42.襲い来る瘴気 後編

 リサ達とエリザが交戦する牢獄エリアにも黒い霧が流れ、隊員たちを天井から取り囲んでいく。ここは元から暗いエリアの為、この霧に早く気が付く者はいなかった。

エルが最初に気が付き、隣のジップの肩を叩く。

「あの、ジップさん……」目を恐怖色に震わせながら恐る恐る口にする。

「おい、あの女から目を離すな! 隙を見せ次第、副隊長の援護を……」と、眉を鋭くさせながらエルの指さす方へ顔を向ける。「なんじゃありゃ……?」

 徐々に黒い霧に他の隊員も気が付き始め、その異変にリサが気付く。

「何? !! あ、アレは?」

 狼狽するリサの表情を見て、エリザがニヤリと笑う。

「気が付いたらもう遅い……これは闇の瘴気よ。もう助からないわ……貴女は万が一チャンスがあるでしょうけど、その時は私がトドメを刺してあげる」エリザはそう言い残し、闇の切の向こう側へと姿を消した。

 それと同時に牢獄エリアの扉が勢いよく閉まり、ロックが掛かる。

「な! まさか罠!? くっ!」リサはいち早くロックされた扉の前に立ち、エレメンタルバスターの熱線を放射する。

 しかし、バスターガンから放たれる属性エネルギーは闇の霧に阻まれ、力なく萎んでしまう。

「どうなっているの?!」

 他の隊員たちも各々のエレメンタルガンを撃つが、彼女同様に力を無くした様に萎んだ火や雷が出る。

 黒い霧がひとりの隊員に纏わりつき、皮膚から漆黒が沁み込んでいく。

「う、うわ! うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」たちまち、隊員の皮膚は黒い斑点で覆われていき、瞳が真っ黒に染まる。ヘドロの様に変色した唾液を吐き散らし、膝から崩れ落ちる。

「な! これに触れたらヤバそうだ! 退避!!」リサは黒い霧を潜り抜け、牢獄エリアから地下水路へ向かう。が、その道も塞がれており、各小部屋も全て扉がロックされていた。「くそ!!」

 隊員たちは何処へ逃げていいのか分からず、次々と闇の瘴気に侵食され、悲鳴と共に倒れて行く。

「だ、だずげでぐぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」ジップも瘴気に囚われ、嘔吐しながら昏倒する。

「ジップさん! くっ!」エルは周りの地獄絵図に怯えながら尻餅を付き、そのまま後退る。エレメンタルガンを風モードに切り替え、霧を風で飛ばそうとする。が、この瘴気は普通の霧とは違い、風でどうにかできる代物ではなかった。

「た、助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!」涙ながらに顔を隠すエル。

「怯えてないで逃げ道を作れ!!」そんな彼の隣へリサが駆け寄り、彼が背にする扉を蹴飛ばす。頑丈にロックされた扉は3度目に蝶番が壊れ、ドアが外れる。

「さ、早く中へ! ぐっ!!!」エルを室内へ突き飛ばし、ドアを両手に持ち上げる。

「副隊長! 何故!!」エルは彼女を部屋へ入れようと手を掴んだが、リサはそれを拒んだ。

「いい? この霧が晴れるまでこの部屋でじっとしているのよ?」と、扉を立て、自らがそれを押さえる。彼女は既に瘴気に触れており、瞳が真っ黒に染まっていた。

「副隊長! 副隊長!!!!」

「ぐ……これが闇? エリザの言うような良いモノじゃないわね……それに選ばれるって一体……く、こんな死に方をするなんて……」と、口の端から黒い涎を垂らし、そのままカクリと力尽きる。



