40.闇の企み
「『光と闇は扉となり、無属性は鍵となる』……扉、とは一体」書庫で書物を読み続けるヴァークは、顎に指を置き、悩ましそうに唸る。そんな彼の周りでは、隊員たちも彼が読み終わった本を開き、中身を理解しようと頭を捻っていた。
「闇って、魔王様だけが使える属性だよなぁ?」闇について書物の触りだけを目にし、隊員は首を傾げた。
「いや、確か息子と娘が使えるはずだぞ」
「でも、この世で闇属性を使えるのはその3人だけだよなぁ……? なんでこんな書物がこんな所にあるんだ?」
隊員たちは各々で情報交換をし、本を閉じ、探索へと戻る。
しばらくすると上階で轟音が鳴り響き、塵がパラパラと落ちる。
「レックス副隊長が暴れているのか?」ヴァークは不機嫌そうに鼻息を鳴らす。
それに応える様に音が更に大きく鳴り響き、天井がミシリと皹が入り、獣の咆哮が城内に轟く。
「何かとんでもないモノが現れた様だな……応援へ向かうか」と、ため息交じりに本を閉じ、肩に積もった埃を払う。
「うぉらぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」レックスは返り血を掻い潜り、化け物の脇腹を撫で斬りにして通り抜け、背中を駆け上り、後頭部に大太刀を振り下ろす。
彼の得物『髑髏裂き』は人間相手ではなく、対大型獣を想定して打たれた一品であり、分厚く柔軟で槍も通さない筋肉を切断する事が可能であった。更に峰に備わった鮫の牙の様な刃は、自然治癒不可能なほどにズタズタに引き裂くのを目的としていた。
レックスはなるべく突き攻撃は避け、大量出血させるために動脈を狙って振った。
だが、眼前の獣はどんなに斬り裂こうとも止まらず、夥しい血を撒き散らしながら巨大な前脚を振り回して襲い掛かった。
彼は獣の単調な体当たりや引っ掻きを避け、間合いの周りを、円を書くように立ち回る。
「獣は所詮、獣か……だが、こんな種類は初めて見るぞ?」
レックスは眼前の獣を注意深く観察する。
顔は狼の様な顔立ちであったが、猿人の様に丸みを帯びていた。上半身は熊の様に大きく、下半身は草食動物の様に逞しい後ろ足をしていた。爪は刀剣の様に鋭く、目はダークグールの様に黄色い瞳をギラギラと光らせていた。
獣の傷痕はすぐに治癒が始まり、ズタズタに引き裂かれた胸もあっという間に回復する。
「ったく、キリが無いな……」と、大太刀に魔力を込め、稲妻をのたくらせる。
そんな彼らの戦いを遠巻きに眺めるフィルは、足元に飛び散った血液を採取し、検査キットに入れる。すると、中の結晶が赤紫色に輝き、砕け散る。
「うぉ! こいつぁ強い瘴気に晒されて変異した証拠っすね! 何者かは知らないっすけど……レックス副隊長! 早くそいつを退治して回収するっすよ!!」と、大声を上げる。
「簡単に言うな!! 早く倒して欲しければ手伝え!!」
「ボーンさんから言われているでしょ? 俺の事は守れって、怪我をさせるなって。だから、俺は手伝う訳には……」
「言ってる場合かテメェ!!」と、獣の攻撃をいなしながら慌てた様に声を荒げる。
レックスは全身に魔力を集中させ、噛みつきを避けて間合いの内側へと入り込む。顎の下へ切っ先を突き入れ、そのまま頭蓋骨を貫き、そのまま真っ二つに斬り裂く。獣の顔面は見事に引き裂かれ、血の雨を降らせる。
「これが本当の髑髏裂きだ!!」血を浴びながら息を荒げるレックス。
「流石副隊長っすねぇ~」フィルの拍手に続くように他の隊員も拍手する。
獣は膝を付き、そのまま倒れかかるが腕は大きく動き、レックスを探った。
「な、なんだと!!」狼狽し、後退るレックス。信じられない者を見る様に目をひん剥き、首を振る。
獣の二つに割れた顔面はみるみるうちに回復し、不気味に濁った声で咆哮する。
「何なんだ、コイツ? 不死身か?!」
その頃、リサは眼前に現れた昔の同級生エリザにバスターガンを向け、じっと睨み続けていた。
「あたしの部下はどうしたの? って言うか、貴女の隊はどうなったの?!」
「皆、試され……私は闇に選ばれたのよ。他の者は闇に呑まれたわ。隊長もね……選ばれたのは私だけよ。そうそう、貴女の部下は、今頃……」エリザはぐにやりと笑い、ブレードを握り直す。握り拳から黒い靄がじんわりと滲み出し、刀身に纏わりつく。
