43.落ちる翼

 エルは片腕にリサのバスターガンを装着し、もう片手に己のエレメンタルガンを構え、眼前から迫りくる元同僚を迎撃していた。背後には闇の瘴気に蝕まれたリサが転がっており、未だに唸っていた。

「くそ! 来ないでくれよぉ!!」泣きそうな表情でフレイムボールを撃つエル。バスターガンから放たれる炎は弱々しく飛び、ダークグールの顔で弾けて火の粉を散らす。

 それもその筈、このエレメンタルバスターガンはただ威力の高い武器ではなく、魔力の調整や絞り方次第で強弱の分かれる玄人向けの武器だった。練度の低いエルでは満足な威力は出せず、かえってエレメンタルガンよりも弱かった。

「チクショウ!! くるな! くるなぁ!!」エルの訴えには耳を貸さず、ダークグールたちは牙を剥きだしてゆっくりと迫っていた。

 闇の瘴気に晒された隊員たちは肉体、精神、宿った属性までも侵され、正気を失っていた。彼らにあるのは、ただ眼前の『他属性者の抹殺』のみであった。

「ぐ! うわぁぁぁぁぁぁ!!」攻撃が効いていないと見ると、エルは迎撃を諦め、リサを自分の隠れていた部屋へ引き摺った。ドアは壊れている為、近くの本棚を倒して出入り口を封鎖する。

