35.パラシュート降下作戦

 ガルムドラグーンがガルオニア国に差し掛かり、隊の皆がパラシュートとゴーグルを着用し、降下準備をする。

「あの、着陸しないんですか?!」高所恐怖症のエルが目を震わせながら周りの同僚に問う。

「目的の場所は細々とした建物、そして更に森で囲まれている。着陸地点に使えるのは20キロ離れた丘だ。そんなに歩いている暇はないから、わかるな?」ゴーグルの調子を確かめながらジップが答え、エルにパラシュートを渡す。

「そ、そんなぁ~……」この世の終わりの様な声を漏らし、今にも泣き出しそうな顔を作る。

「あ~あ、このパラシュート、100個に1個は開かない事があるんっすよねぇ~ マジ勘弁」フィルはため息を吐きながらパラシュートを背負い、隊長たち3人へ目を向ける。

 彼ら3人は皆、パラシュートもゴーグルも付けずに座っていた。

「お~い、おたくさんらは準備しないのか?」

「その必要はない」レックスは顔も向けずに口にし、ハッチが開くと同時に立ち上がる。

 そこで操縦士が顔を覗かせ、作戦の確認を行う。

「城下町より5キロ手前地点で降下して貰います。そこから進み、城下、そして廃城へと進み、調査。そして消息を絶った4番隊の捜索をお願いします。我々は上空で待機します。合図があれば貫通型ヒートブラスターと180ミリサンダーバレッドで援護します。帰還の際は専用の照明弾をお願いします」と、ハッチを開くボタンを押す。

「では、皆。よろしく頼む」と、ヴァークは気軽に空いたハッチから外へと飛び出していく。因みにここは上空1500メートル地点であった。

「んじゃ、地上で」と、レックスも続き、何も言わずにリサも飛び込んでいく。

「さ、流石は隊長たち……」隊員たちは唾を飲み込み、風吹き荒れるハッチを見る。彼らは、パラシュート降下は初めてであり、膝をガクつかせていた。中でもエルはハッチから一番遠くで縮こまっていた。

 すると、そこでフィルが咳ばらいをしながらハッチの前に立つ。

「ったく、隊員たちのお手本になってこその隊長だろうに……よし! ここはこの俺がお手本を見せましょう! いいっすか? ここから飛び出て、地面が近くなったらこの紐を引っ張るだけっす! 大丈夫、俺は10回降下し、失敗した事はないっす! って、失敗してたら死ぬっすからねぇ~」

「シヌ……」

「風が、風が吹いてるよぉ……」

「た、高いよぉ……」

 『死ぬ』という言葉を聞き、更に臆病風に晒される隊員たち。

「ったくぅ……おら! とっとと降りろ! 作戦がぐだると困るんっすから!!」と、フィルは隊員の襟首を掴んで次々と突き落としていく。彼らは殺されるような悲鳴と共に落下していき、早々にパラシュートが開かれる。お構いなしに彼は次々と隊員たちを突き落とし、背中に蹴りを入れて行く。

 最後にエルの番になり、片隅で震える彼に近づく。

「さぁ、最後はお前っすよぉ! 観念して飛び降りるんっす!!」と、逃げ回るエルに掴みかかる。

「いやだ!! 人間は飛べるように出来てない! 俺はここに残るぅぅぅぅ!!」と、泣きじゃくりながらフィルの追撃を器用に躱す。

「ったく、ダダ捏ねやがって……あ! ヴァーク隊長!! 何故ここに!」と、フィルが慌てて敬礼する。

「え?」ついフィルの視線の方向へ顔を向ける。当然、先に飛んでいった隊長がそこにいる訳がなく、ただハッチが開いていた。

「とぅ!!!」隙を見てフィルは彼の背中にドロップキックを叩き込み、ハッチから突き落とす。

「謀ったなぁァァァァぁァァァァ!!!」エルは地獄に叩き落とされるように喚き散らしながら落下していった。

「ふぅ……ったく、初めてとはいえ情けない連中っすねぇ……お騒がせしました! んじゃ、行ってくるっす!!」と、フィルは馴れた様にハッチの外へと吸い込まれていった。

「……やっと静かになったか……」操縦士はため息を吐き、自動パイロットを入れ、操縦桿に足をかけながら昼寝を始めた。



 パラシュートを付けていないヴァークたちであったが、余裕な表情で地表を目指し、着地ポイントへと向かう。

 レックスは全身に稲妻を纏い、さらに加速していき、大砲の弾の如く地面に着弾する。周囲に雷光の衝撃波を発生させ、彼自身は片膝を立てて着地する。

 リサはエレメンタルバスターガンを風属性に設定し、地面に風のクッションを設置してそこに着地する。

 ヴァークに至っては何も魔法を使っている様には見えなかったが、どういう仕組みか、コートの裾を広げ、重力に逆らうようにふわりと着地する。

「さて、廃城はあっちだな」と、ヴァークはコンパス片手に目的地方向へ足を向ける。

「いや、他の連中を待とうぜ」と、レックスが口にする。上空はパラシュートで降下する隊員たちで埋め尽くされ、皆が皆何処へ着地するのか分からずに右往左往しながら明後日の方向へと向かっていた。