「今頃、なによ……無事なの?」
「いいえ……でも、貴女は確か属性に選ばれなかった落ちこぼれよね?」
「あんたも同じでしょ!」一歩踏み出し、銃口を相手の鼻先まで近づける。
「そう……だからこそ、選ばれたのよ。貴女も選ばれるかも? でもね……でもね?」次の瞬間、エリザが彼女の眼前から消え失せる。
「?!?!」己の目を疑い、周囲の気配を探る。
周囲の隊員たち4人も警戒する様にエレメンタルガンを左右に構え、怯えた様に瞳を震わせた。
「この力は私だけのモノよ……!」
リサの頭上の天井に張り付いたエリザは、闇を纏ったツインブレードを振り抜き、黒い斬撃を飛ばす。
声に反応したリサは反射的に飛び退き、その一撃を避けて天井目掛けてファイヤーブラストを放つ。勢いよく爆発したが、エリザは天井を駆け、そのまま壁へ移動し、牢獄フロアを駆け回る。
そのまま彼女は影から影へと瞬間移動し、あっという間にリサの間合いへと入り込む。
「何?」不可思議な移動方法を見せる彼女に更に狼狽しながらフレイムショットを連発する。
それを合図に周りの隊員たちも一斉に放ち、攻撃を彼女に集中させる。
すると今度は彼女の周りに闇のドームが展開され、攻撃の全てを雨粒の様に弾いた。弾かれた炎は彼女の背後へと流れていき、壁へと着弾して粉塵を巻き上げた。
「これが、闇の力……」エリザは己の力を誇示する様に勝ち誇った笑みを覗かせ、再びリサの方へ目を向ける。
「闇属性を、貴女が?!」
「そう、私には素質があった……そして、貴女にも……でもね、そうはさせない……この力は私だけのもの! この力で、『世界の影』は本来の力を取り戻す!!」
「話し過ぎだ、エリザめ」黒衣を纏った男は呆れた様にため気を吐きながら頭を押さえた。彼はリサたちの戦いを別室から覗き窓を使って観察し、ノートに書き記していた。
「それにしても、ナイアはどこへ隠れた? あのガスに一触れして逃げきれたとは到底思えないが……まぁいい。あの女はボーナスみたいなものだ。私はもう、手に入れたのだ。真なる魔王に対する牙、光の勇者を……これが我らが影の最大の武器となるのだ!」と、不気味に笑いながら肩を揺らす。
「っと、さて……そろそろ本格的な実験を始めようか。彼らも4番隊同様、私の忠実な駒になるがよい」と、隣の壁に備え付けられたレバーを引く。
すると、地下に保管されたダークマターの置かれた箱の中にある排気口が開き、そこから闇の瘴気が排出されていく。それは廃城内全域をはしるダクトを通っていった。
「さぁ、闇に選ばれたモノは、誰かな?」
レックスは獣の左腕を切断し、距離を取った。彼は完全に本気モードになっており、現在のレックスなら要塞の壁すら易々と斬り裂けた。
「頭も切断しちまえば、さすがに死ぬか?」と、首へ狙いを定める。
そんな彼をよそに、獣の切断された肩口から新たな腕が勢いよく生え、更に多きく膨張する。
「ち、そろそろ飽きてきたなぁ……」好戦的なレックスもさすがに飽きてきたのか、深くため息を吐き、大太刀を構え直す。
すると、何者かが獣の真上から飛びかかり、紫色の刀身で袈裟斬りにする。
獣は右上半身からずるりと切断され、再び動きを止める。
「なんてモノと戦っているんだ、レックス……これは一体なんだ?」返り血ひとつ浴びずに納刀するヴァーク。
「隊長……俺も何だかわからねぇよ! まるで……まるで……そう、ヴァイリー博士の呪術生物兵器みたいな感じだな? まさか、実験体が逃げ出したとか?」と、首を傾げる。
すると、いつの間にか前に出たフィルが獣から毛を一本抜き取り、試験管の中へ入れる。
「いや、コイツはヴァイリー博士のモノではないっすよ。おそらく、この廃城の主の手によって作られた化け物っす」
「廃城の主?」ヴァークは周囲を見回し、壁面に備え付けられた小窓を睨み付ける。
「おいおい、なんでお前がそんな事を知ってるんだよ?」
「そりゃ俺らは最先端の情報を扱っているもんで」と、芝生頭を掻く。
「その情報を俺らにも寄越せってんだよ!!」
「それは上からの命令で……お?」と、フィルは排気口から流れる黒い靄にいち早く気が付き、静かに後ずさりを始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます