36.闇に憑かれた者

 ガルオニア国、東海岸に位置する廃城。ここは昔から『世界の影』が潜伏する城下町であった。表向きは戦争を起こさない平和な国であったが、裏では世界の影の部分を牛耳る組織であった。

 更に自らを闇の使い手と名乗っていた。

 しかし、17年前に覇王が倒され、魔王が現れると、途端に彼らは裏の世界での影響力を失い、今は塵散りとなって規模が縮小された。

 その際、表向き、この城は打ち捨てられた。残ったのは世界の影のメンバーの数人と、城下に住んでいた何も知らない民たちだけであった。



 7番隊の皆は早速、門を潜って城下町へと入り、通りや裏路地を警戒しながら進んだ。1人は風の探索魔法で気配を探り、もう1人は呪術探知機をかざしながら前衛に付いていた。

「異常なし。呪術地雷や、術士は潜んでいません」と、探知機の針を見ながら口にする。

「この街からは人気が感じられません。鼠一匹いやしない」半径500メートルに風を流し、つまらなさそうに口にする隊員。

 そんな彼らの背後からフィルが苛立ち混じりに奔ってくる。

「ったく、何するんすかぁ! 実家まで飛ばす勢いで人をあんなに吹き飛ばしやがってぇ!!」汗を拭い、水筒の水をラッパ飲みしながら副隊長2人に怒鳴りつける。

「あら、追いつくのが早いわね」リサがエレメンタルバスターガンの属性を炎に切り替えながら口にする。

「おい……あんまり騒いで隙を晒すなよ」レックスも背に担いだ得物を握り、殺気を滲ませる。

「何っすか? 逆ギレっすか?」


「「後ろだ!!」」


 副隊長たちが声を揃え、フィルの背後から忍び寄る何者かへバスターガンの火を噴く。その者は獣の様な鳴き声を上げ、火達磨になって吹き飛んだ。更にレックスはその者に飛びかかり、腹部に深々と大太刀『髑髏裂き』を突き刺す。

「何だ? なんなんっすかぁ!!」身を引くくし、襲撃者の方へ目を向ける。

「……なんだぁ? こいつ」レックスは表情を歪め、首を傾げる。

 その襲撃者は、黄色い瞳に鋭い牙、全身に黒い斑点を浮き上がらせていた。腹に刺さった大太刀を抜こうともがき、喉と鼻を興奮した様に鳴らしながら唸り散らす。暴れる度に真っ黒な血だまりが広がり、ねっとりとした飛沫が上がる。

「この服装、兵士ではなさそうね」リサは軽やかに歩み寄り、その者の服装を観察する。黒く焦げ、ボロボロで肌を剥きだしにしていたが、この街の住人にしか見えなかった。

「ちょっと、ちょっといいっすか?」フィルは襲撃者の悍ましい顔に怯まず近づき、傍らにしゃがみ込む。懐から検査キットと注射器を取り出し、慣れた手つきで血液を採取する。採った血液を検査キットに垂らし、その中に透明な小粒の結晶を入れる。

 すると、結晶は薄紫色に染まった。

「うぅん……雑魚だな。話にならない」と、ピンセットで取り出し、試験管の中へ入れる。

「おい、何をやっているんだ?」レックスが尋ねる。

「調査っすよ。ボーンさんから言われた方の調査っす。コレは俺がやるんで気にしなくていいっすよ~」

「いや、気になるな。何を調査している? こいつは一体、なんだ?!」レックスは足元で未だに唸り散らし暴れる襲撃者の顔を踏みつけながら問うた。

「そうね。今後のあたしたちの調査の為にも、知っておくべきよ」

「しょうがないっすねぇ……こいつは『闇の瘴気』に晒された者っす。こいつは属性使いでもなければ心身共に脆弱っす。そういったヤツぁこんな風にゾンビだか化け物だかみたいに変貌し、こうなるんっす。あ、もう殺しちゃっていいっすよ」と、立ち上がりながらレックスに指を向ける。