 だが、早速ダークグールたちは本棚を激しく殴りつけ始める。

「ぐ……副隊長! 大丈夫ですか!!」リサを揺さぶり、安否を確認する。

 彼女は黒い吐息を吐き、未だに苦しそうに唸っていた。

「まさか、副隊長まであんな風になりませんよね?」エルが不安そうに表情を引き攣らせると、封鎖していた本棚が砕け散り、ダークグールが入ってくる。

「くそぉ!」エルは苦し紛れにエレメンタルガンを乱射したが、撃ち過ぎによって銃口が変形して壊れてしまう。

 ダークグールは黄色い目をギラつかせ、エルを見据えた。同僚のジップも今や正気を失い、黒い涎を滴らせていた。

「お、終わりか……う、うぅぅぅぅぅぅわぁぁぁ!!!」エルは苦し紛れに己に宿った属性、光を腕から放ち、彼らの目を眩ませようとする。

 すると、ダークグールの顔面が焼け爛れて潰れる。堪らず部屋から逃げ出て、唸り散らす。

「……え?」何が起きたのか理解できないのか、目を丸くして首を傾げる。

 再び無傷のダークグールが襲い掛かったが、エルは首を傾げながら再び光を放ち、撃退する。元同僚たちは光で肉体を火傷し、堪らず牢獄エリアから逃げ出す。

「……え? どういう事ぉ?」



「で? どうするんだ隊長?」城下を練り歩くダークグールの群れを見下ろしながらレックスが口にする。彼らは未だに、3階の玉座に立て籠もっていた。

「…………」耳に入っていないのか、ヴァークは天井を見上げながらブツブツと何かを呟いていた。


「おい隊長!! 聞いているのか!?」


 レックスは煮立った様に怒鳴る。

「……う、あぁ! 済まない……とにかく態勢を立て直すため、飛空艇に戻ろう」

「戻るだけか? 立て直すためのブリーフィングならここでも出来るだろ? それより、積んである兵器で邪魔な連中を一掃して貰おうぜ」

「……そうだな、我々の目的は調査だ。邪魔なものは粗方、排除しよう」と、ヴァークは同意し、隊員に飛空艇に合図を送るよう指示する。

 隊員は早速、窓から身を乗り出し、エレメンタルガンのファイヤーモードで照明弾を撃つ。

 退屈していた飛空艇はすぐさま城の上空を滞空し始める。

 それからヴァークは風の伝令を送れる伝言機を使い、城下のダークグールを一掃するように指示する。

 飛空艇は早速、ブースターを最大で吹かし、城下町を旋回し始める。

 操縦士は張り切って操縦桿を握り、色濃く群れる場所に向かってフレイムグレネードを発射する。轟音と共に爆裂し、飛び散る。更に追撃する様にサンダーバルカンを連射する。

「はしゃいでいるなぁ……普段、あの兵器を使う事がないし、楽しいんだろうな……」呆れた様にレックスは苦笑する。

 ガルムドラグーンの暴れぶりを見て、隊員たちも興奮し、掛け声を上げていた。

 すると、城内から巨体の何者かが飛び出て、建物の屋上伝いに跳び、飛空艇へ向かう。

 その者は先程、彼らと交戦した獣であった。闇の瘴気を吸い込み、全身を黒く染め上げていた。

 獣は天を劈くように咆哮しながら飛空艇に向かって跳躍し、一瞬でコクピットに取りつく。

「うわ……嫌な予感……」レックスはその様子を見て表情を歪めた。

 獣はコクピットの窓を一撃で粉砕し、内部へ侵入する。小さな悲鳴と喧しい警告音と共に窓から血飛沫が上がり、飛空艇はぐるぐると回りながら落下する。そのまま黒煙を上げながら建物に突っ込み、小さな魔力暴走と共に爆炎を上げた。

「うっそだろぉ……」

「え、どうやって帰るんだよ?」

「馬鹿な……」隊員たちは一斉にどよめき、絶望の声をポツリポツリとつぶやく。

 炎上する建物から肉体を急速再生させた獣がモゾりと現れ、再び城下町へと戻る。その途上、転がったダークグールの死骸を拾い、口へと乱暴に運んだ。

「……一旦、飛空艇に戻って態勢を立て直すって案の方が良かったかもな……」レックスは航海する様に呟き、その場にしゃがみ込んだ。

「いや、乗り込んで襲われたら……我々が全滅していたかもしれない。飛空艇を読んだのがそもそも間違いだったか?」ヴァークは冷静に口にし、炎上する城下を見下ろした。

「どちらにしろ、どーすんだよ……」



 エルは室内の本棚や机を出入り口に山と積み上げ、先程よりも大きなバリケードを築く。その間に城外から爆発音と共に激しく揺れる。

「……なんだ? もう~ いい加減にしてくれよぉ~」と、弱った声を上げながら上着を脱ぎ、リサに被せる。彼女はダークグールになる事も、死ぬ事もなく未だに苦しみ続けていた。

「どうしたらいいんだよぉ……」と、サバイバルキットを開き、水筒を取り出す。中身はヒールウォーターの為、とにかく彼女に飲ませようと口に近づける。

「飲んでください」と、傾けるが、リサはそれを拒み、顔を背けて唸った。

「参ったなぁ……」水筒を仕舞い、次に何をしようか悩む。

 今の彼の答えは『救援がくるまでこの部屋で静かに待つ』ことだった。

 とにかくバリケードをもっと頑丈にしようと最後の本棚に手をかける。が、それは他の違い、中々動かす事が出来ず、エルは首を傾げた。

「どうなってるんだ?」と、本を片っ端から払い落とす。

 すると、本棚は音を立てて動き、そこから秘密の通路が現れる。

「こりゃあ……丁度いい、のか?」他にやる事もないため、エルはリサをおぶり、通路を進んだ。



 塔の上から爆炎を目にしたフィルは、口をあんぐりと開いて仰天した。

「な、なにやってるんすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?! 馬鹿じゃないっすかぁ!?」自分の帰りの便が四散したため、彼は驚愕と同時に怒りを覚え、地団駄を踏んだ。

 フィルは舌打ちと共に城内へと戻り、様子を確認する。

闇の瘴気が若干、薄い霧の様に残っており、まだ1階へ降りるには早かった。

「……気を取り直して……」フィルは双眼鏡を覗き込み、3階玉座で固まるヴァークたちの様子を確認した。

「さて、連中は次にどう動くか……」フィルは懐からサンドイッチを取り出し、遅めのランチタイムを始めた。

 現在、日は落ちかけており、もう夕暮れだった。

「……日が落ちたら連中の時間だ。そこからが本番っすね」

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