋を開ける素振りを見せる。

「あぁ! ちょっと待って待って!!」



 その頃、3階で手を拱くヴァークたちは、次の一手を模索しながら会議を続けていた。正論に正論を被せ合い、その度に頭を掻きながら唸り、重たい溜息が漂う。

 そんな中、業を煮やしたレックスが突如、大太刀を抜刀して声を荒げた。

「あぁ!! もういい! 俺が打って出る!!」と、肩を怒らせて3階のドアの前に立つ。

「おい副隊長! ひとりでは危険だ!」ヴァークは素早く彼の前に立ち、首を振った。

「退きなよ。あんたは俺より強い。隊員を皆、守りながらこの廃城から脱出してくれ。俺は俺で囮になりながらなんとかする」と、隊長の肩を掴み、強く握る。

「……いいのか?」

「馬鹿言うな。俺は犠牲になりに行くわけじゃない! ただ、外にいるウルセェゾンビ共を相手に腕を振るいたいだけだ!」と、自信満々で笑いながらドアを勢いよく開き、階段を駆け下りる。

「……あいつ、無茶する気だな……」

「で、我々はどうしましょう……?」隊員のひとりがヴァークに問う。

「……リサ副隊長たちを置いては行けない。水路より先にある監獄エリアを探索し、見つけ次第救出する」

「え?! それではレックス副隊長の時間稼ぎが!」

「それは安心してくれ。私が1分だけ加勢する」

「なるほど! ……え? 1分?」隊員たちは目を真ん丸にして首を傾げた。




 レックスは1階の広場まで辿り着き、大太刀を両手で握った。すると『髑髏裂き』の刃が真っ二つに割れ、刃とギザギザの峰に分かれる。

「久々の『アギト』だ……暴れるぜぇ?」と、正面の門を蹴り破る。外にはダークグールの群れが大海原の様に広がり、空腹を現すかの様に喉を鳴らしていた。しかも日は沈み、夜が訪れていた。

「さぁ、いくぜ!!」吠えると同時に駆け出し、一瞬で正面の6体を胴から真っ二つにし、血の雨を降らす。レックスは返り血を一身に受け、顔に付いた黒い血をペロリと舐めとった。

「悪くないなぁ!」襲い来る4匹を一瞬で串刺しにし、そのまま振り乱して投げ飛ばし、彼はそのまま咆哮と共に群れへと暴れ込んだ。

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