「俺に指図するなよ」と、言いながら大太刀を縦に掻っ捌き、襲撃者を腹から頭まで真っ二つにする。

 すると、拘束が解けたからか、襲撃者は勢いよく立ち上がり、レックスに襲い掛かる。

「なにぃ!!」と、狼狽した瞬間、眼前の2つに割れた化け物顔が火で包まれ、一瞬で消し炭変わる。

「因みに雑魚は雑魚っすけど、力と生命力、瞬発力が爆発的にヤバいっすから油断しない方がいいっすよ~」と、フィルが手に燻る火を吹き消す。

「お、おぅ、助かった……」目を泳がせ、反省しながら奥歯を鳴らすレックス。

「しかし、風の探知魔法と呪術探知機に引っかからないなんて……」隊員は声を震わせた。

「闇は他の属性を跳ね返す。だから引っかからなかったんだな」一部始終を観察していたヴァークが口にし、周囲の気配を探る。

「じゃ、じゃあ……この街にはどんな化け物が潜んでいるのか、魔法で探知できないって事ですか?!」隊員のもうひとりが縮み上がりながら声を荒げる。

「落ち着け。気配と殺気を感じ取ればいいんだ」レックスは大太刀に付着した血を振って飛ばし、肩に担ぐ。

「気配と殺気ぃ?」隊員数名が自信なさげに首を傾げる。

「ま、危ないと思ったらあたしらが何とかするから、あんたらはあたしらの背後にピッタリくっ付いて来なさい」リサはバスターガンの出力を上げ、正面に構えながら歩き始める。



 ナイアは廃城内の奥へと軽やかな足取りで向かう。城下町を徘徊する者と同じタイプの者『ダークグール』が同様に歩き回っていたが、彼女は気配を殺しながら進む。

「少し様子が変わったかしら?」と、破れた絵画や破壊されたピアノを見ながら鼻で笑う。

 すると、背後から巨大な影が姿を現し、刀剣の様な爪が振り下ろされる。

 ナイアは余裕を持って軽やかに避け、天井にぶら下がるシャンデリアに捕まる。

「新しいペットかしら?」と、巨影へ目を向ける。

 その者はナイアの5倍ほど大きい全裸の巨人であった。肌にはダークグール同様の黒い斑点が浮き上がっていた。両腕両足は隆起し、爪は剣の様に尖っていた。黄色い目は血走って見開かれ、大型の獣の様な牙を剥いてナイアの方へ唾飛沫を飛ばしながら咆哮する。

「うるさい子ねぇ」と、指先から眩い光を放つ。その光は巨人の目に深々と突き刺さり、目を眩ませる。

 怯んだ隙にナイアはシャンデリアの連結部分を斬り裂き、落とす。シャンデリアは巨人の全身に突き刺さり、一番大きな飾りが脳天にめり込む。そのまま巨体が崩れ、押し潰される。

「番犬にしては見かけ倒しね」


「そいつはただの警鐘だ」


 ナイアの背後からねっとりとした女性の声が耳を撫でる。その者は先ほどの黒衣の二刀流剣士だった。

「あら、気配を消すのが御上手ね」と、振り向こうとするが、腰にチクリとした感触を覚えて止まる。

「動いたらどうなるかわかるわね?」

「貴女は、あの男の実験動物? それともペット?」

「どちらでもない。私はあのお方に力を引き出して貰った。これからその限界に挑むつもりだ」挑発されても動じず、声も荒げずに口にした。

「私で試す気?」

「いいえ。貴女はあのお方の実験動物になるのよ」

「……それなら昔、嫌と言うほど味わったから遠慮しておくわ」

「どちらにしろ貴女はサンプルになるのよ。ここで丁寧にバラしてもいいのよ?」と、ブレードを握り直す。

「出来るかしら?」と、ナイアが口にした瞬間、彼女の全身が眩い光に包まれる。

 剣士は咄嗟に目を隠しブレードを突き出したが、悲鳴を上げて吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。

「闇に生きる者の弱点は光。貴女は闇の威を借りただけの弱者。高価はテキメンね」と、得意げな顔を浮かべながら跳び、部屋から出て廊下の奥の闇へと消えて行った。

「く……あの女!!!」闇の剣士は悔し気に歯を剥きだし、首を振った。彼女の身体は焼け爛れた様に崩れていたが、直ぐに元の肌へと戻った。ただ、黒い斑点だけは残っていた。



 その頃、7番隊は廃城へ向かって城下町の大通りを進んでいた。時々、ダークグールが数体現れ襲い掛かったが、副隊長2人が張り切って返り討ちにしていた。

 負けじと隊員たちも交戦し、苦戦しながらもなんとか打倒す。

 何名かは手傷を負ったが、それはサバイバルキット内のヒールウォータースプレー程度で完治させることが出来た。

 隊長であるヴァークはダークグールの気配にいち早くは気付いていたが、その中に紛れて何者かが自分達を観察している事に気付き、そちらの方を警戒していた。

「……何が目的だ?」ヴァークはその者に向かって集中的に殺気を送り、相手の動きを待つ。

 だが、観察者は怯みもせず、殺気を受け止めながらもなお、観察を止めなかった。

「しばらく様子を見るか」ヴァークは鼻で笑い、ため息を吐く。

 そんな彼の隙を突いてダークグールが背後から襲い掛かるが、レックスが気付いて声を掛ける前にそのグールは壊れた人形の様にバラバラになって地面に転がった。

「うわっ……見えなかった」レックスは改めてヴァークの強さを思い知らされ、冷や汗を掻いた。

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