「しょうがないなぁ」と、リサはエレメンタルバスターガンのバレルを変え、威力をそよ風モードにし、隊員たちを自分たちのいる方へと引き寄せる。隊員たちは次々とヴァークたちのいる方へと吸い込まれ、安全に着地した。

 すると、上空からパラシュートを未だ開かない隊員が振ってくる。その者は空中で余りの恐怖に気を失ったエルであった。

「あ~あ……あの距離だと開いても意味ないぞ?」レックスは呆れた様に口にしながら眺める。

「って言ってる間に助けなさいよ」と、リサは風を操って隊員を吸い寄せ、風のクッションの上までコントロールする。加速スピードを調節し、クッションの上へ見事に着地させる。

 エルはそのまま気を失い続け、ジップが彼を介抱する。

 それと同時に上空で火炎が荒れ狂い、減速させたフィルがどや顔で着地する。

「うわっちぃなぁ!! 何やってるんだよこのバカ!!」火を浴びたレックスは紅髪を焦がしながら怒鳴る。

「いや、俺、っていうより諜報員達は一応、副隊長クラスの実力があるって所を見せたくて……わりぃっす!」と、舌を出して半分ふざけた様に謝る。

「いい加減に」と、レックスは彼のパラシュートの紐を引く。

「しろ!!」と、彼の開いたパラシュートに向かって強風を吹かせるリサ。

「なにすんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」と、フィルは遥か彼方へと吹き飛ばされて見えなくなる。

 そんな姿を見て隊員たちは副隊長2人を讃える様に拍手した。

「……さ、移動するぞ」ヴァークは冷静に口にし、廃城へと向かった。



 その頃、早々に廃城へ辿り着いたナイアは、地図もなしに迷わず脇道を通って小さな扉を開き、遠慮なく入城する。彼女はこの場所を知っているのか、嫌な物でも思い出す様な顔で周囲の空気を感じ取る。

「昔と何も変わってないわね……ちょっと埃が積もっているって感じかな?」と、机に積もった埃を吹き飛ばす。

 この城のあちこちは殺気で溢れ返り、人だった何者かが物騒な武器を片手に徘徊していた。皆、真っ黒な瞳に紫色の息を吐き、脚を引き摺っていた。

 しばらく彼女は猫の様に静かに素早く城内を歩いて回り、一室へと入る。

「……相変わらず趣味の悪い場所ね。さて、さっさと用を済ませなきゃ……」


「やぁ、おかえり……ナイア」


 彼女の背後からねっとりとした男の声が響く。ナイアは何も驚く素振りも見せずに振り返り、微笑みを返した。

「久々ね……相変わらずここに囚われているの?」

「囚われる? いいや、違うね。ここが私の家だ。そして、もはや私は組織の連中など関係なく動いている……」男は漆黒の衣を纏い、真っ白な肌を覗かせていた。顔にはいやらしい表情を貼り付け、オールバックを撫でつける。

「やっぱり囚われているわね……」男の焦点のあっていない目を見て、何かを悟る。

「で、君は何故ここに戻ってきたのかな? まさか、またサンプルを提供してくれるのかな?」と、彼女の身体を舐め回す様に眺める。

「冗談じゃない……あんな酷い目に遭う為に戻ってきたんじゃないわ。ただ……」

「ただ?」

「ここを跡形もなく潰しに来たのよ……魔王の手に落ちる前にね」

「先日も魔王の手先が来たな。いい実験材料になってくれたが……また優秀な材料が来るのか?」

「ま、あんたは勝手に遊んでなさいな。私は私で勝手に……」と、言い終わる前に背後の殺気を感じ取り、宙返りする。殺気の正体はブレードを両手に装備した黒衣の剣士であった。

「流石ナイア……素早いな」男はニヤつきながら拍手する。

「そいつは黒勇隊の……? ちょっと出直すわ」と、窓ガラスを突き破って廃城2階から飛び出す。

「再び訪問者にナイア……こいつはいい実験が出来そうだ。くくくくく……」

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