 闇の瘴気から3階へと逃れたヴァークたちは階段への扉を閉じる。ヴァークの迅速な対応のお陰か、隊員たちはひとりも駆けることなく辿り着いていた。

 そんな中、レックスは目をギラつかせながら玉座の間を見回す。

「あの野郎!! ひとりで逃げやがって!! 次に会ったらただじゃおかねぇ!!」と、床に大太刀を突き刺す。

「あの様子、何か知っているといった感じだったな。ま、それよりもあの黒い霧……獣、そして……」ヴァークは獣の口から出た意外な言葉に頭を悩ませた。

「それもそうだが、この城には誰か潜んでいる様子だな。化け物じゃなく、罠を張り巡らせる頭を持つ誰かが……」レックスはため息を吐きながら窓の外を眺め、様子を伺う。

 闇の瘴気は廃城内から外へと、モクモクと出ていた。それを目的としてか、城下町に潜んでいたダークグールが数百と吸い寄せられていた。

「なんだかヤバそうだな……」と、隊員たちに指示を出し、外や扉を見張らせ、玉座の間を探索させる。

「……俺の型……ゼルヴァルト総隊長の型……どこで学んだのか……?」ヴァークは隊員たちへの指示を忘れ、ひとり悩んでいた。

 それを見たレックスは彼の前に立ち、顔色を伺う。

「気分が良くなさそうだが、大丈夫か?」

「……頭の中が不鮮明だ。なぁレックス、俺に何か質問をしてくれ」

「質問? そうだな……あんたの故郷はどこだ?」と、頭に浮かんだ簡単な質問をする。

「トラウド国だ」

「トラウドの、どこだ?」

 この質問にヴァークは口を開きかけたが、言葉が詰まったのか口を結ぶ。

「……? どうした? トラウドのどこ地方のどこの村だ? 友人や恋人は? 家族は?」どんどん顔色の黒くなる隊長へ質問を繰り返し、内心心配になるレックス。

「お、覚えていない……トラウド国で……俺は……」

「孤児なのか? 孤児院出身か?」

「いや……だが、そんな馬鹿な!」ヴァークはここに来て初めて取り乱し、頭を掻く。

「……少し、時間をくれ……ここ数ヵ月は働き詰めだったから、疲れが溜まっているのかもな……」ヴァークは首を振り、冷静さを取り戻そうと深呼吸をした。

「そんな事はここから無事出てからにしてくれ。屋上へ出て、ガルムドラグーンの応援を呼ぼう」

「そうだな……あぁ、すまない」ヴァークは歯痒そうな表情で頷き、窓の外から顔を出す。上空には彼らの乗ってきた飛空艇は旋回していた。



「ったく、こんなガラクタ!」と、離れの見張り塔へ逃れたフィルはガスマスクを取り、遠くへ放り投げた。彼は闇の瘴気の事は予習しており、肌に触れただけで浸食が始まる事を知っていた。

 ガスマスクはこの任務の際に渡された選別であり、何か秘密があると思い、一応装着した。

しかし、本当にただのガスマスクだった。

「しかし、ランペリア国から取れたダークマターひとつで、あれだけの瘴気を発生させるとは……恐ろしいっすねぇ~」と、フィルは今迄採取してきたサンプルを並べ、依頼書と照らし合わせる。

「ん~ まだ足りないっすねぇ~ それに、最重要任務である『例の男の抹殺』を終わらせなきゃっすねぇ……」と、サンプルを懐に仕舞う。

 それから彼は脚に火を纏い、大きく跳躍して隣の塔へと移動する。

「予習通りなら、この塔から地下へと行けるはずっすから……よぉし」と、舌をペロリと出しながら階段を降り始める。



 牢獄エリアに広がった闇の瘴気が排出され、霧が晴れる。しばらく沈黙が流れるが、隊員のひとりがムクリと起き上る。

 その隊員はもはや自我が消え失せ、外を徘徊するダークグールと同類に成り果てていた。具合の悪そうな声を地鳴りの様に響かせ、ノタノタと歩き始める。

 それを合図に次々に起き上り、無目的に徘徊を始める。ジップも抜け殻となり、意志無き表情で歩く。

 そんな中、扉の前で倒れたリサは悩ましそうな声を漏らし、頭を押さえながら起き上る。肌に浮き出た黒い斑点は徐々に薄れていき、意識のはっきりした様な表情を取り戻す。

「んぐ……う、あぁ……ぐっ……」全身に砂利の詰まった様な感覚で思うように動けず、声も上手く出なかった。胃と喉は燃え、猛毒に侵された様な熱を帯び、弱ったように唸る。

 すると、彼女の背後のドアがズレて倒れ、そこからひとり助かったエルが顔を出す。

「副隊長? 副隊長?!」命の恩人である彼女を揺り動かすが、その声に反応してかつての同僚が皆、顔を向ける。

「うわ……まさかそんな、みんな……」エルは背筋を凍らせ、表情を引き攣らせた。

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